暗がりの中で
タッタッタ。
ザッ。ザッシュ。
ここ数日、会社から帰る駅からの道で誰かにつけらている気がする。いや、気のせいではない。確かに足音が後ろからついてくる。ストーカーだろうか。怖い。怖い。
一度振り返ったが、暗がりの中でよく分からない。でも足音は聞こえる。
走れば振り切れるだろうか。
角を曲がり走り出そうとした時、後ろから肩を捕まれた。
「ぎゃあ〜」
驚いて大きな声を出すと目の前に父がいた。
「驚ろかすなよ」
「ちょっとお父さん!急に声かけないでよ。ビックリするでしよ。ねぇ。お父さんのほかには誰かいなかった?」
「いや。いなかったな」
父は曲がった角の少し手前で私に気がついたそうだ。その時は誰もいなかったらしい。でも、でも足音が聞こえたの間違いではない。
家に帰り後ろをつけられていることを家族に話した。みんなが心配したが、おばあちゃんがニコニコしながら「それ、ベトベトさんね。大丈夫。怖いことはないよ」と言った。
え!?
なんだったて?
「ベトベトさんよ。今度来たら、お先にどうぞと言えばいいよ」
「それさぁ。テケテケじゃねえ。」
なんだって!
弟からでたのは、都市伝説だった。
確かにどちらも足音だけで姿形は見えないと言われているが、どちらも妖怪。
怖い。怖すぎる。
暗がりの中で出会うものは、人間でも妖怪でも怖い。平穏に生活したい。
紅茶の香り
一浪して予備校に通っていた時、毎日、毎晩とにかく勉強ばかりしていた。もうこれ以上親に迷惑はかけられないし、来年は必ず大学に合格しなければならない。
それでもずっと勉強ばかりしていると気持ちが滅入ってくる。本当に勉強が好きな人は楽しく勉強できるのかもしれないが、私は無理だ。息抜きしたい。何でもいいから勉強から少し離れたい。
あー。しんどい。
予備校があるから旅行には行けない。買い物やウインドショッピングでもいいが、勉強していないことが罪悪感となってちっとも買い物に集中できない。
そんな時に出会ったのが紅茶だ。コーヒーでもいいが、勉強で疲れた頭と体を癒やすためには、苦みより少しの甘みが欲しいもの。かと言って、ロイヤルミルクティーほど手間はかけられない。紅茶に砂糖とミルクを入れるだけのものが、最高に癒される。
よし!頑張ろう!
次の3月に大学に合格し1人暮らしを始めた。今でも紅茶の香りがするとあの時の辛さや苦しさが蘇るが、一口飲めば心が落ちつき癒されていく。
私にとって紅茶は最高の宝物だ。
愛言葉
「次に生まれ変わった時に、お前だって気がつくように合言葉を決めないか。」
別れると決めてから数日。彼女を呼び出したのは俺だったが、未練があるのも俺の方だった。喧嘩別れする訳ではないが、一緒にいる時間が減り、付き合っているのかと思うほど会わない日が何日も続いていた。
彼女から別れ話しをしてくるかと思ったが、結局俺が呼びだした。
「生まれ変わるつもりなの」
「ああ。絶対にない。なんてないかもしれないだろ。」
「何を言ってるのよ。それに合言葉って、馬鹿馬鹿しい。」
付き合い始めたころは、あんなに愛の言葉を強請っていたのに今はロマンチックの欠片もない。別れる時はこんなものなのかもしれない。
「まあ、いいわ。愛言葉決めましょう」
愛言葉が合えば、見た目は分からなくても俺たちはまた会うことができる。
その日までサヨナラだ。
友達
友達と同じ大学に進学した。高校の時から仲が良く、大学では上京して見知らぬ土地で生活する不安を和らげるてくれる存在となった。そんな友達から大学の駅伝部に誘われた。いつか見た正月の駅伝にいたく感動し、大学に行ったら駅伝部に入ると決めていたらしい。
自分たちの大学は、正月に駅伝を走るほど強い学校ではないため比較的初心者でも入部が認められる。どちらかといえば、練習が厳しいとの噂もある駅伝部は入部希望者が少なくWelcome状態だった。
毎日、毎日走っいる。
10キロ走。20キロ走。駅伝部なので当たり前だか、持久力を付けるためにとにかく走る。走る。足はそれほど早くないのに持久力がついて来ると自然と長い距離が走れるから不思議だ。
長く走るのは苦しくて辛いこともあるが、何も考えず自分と仲間の息遣いと足音だけが聞こえてくる静寂の時間は、僕にとって自分を見つめる大切な時間となった。
この静寂の時間は駅伝部に入らなければ知ることのできなかった時間だろう。駅伝部に誘ってくれた友達には感謝しかない。
駅伝の魅力は静寂の時間だけではない。マラソンのように個人競技ではないため、タスキを繋ぎ、1人の喜びも苦しみもチームの力に変えてゴールを目指す、チームスポーツの面白さがある。
大学4年間で大会の選手に選ばれることはなかったが、卒業した今でも休日には軽いランニングをしている。駅伝に誘ってもらったことで生涯を通してできる趣味を手にすることができ、本当に友達には感謝しかない。
今日も通り過ぎる風が心地よい!
