不完全な僕
不完全な僕、完全な君。
僕らはまるで鏡合わせ。いや、背中合わせかな。
小さい頃から比べられるのにいつも一緒にいた君。君にとって僕はどんな存在だったのかいつも考えていた。そんなこと考えなくても分かっているのにね。
僕らは双子だからいつも一緒で当たり前。
双子なのに君はいつも僕の少し前を歩いていた。そう、勉強でも運動でも、恋愛でも、なんでも僕は君には敵わない。でも、僕は君の背中を見て歩くのは嫌いではない
よ。君はどう?
あの時、君は逝ってしまった。
僕に背中を向けたまま走り去ってしまった。僕は1人残され不完全となった。
君がいないなら僕は完全となることはないけれど、君がいての僕だから仕方がないよね。僕は不完全のまま生きていく。
なのに。
君の姿をした何かが僕の目の前に静かに微笑んでいる。あれは何?
君であって、君でないもの。
君がアンドロイドとなって帰ってきたとしても…。それはもう君ではない。
そう、君がいなければ不完全な僕のまま。
それでいい。
香水
香水の匂いは嫌いだ。
私を作った女の匂いがするから嫌いだ。
ろくに子育てもしないくせに、子供を作る。避妊の仕方も分からないのに快楽だけ求める。子供は親を選べないとか、親ガチャはずれなんて可愛げのあるものではない。
家の中に私は存在しなかった。だれにも「おはよう」も「おやすみ」も言われたことはない。当たり前だ私は存在しないのだから。ご飯は作って貰ったことない。1ヶ月分のお金を渡されるだけだ。仕事から酔って帰って来る女は、いつも機嫌が悪く、良くて怒鳴り散らす、悪くて髪の毛を掴まれて投げ飛ばされる。そんな毎日だ。
そんな女が死んだ。仕事の帰りに増水した川に落ちて溺死した。
私はこれからは自由だ。
でも、私はまだ1人で生きて行ける年齢ではない。誰かの庇護のもと生きて行かなけれはならない。私を必要としてくれる人はこの世界にいるのだろうか。
あれから3年。
私はフランスの片田舎に養父母と暮らしている。フランス語はまだ完全に理解できないことも多いが、私はここで必要とされている。何もない田舎町だが、町一面に小麦畑が広がり優しい風に小麦の穂が揺れ町だ。私はそんな町に住んでいる。この町は小麦の匂いがする。
どんな高級な香水の匂いでも勝てない温かくて優しい匂いだ。
私は私を必要としてくれる人たちと優しい匂いに包まれて生きている。
ありがとう。
私を見つけてくれて。私に幸せの意味を教えてくれて。いま幸せです。
言葉はいらない、ただ
音楽に言葉はいらない、ただ「魂の共鳴がある」だけだ。
突然の訪問者
「ねえちゃん。鳥の巣がある。あれ。」と弟が指差す先にツバメの巣があった。軒下を何度か旋回してから、バサバサと音をたて泥や草でできた巣にツバメが入っていったが、まだ雛はいないようで鳴き声は聞こえず、姿も見えない。母鳥は巣の中の卵を温めているようだ。
ツピー。ツピー。
聞いたこともない声てツバメが鳴いていた。何かを警戒している。辺りを見回せば、ツバメの巣と同じ高さのところにある梁にアオダイショウが絡まっていた。卵を狙いに来たらしい。
「ヘビ!」
私の声に反応して弟が走ってきたが、それよりも早くばあちゃんが、いつも持っている杖を振りかざしヘビをたった一撃で叩き落とした。
「ばあちゃん。すげぇ」
突然の訪問者の襲来に度肝を抜かれたが、ばあちゃんが華麗に撃退し、その現場にいた者から感嘆の声が漏れた。まさに弟の感想に同感だ。
4月の初めくらいに雛が孵った。ツバメが来る家は幸運に恵まれると言うが、そうでもない。鳴き声はうるさいし、野生なので当たり前だか所構わずフンをする。匂いも臭い。春にやってきたツバメは、幸運の象徴でもあり、なかなかの曲者だ。
ツバメの巣で雛が孵ってからカラスが近くの木に留まることが増えた気がする。雛を狙っているのだろうか。雛を守るためにも対策をしないと。ばあちゃんに相談だ。
弟と2人でばあちゃんを訪ねると、ばあちゃんはツバメの巣の前にツバメが通れる程度に隙間を開け、ネットを張っていた。
これで、カラスはツバメの巣に近づけなくなった。突然の訪問者はもうコリゴリ。
いろいろあったが6月には雛も巣立っていった。私も弟もばあちゃんも楽しい2ヶ月を過ごすことがてきた。
また来年も来るだろうか。ツバメ。
雨に佇む
朝の当校の時に1人の女性を見かけるようになったのはいつ頃からだろうか。いつも決まった時間に線路の見える橋に立つている。ただそれだけだ。友達は笑いながら薄気味悪いことを言う。
「お化けじゃない」
足があったし歩いてたから幽霊ではない。
人間だった。
もちろん薄気味悪いのも事実だが、あの橋のところで何をしているのか不思議だ。はっきり言ってあの橋から見える景色なんて、ただの線路と高層マンション、あとはビルぐらいだ。時々、鉄道ファンの人が写真を撮っていることがあるが、あの女性が鉄道好きとは思えない。本当に何をしているのだろうか?
雨の朝。橋の上で雨に佇む女性を見たときは、本当に幽霊かと思うほど静かに佇んでいた。どうしよう?思いきって声をかけみるか。幽霊ではない、なんとかなる。
「おはようございます。」
女性の肩がピクリ揺れ、ゆつくりと視線だけがこちらを向いた。それは驚くだろう。こんなところで知らない女子校生に急に声をかけられたら、誰だって驚く。
「すみません。いつもいらしやいますよね。雨なのに何見てるのか気になって。」
女性がふっと笑った気がした。
「夫は痴漢ではありません」
は?
何って言った。
私の心の声が聞こえたかのように女性は同じ言葉を繰り返してから話し始めた。
「私の夫は痴漢ではありません。真面目に会社に行って働いて、私と子供のために温かい家庭を作ろうと頑張っていただけの人なんです。それなのにあの駅のホームで痴漢だと言われ、警察に連れて行かれた」
「あなたに。言われた」
女性は白い顔に太陽のような笑顔を乗せてこにらを向いた。
「あなたをずっと待っていたの。いつ声をかけてくるかなって。だって、あなた、自分の思ったことは何でも口にしてすぐに行動に移すでしょ」
「だから、夫は痴漢に間違えられ、会社にも行けず、近所からは白い目でみられ、実家でも馬鹿扱いされ、私たちの生活はめちゃくちゃになったの」
女性がまくし立てながら近づいてくる。
逃げなきゃ。
でも、足が氷のように固まり動けない。
「本当に痴漢だつたのよ。あの男がやったのを見たのよ」
私は思わず叫んでいた。
女性との距離がさらに縮まってきている。
「あなたはたいして確認もせず、そうやって叫んだ。ねぇ、そうでしょ」
刺される!
女性の手には包丁もナイフもなかった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。あなたを殺したりしないから。」
女性の顔がもう目の前だ。
体中の毛穴から汗が吹き出す。
「そう。私はいつまてもここで駅を見ているだけだから。」
気がついたときには走り出していた。
雨も制服のスカートも気にせず全速力で走った。
あれから、おの橋には行ったことはない。
まだあの人あの橋に佇んでいるのだろか