たやは

Open App

哀愁を誘う

いつまでもも暑い日か続き、秋はどこへ行ったのかと思いたくなるほど強い日差しが肌に当たり痛い。まだまだ半袖で街を歩いても何の問題もない仕事帰り。夕飯の買い物を済ませてスーパーを出たところで辺りが暗くなっていた。日中は暑いが、暗くなる時間が以前より早く、このころには気温も少し下がってきてなんとなくの薄暗らい夕日が哀愁を誘う。

そんな夕日を見ていると昔を思い出す。まだ、私が高校生だった頃、私は隣りの席の彼に恋をしていた。遅い初恋だ。
彼は野球部の主将で、男女問わず人気がありモテていた。
隣りの席の地味な私に対しても普通に話しかけ、会話の仲間に入れてくれる気づかいのできる優しい人だった。

彼の率いる野球部は、その年、甲子園出場をかけて県大会の決勝戦に望んでいた。
9回2アウト、二塁。彼がホームランを打てば逆転で優勝どなる。

応援のみんながかたずを飲む中、相手ピッチャーが投げる。判定はボール。

2球目はストライクだか、彼のバットは空を切った。空振りだ。

3球目もストライクコース。ボールはバットに当たって高く舞い上がり、キャッチャーミットに収まった。

スリーアウト。試合終了だ。我が高校は負けて準優勝で終わった。

試合終了の合図が鳴り、両校の生徒の挨拶も済んだため、応援の人たちも帰り始めていた。それでも彼はバッターボックスの前に立ち尽くし、いつまでもホームベースを見ていた。彼の顔は涙に濡れ、声も出せずに泣いていた。

「よく頑張った。」

「いい試合だったよ。」

パチ パチ。パチ。パチ。

帰り始めていた応援の人たちが、彼に向かって声をかけ、知らず知らずのうちに至る所から拍手が巻き起こっていた。
夕日に照らされていた彼がようやく顔を上げ、野球部の仲間たちと1列に並び観客席に向かって応援のお礼の挨拶をした。

私たちは負けた。けれど、私たちは野球部と同じ時間を共有することで、青春と言うかけかえのない時間を手にすることができたのた。野球部にも彼にも感謝しかない。

あれから十数年の月日が経ったが、あの夕日に照らされた彼の姿を忘れることはできない。試合には負けたが彼はヒーローだ。

そのヒーローは今、なんてテレビ番組のタイトルのようだが、私の家のリビングのソファに寝転がりスマホを見ている。

本当に同じ人物かと疑いたくなる程に丸太のような体をソファに投げ出している。

私の青春を返せ!
青春は幻。哀愁なんて言葉が全く似合わない夫がそこにいる。

11/4/2024, 11:58:53 AM