行かなで
「ちょっと待ってよ!行かなで!」
「いいえ。私はもう行くわ。」
事務机から立ち上がり、鞄を手に持ち歩き出す。
「待ってよ。あなたがいなくなったら、私たちはどうしたらいいの?困るわ。」
「困る?困ればいいわ。そうすれば、自分で考えるでしょ。私は仕事をしているのよ。自分では勉強しない。人に聞くのはいいとしても覚えようとはせず、同じことを何度も聞く。覚える気はないわよね。
ああ。こんなこと言うとパワハラかしら。パワハラで訴えられる気はないから、異動を希望だしたのよ。」
「新しく異動してきたら分からないことを聞くのは当たり前でしょ。もう一人のあの子は何でも教えくれるわ。」
「教えてくれる?あの子の口ぐせは、私がやっておきます。でしよ。つまりあなたの仕事を変わりにやってくれるのよ。その時、あなたはその仕事を一緒に見に行きましたか?他にやることがあったのよね。仕方がないわ。でも、私は見に行くわ。次の時に対応できるようにね。考え方が違うから無理なのよ。この話しはおしまい。」
私はオフィスを出ようとしたが、彼女が追いかけてきた。
「待って。まだ話しは終わっていないわ。今までのことは謝るわ。仕事を覚えるように努力するわ。でもこの忙しさでは勉強する時間も丁寧に教えてもらう時間もないでしょ。」
「時間がないなら、私が手伝いにくるからその間に休憩室であの子に分からないことを教えてもらって下さい。危機感を持って欲しい。あなた、私より先輩でこの仕事も長いでしょ。持病があることを考慮しても、責任感を持って欲しい。あの子は時短勤務だから、帰ったあとはあなたが責任者になるのよ。」
「責任者って。急にそんなこと言われても困るわ。」
「困る。困るって。こっちが困るのよ。あなたが異動してきたら少しは仕事が分担できるかと思っていたのに、結局は私がやるのね。それもあなたにも教えながら。あなた、自分が何を渡しているかも分からない物をよく取り引先に渡せるわね。私にはできない。やっぱり考え方が違うのよ。歩み寄れないでしょ。」
彼女を振り切りエレベーターに乗り込む。俯いたままの彼女。もう追いかけては来なかった。
次の週明け。パワハラ委員会なるものに呼び出され、指導のあり方について幾つか尋ねられた上に厳重注意を言い渡された。
注意で済んだが、前の部署への手伝いが増やされていた。
パワハラについては匿名でのメールが届いたそうたが、誰が送ったかは明白だ。
やはり時代は私をパワハラと認定した。時代がそう決めただけで、私は仕事を真面目にやらない人、何でも丸投げにする人、仕事をしているつもりで無意識に楽な仕事を選ぶ人とは仕事はできない。
パワハラ上等だ!
こんなのパワハラだ。異動して来たばかりの頃は優しかったのに、急に厳しくなった。イヤ。意地悪になった。
通院のために休みたいと行ったからだろうか。電話に出ると誰からの電話なのか、内容がなんだったのか分からなくなることがあると言ってからだろうか。持病があるのは事実だ。大変な中で、できることをやってきた。それなのに、あんな言い方しなくてもいい。あんな言い方されたり、無視されたら誰だってパワハラだと言いたくなる。私は私の仕事をしている。仕事を覚えようともしている。
あの人は、前からこの部署にいるのだから仕事が分かっているから業務の多さに気づいていない。
あの人の指導の仕方が間違っているし、コンプライアンスも間違っている。
本当に意地悪だ。仕事の仲間に「困ればいい」なんて時代錯誤もはなはだしい。私より若いのになんて時代遅れなのか。
パワハラ委員会からの呼び出しもあったようだしあの人も変われば、この部署も良くなり仕事がしやすくなるはず。
「おはようございます」
「…」
無視された。なんで。パワハラ委員会呼ばれたのに反省してない。どう言うつもりよ。無視って。意地悪すぎ!
「行かないで」と引き止めたけれど、その必要は全くなかった。人はそんなに簡単には変われない。こちらが優しく接しても、相手には届かないこともある。こんなの意地悪ではない、イジメだ。大人のイジメは悪質で陰湿だ。
また匿名のメールを送らないと分からないらしい。