やわらかな光
中学校は辛かった。もともとコミ障なのは分かっていたが、友達もできず朝から誰とも話さない日なんてざらだった。だんだん僕の存在はクラスから消え、挨拶さえ返してもらうことはなくなっていた。僕は本当に存在しているのか、自分自身でも分からなくなってしまった。
学校に行かな日が増え、自分の部屋に引きこもり始めた頃、突然僕の部屋を叩く音がした。誰だろう。
でも、僕にとっては誰で関係ない。僕の存在を消すなら消せばいい。僕は本当に消えてもいいのだから。
コンコン。
「こんばんわ。私は北海道で牧場を経営している松田と言います。突然すみません。私の甥はあなたのクラスの松田啓人です。啓人からあなたのことを聞いて来ました。また来ますね。」
松田啓人。誰だっけ。でも何でその人の叔父さんが来たのかな。でも僕に関係ないこと。
コンコン。
「こんばんわ。松田です。僕の牧場では牛を50匹と羊30匹を飼っています。みんな手がかかりますが、どの子も可愛いですよ。でも、その子たちを私は出荷して生計を立ててます。またお話ししましょう。」
コンコン
「こんばんわ。松田です。寒くなってきましたね。北海道の冬はもっともっと寒いですよ。牧場で牛たちが私を待っているので
帰ることにしました。」
「あなたも行きませんか。空港で待っています。持ち物なんていりませんよ。全部手放して来て下さい。大丈夫。待っています。私も牛も羊もあなたを待っています。」
僕を待っている人がいる。
僕を必要としてくれる人が動物がいる。
僕を認めてくれるならここから出たい。
新たな自分になるために全てを手放しても構わない。
やわらかな光を浴びて、飛行機に乗る僕は生きるための一歩を踏み出す。
鋭い眼差し
試合の間、ブラジル代表の日本人監督は鋭い眼差しで戦況を見つめていた。
曽祖父じいさんが日本から船に乗ってブラジルに来て80年近くが経っていた。曽祖父じいさんはブラジルで柔道の道場を始めたが、柔道を知るブラジル人は少なく、なかなか生徒も集まらない状況だった。
それでも、柔道の素晴らしさを伝えるために、道場で生徒たちと汗を流していた。
生徒の中に柔道でオリンピックに出場した選手がいたことで、道場は有名となりおじいさんの代になる頃には、たくさんの生徒がいた。
柔道は力任せに相手を投げるたけでなく、相手の力を利用した技や体全体を使ったしなやかな投げ技が魅力だ。ブラジル人は柔道を好み、尊敬する愛好家が増えていった。
生徒たちが成績を残すことで、道場を継いだ自分の名声はどんどん上がり、ブラジル代表の監督として声がかかるようになっていた。
柔道世界選手権。
決勝の相手はブラジル対日本。
監督としてブラジルを率いている自分。
そして、日本の監督は自分が選手のときのライバルだ。
相手の監督に鋭い眼差を向ける。柔道は日本だけのものでははない。先駆けとして辛い日々を強いられた人のためにもこの試合絶対に負けられない。
高く高く
家に茶トラの猫のヨモギがやって来たのは、私が小6の時だった。父親が会社で生後1週間の子猫の里親を探していると聞き、見たら余りの可愛さにそのまま1匹連れて帰ってきていた。
子猫はヨモギと名付けられたが、まだ生まれだばかりで「ミィ。ミィ。」と小さな声で泣いてばかりいた。急に母猫から離され知らない所に連れてこられ、寂しさと不安があったのだと思う。それから毎日、ヨモギにミルクを飲ませ、トイレの手伝いを父と交代でやっていた。ヨモギも徐々に慣れ、ミルクもたくさん飲むようになって大きくなっていった。
今やヨモギは家族のアイドルだ。
ある日。
いつもはヨモギが外に出ないように窓や玄関の扉、勝手口もしっかり閉めてあるが、おばあちゃんが回覧板を持って勝手口から出たと同じタイミングでヨモギがおばあちゃんの足元をすり抜けて外へ出てしまうことがあった。
外で生活をしたことのないヨモギにとって外の世界は危険がいっぱいだ。
私たちは家族総出でヨモギを探したが、なかなか見つからず不安ばかりが浮かぶ。外で野良猫にいじめられてるかもしれない、車に跳ねられたかもしれない…。
ヨモギ。ヨモギ。帰ってきてよ。
お願いだから。
ヨモギは1週間経っても帰って来なかった。もう、自分たちでは探せないと諦めかけた頃、「ニャア〜」庭先に茶トラの猫がいた。ヨモギだ。帰ってきた。
帰ってきたヨモギはご飯をガツガツ食べた。外の世界では猫の縄張りもあるし、ご飯は食べられなかったのかもしれない。そのせいか、ヨモギは少し痩せていた。
ヨモギの家出事件から、家族はより一層ヨモギを甘やかし可愛かった。あの時は痩せていたヨモギも今やたくましくおデブになっていた。月日の流れは早い。
昨日、家族のアイドルだったヨモギは虹の橋を渡った。ヨモギの猫生は私たち家族と一緒で幸せだったたろうか。ヨモギに聞けないけど幸せであって欲しい。
今日はヨモギとお別れの日だ。空は青く澄み渡り、白い煙となったヨモギが高く高く、昇っていく。
ありがとう。ヨモギ。
私たち家族の所にに来てくれて。
ありがとう。
一緒に生活できて楽しかったね。
さよなら。ヨモギ。
また、会おうね。
子供のように
秋晴れの今日は自治会の運動会が行われる。コロナ禍から5年。久しぶりの運動会だ。朝から弁当を持って孫を連れて、近くの学校の運動場に出向いた。
