どこまでも続く青い空
神社の境内まで戻ってきた俺は、空を見上げだ。そこには、どこまでも続く青い空が広がっていた。
あーあ。なんて綺麗で鬱陶しい。クソッ。
負けた。負けた。
この辺は俺の縄張りだったが、隣町から来た黒いヤロウに負けた。年的には同じくらいだが相手はオレよりも一回り大きく、ガタイが良かった。
まあ何を言っても俺が負けたのは事実だし、敗者がいつまでもウロウロしているのは目障りでしかない。
それで、根城にしている神社まで戻ってきたと言う訳だ。
俺が野良猫になって1年。その前は人に飼われていたが、窓から見える外の世界が眩しくて家出をした。ちょっとした冒険心だった。見たことのない建物や嗅いだことのない土や川の匂いにウキウキしていたら、帰る家の場所が分からなくなってしまった。だいぶ遠くまできてしまったのだろう。帰れないものは仕方がない。
雨上りに神社まで来ると人が猫の飯をいれた小さな皿を境内に置いていた。人の気配がなくなるとどこからか猫たちが集まって来ては、飯を、ああ、飼い猫的にはエサを食べていた。
何日もエサに有りつけていなかった俺も皿に群がる野良猫どもを押しのけて貪り食った。それからは、ここで生活している。
ここは、気のいい猫たちばかりで急に現れたら見知らぬ猫の俺を怖がることも毛嫌いすることもなく普通に接してくれた。俺は飼い猫だったが、だいぶヤンちゃで運動神経が良かったのか喧嘩は強かった。気がつけば神社にいる猫たちのボス的なポジションで猫たちを守りながら生活をしていた。
そんな俺が喧嘩で負け根城の神社に戻って来た。猫たちが遠巻きに俺の方を見ている。いつもなら戻って来るとすぐに駆け寄ってくる子猫たちも母猫と一緒に俺を見ているだけだ。
ガザ。ガザ。
音がして振り向くと、俺の後ろの草むらからあの黒いヤロウが出てきた。俺の後をついて来たのか。何の用だ。
「ニヤー」
「ミヤー。ミヤー。」
「シャアー」
猫たちは一勢に泣き出した。喧嘩に負けた弱い俺に出て行けと言っているのか。
黒いヤロウが黒い尻尾を立てのっしのっしと歩き、俺の横を過ぎて神社の境内へ向かう。もう、俺の居場所はもうここにはない。
神社を離れ歩き出す。
上を見上げればどこまでも続く青い空だ。
俺は野良猫。自由気ままに次を探す。
この空はどこまでも続いているのだから、気の向くままに歩けばいいさ。
衣替え
9月の中旬になると娘の高校の制服をクリーニングに出さなければならない。
10月は衣替えだ。
私が高校のときはセーラ服だったため、衣替えは白い薄手のセーラから黒い厚手のセーラに変わる。衣替えの時期とは言え、暑くて暑くて大変だったのを覚えている。
娘はブレザーのため衣替えの時はカーディガンを着て学校に行っており、それほど暑くはないようだ。
10月の晴れた朝、衣替えの済んだ子供たちが家の横を通り過ぎ、楽しそうに話しながら登校して行く。
ふと見ると手に赤切れができていた。赤切れができる季節になってきたのだ。季節の移り変わりは早く、家で父の介護を始めてもう2年になる。炊事に洗濯、掃除に寝たきりとなってしまった父の介護、全てを1人でやっている訳ではないけれど、時々どうしょうもなく暗い気持ちになる。
聡明で優しかった父も今は人が変わったように怒鳴りちらす。私だけならまだしも、介護に来てくださるヘルパーさんたちにもだ。
ヘルパーさんたちは仕事ととは言え、優しくニコニコしながら受け流してくれるが、私は全てを受け流すことはできない。
「娘さんたがら甘えてるのよ。」
ケアマネジャーさんはそんな言葉をかけてくれくが、怒鳴り散らす父を怒鳴る私がいる。
あ〜。辛い。
介護を辛いと思ったら長く続けるのは難しいと言われた。全くその通りだ。もう、無理かもしれない。
「ただいま〜。お腹すいた。ご飯!」
呑気な娘の声がなおさら癪に障る。娘を睨みつけて小言の1つでも言ってやろうかと思った時、足元で猫のトラ吉が私の足に頭を擦りつけながら「ミィ〜」と鳴いた。
お前もご飯の催促か。なんか嫌味を言う気も失せた。
「はい。はい。ご飯ね。トラ吉の分もね」
キッチンへ向かう私。「ミィ」「ミィ」と鳴きながら後を付いてくるトラ吉。
「お母さん。顔怖いよ。ほら、トラ吉も心配してる。おじいちゃんのことで大変なら言って。私もできることはするから。」
娘からの思いがけない言葉に娘の方に振り向いたまま動けずにいた。
「何よぅ〜」
「だって〜、あんたにそんなこと言われるなんて思ってなかったから。お母さん。嬉し〜。う〜。トラ吉もありがとう〜。」
涙が溢れ出て持っていたタオルで顔を押さえた。嬉しかった。娘が私の辛さ分かっていてくれたことが、本当に嬉しかった。
自分だけではできないと思いながらも、自分の父親の介護だから私がやるのは当然だと1人で背負っていたのかもしれない。
ヘルパーさんだけでなく、家族にもっと相談していけばいい。できることを手伝ってもらえばいい。こんな簡単なことにも気がつけなくなっていたのだ。
夕食を美味しそうに食べる娘とトラ吉。優しい1人と1匹を眺めながら、心が温まる思いがした。
衣替えとともに秋が深まっていく。
声が枯れるまで
毎年11月になると楽しみしていることがある。全国高校サッカー選手権の県予選をママ友と見に行くことだ。もちろん私たちの子供たちはとっくに高校を卒業していて、どの高校が優勝しても私には全く関係ない。でも、県予選の決勝戦だけは見に行きたい。