「お。三郎さん。おはようさん。今日は何に出るつもりかね。」
自治会の運動会では、誰がどの種目にでるかは決っていない。自分が出たいものに申し込むだけだ。運動会と言っても、大人たちは酒が入れば上機嫌だ。
自治会の運動会は大人たちの運動会と言っもいい。もちろん、子供が出る種目もあるが大人と一緒に出る玉入れや綱引きなどがある。
そして、リレーは大人たちの独壇場だ。
「位置についてー。よーい。どん。」
俺のチームは、三軒隣りの和男さんと向かえの川本さん、いとこの貴ちゃん。そして俺だ。平均年齢65歳前後。目指すは優勝だ〜。
「お〜!貴ちゃん!がんばれ〜。」
「川本さん。走れ〜。三番目だ~。」
「和男さん〜。あ!え!なんで転ぶだよ」
ピーポー。ピーポーピーポー
転んでしまった和男さんは、起き上がれず担架で救護所に運ばれたが、痛みがひかずに足が動かせなかった。そして、救急車に乗って総合病院へ搬送された。
久しぶりの運動会。酒も入り子供のようにはしゃぎすぎた。いい年した大人がはしゃぎすきた結末だ。
俺でなくて良かった。かもしれない。
放課後
黒板消しと簡単な清掃、日誌を記入すれば日直当番の仕事は終わりだ。一緒に日直だった男子はそうそうに部活動に行ってしまった。たしか、バレー部だったか。
放課後に最後の清掃を済ませて日誌を書いていると前の席に友人の華ちゃんが座った。
「もう少しで終わるけど遅くなるから先に帰っていてもいいよ」
華ちゃんとは高校に入ってから仲良くなった友人だ。同じ中学だったが、同じクラスになったことがなく、中学では話しをしたことはなかっため、あまりよく知らない人だった。高校になってからは同じクラスとなり、家も近く一緒にいることが増え友人となった1人だ。
華ちゃんは名前の通りで花があり美人だ。そして性格も良く、モテる要素しかないような子だった。そんな華ちゃんと友人となれたことは私にとって奇跡でしかなった。
「相談したいことがあるの」
「え!何?」
慌てて日誌から顔を上げる。華ちゃんは真剣な顔で私を見つめていた。
「好きな人がいるの」
「好きな人。華ちゃんの好きな人!」
「そう。」
「うん、私の知っている人。華ちゃんなら告白したら上手くいくよ。私も応援する」
華ちゃんに告白される人って誰だろう。きっといい人だろうな。
「そうかなぁ。あのね。5組の伊藤君」
「え。でも伊藤君は…」
伊藤君は私の彼氏だ。
「応援するって言ったでしょ。それにもう告白したの。付き合うことになったから、あなたは別れて。」
「何、言ってるの」
「話しはそれだけだから。先に帰るね」
華ちゃんが教室の前の扉から出て行った。
華ちゃんと伊藤が付き合うことになった。聞いていない。私は伊藤君から何も聞いていなかった。そうだ。伊藤君に聞いてみないと。華ちゃんの勘違いかもしれないし。
LINEを開け伊藤君を探すが手が震え、涙でぼやけてよく見えなかった。
「辞めとけよ。」
急に第三者の声が聞こえ、驚いてスマホを落してしまう。
私のスマホを拾ったのは、放課後すぐに部活に向った日直当番の男子だった。
「アイツの言ってること、多分本当のことだと思う。」
「どうして…」
「伊藤が華子と付き合ってるって自分で言いふらしてるからな。」
「うそ。」
「俺も伊藤から聞いたし。あんたと付き合ってたのは知らなかったよ。」
「でも、華ちゃんは私たちに別れろって。私と伊藤君は付き合っているのよ。」
慌てて伊藤君に電話をかける。今すぐに話しがしたかった。電話は伊藤君に繋がらなった。ブロックされたのかな。
そんな。酷いよ。
「俺さぁ。1週間前まで華子の彼氏しててさ。急に別れるって言われてさぁ。話しかけても無視すんの。バレーも身が入らなくて部活の先輩には怒られるし。クソッ。
なぁ。アイツらに復讐しねぇ。」
「復讐?」
「そう。復讐。」
私たちは復讐するために彼女の弱みは何かないかと探したが、華ちゃんは美人で成績優秀、性格も良く、先生受けもいい。弱みなんて見つけられない。
「見つけられないなら、嘘の噂を流すか」
「うそ?」
「噂なんて嘘でも本当でもわかんねえよ」
悪い噂を流して、スクールカースト最高位の華ちゃんを最高位から引きずり下ろすだけ。引きずり下ろしたいと思っている人も多いから、意外に上手くいくかもしれない。伊藤君はカースト最高位でなくなった華ちゃんには興味がなくかるから別れさせるのも簡単だ。
でも、悪い噂って。
どうしよう。
「ゴメン。やっばり、私辞める。復讐。あなたも変な事すると部活動禁止とかになると困るでしょ。それに、私。今思うと本当に伊藤君のこと好きだったかなぁって思うの。別れて良かったかもって。」
「はぁ~。お前がおれの弱み握ってどうすんだよ。俺。脅されてんのかよ。」
「ふふ。脅してないよ。ねぇ。辞めよ。」
「バレーできないのは困るな。やっぱ。
俺も別れて良かったかもな。俺と華子は初めから釣り合ってないしな。まあ、せめて、俺から振ったてことにするか」
「それなら大丈夫だよ。噂、流そうか」
「流さなくていいよ。もう部活行くわ〜」
「うん。部活、頑張ってね。」
「おう。」
部活に向かうために彼は、夕焼に染まった放課後の教室を出て行った。
私も帰ろう。
いろいろなことがあったが、いつか、バレー部の試合を見に行きたと思っていた。
吊り橋効果かな。