自分の出身高校や子供が通っていた高校が決勝にでも残れば応援団に混じって応援するが、そんなにサッカーで有名な校ではない。ただ、住んでいる地域はサッカーが盛んで、家の近くの高校は決勝に残ることがある。その時は、生徒さんたちに混じり、声が枯れるまで応援をする。
ボールを追いかけひたむきに走り、メンパーを信じてパスを出す選手たちの姿は、ああ青春。応援したくなるに決っている。
でも最近の子たちはそれだけではない。足技が得意なドリブラー。フリーキックはめちゃくちゃ曲がり、ゴールまでの距離はお構いなくボレーシュートを打つ。昔とはレベルが違う。
そんな見ごたえのある県予選を勝ち抜き全国大会に出場しても、1回戦を突破できない年が続いている。
サッカー好きとしては寂しい。
私が中学生のころは、サッカー王国などと言われていたが、今は南のほうの県や北関東あたり、何と言っても本州最北端の県にはなかなか勝つことができない。
全国のレベルが上がっている証拠だが、それでも自分の県には全国優勝してほしいもの。そのためにもまずは、県予選を勝ち抜き全国に行く学校を決めなければならない。
今年はどここ高校が県代表となるのか。ドキドキ、ワクワクの11月が始まる。
始まりはいつも
始まりはいつも私から。
終わりはいつもあなたから。
あなたのことが大好きだった私は、大学時代から何度もあなたに「好きです。付き合って下さい」と告白した。あなたは、いつも「友達でいいだろ」と告白をはぐらかしてばかり。でも何度目かの告白で、私たちは恋人になった。
3年ほど付き合ったが、あなたからのプロポーズの言葉はない。
「俺たち別れないか」
あなたからの別れ話しをどこか他人事のように聞いていた。
あなたと別れてから3年。私たちは会社の取り引き先相手として再会した。やっぱりあなたは運命の人と勘違いした私。
何度目かのデートで「好き。もう一度付き合って欲しい」とあなたに告げた。
「ゴメン。付き合ってる人がいる。結婚するつもりだ。」とあなたは少しはにかみながら言った。
始まりはいつも私から。
終わりはいつもあなたから。
すれ違い
とある王国。国の面積は広大でそこに住む人々は裕福ではないが、畑を耕していれば食べる物には困らないくらいの生活ができる国でした。そんな王国の王妃さまが初めての出産を控えていたため、国中はどこかソワソワとして落ちつかない日々が続いていた春の日、王妃さまは可愛らしいお子様をお産みになった。
「オギャ〜。オギャ」
「オギャ。オギャ〜」
「2人なのか!」
王妃さまがお産みなられた赤ちゃんは双子でした。この国では双子は不幸の証とされ、忌み嫌われており、王様はさぞ驚き悲しみました。
「1人は殺してしまえ。私の子供は先に産まれた子供だけた。」
「あ、あなた。そんな!どちらも私たち子供です。殺すなんてしないで下さい。」
「黙れ!お前が双子など産むからだ。いいか、お前は1人しか産まなかった。国王としてこれは命令だ!もう1人はいない。」
王妃さまはどうしても2番に産まれた子供を殺すことができず、信頼できる古くからの自分の召使いに2番目の子供を預けることにしました。召使いは2番目の子供を自分の孫夫婦に託しました。孫夫婦は、長いこと旅をして、城下町から遠く遠く離れた小さな村に住むことにしたのです。
それから15年の時が流れました。王室に残った1番目の子供はたくましく、優しい性格の王子さまに育ちました。召使いの孫夫婦に預けられた子供は朗らかな笑顔の少女に成長しました。そう、2番目の子供は女の子だったのです。王室で育てば美しいドレスを着て、きらびやかで華やかな王女となったことでしよう。でも、田舎育ちの少女はどんな辛いことにも立ち向かえるくらいのたくましさを持ち、誰に対しても優しく慈悲深い人となったのです。
今日は王子さまのお誕生日。城下町では、王子さまのお誕生日パレードがあり、式典が開かれる日です。たくさんの人々が成長した王子さまを一目見ようと集まってきています。
あの少女は、今まで一度もパレードを観たことがありません。養父母に「城下町へは絶対に行ってはいけない」と言われていたからです。でも、16歳となる今日はこの国では成人の仲間入りとなる日です。少女は、自分の意思で幼馴染たちと初めて城下町にやって来たのです。
「へぇ〜。人が多いな〜」
「そうだね。にぎやか。」
「あっちにもお店があるよ。」
パーン。パカパーン。パーン。
ラッパの音が鳴りパレードが始まります。
早駆け足の馬を先頭に2頭立ての馬車が少女たちの前を通りかかろうとした時、強い風が吹き、少女の幼馴染の帽子が風に舞い上がります。少女は慌てて帽子を拾おうと道を歩き出し馬車の横に屈みます。馬車の窓から王子さまが少女を見ましたが、すぐに目線を上げました。少女は帽子に気を取られ馬車の中の王子さまを見ることはありませんでした。
双子とはいえ男と女、似ていない2人。
産まれた時以来会ったことのない2人。
馬車の中と外ですれ違った2人。
産まれたときは一緒。でも今は赤の他人。
2人が真実を知るのはまだ先のこと。その時に2人の本当の姿が見えるのかもしれません。どちらも優しいお子様方です。されど、魔物が住むと言われる王宮、何が起こるかは誰も知らないのです。
この国では双子は…。