鏡
鏡よ、鏡、この世で一番美しいのは誰?
ああ。そんなこと考えて鏡の前に陣取ってる私は誰よ。なんか悲しい。綺麗な人がいいなら最初から声かけてくんな。
昨日は泣いた。さんざん泣いた。
私は振られたのだ。2年も付き合ったのに急に「別れたい」と言われた。
私にとっては急でもアイツはそうでもなかったらしく、別に付き合っている綺麗な人がいたらしい。二股かけられて振られた。
白雪姫の真実を写す魔法の鏡があれば、もっと早くアイツの悪事を知ることができたかもしれない。欲しかった魔法の鏡。
とはいえ、薄々別れ話が出ることに気がついていたが、気がつかないフリをしていた。どうせならこっちから振ってやるば良かった。なんか、こっちから別れ話を切り出すのは負ける気がしたのだ。
しかたがない。私にもプライドがある。小さいけど立派なプライドが。そのせいで、振られて惨めな気持ちになっているのだから世話ないけど。
鏡よ、鏡、この世で一番不幸なのは誰?
自宅の姿見に問うてみる。もちろん答えはないが、私はそれほど不幸ではない。
美味しい物を食べ、友達がいて、仕事があり、次は楽しい恋愛をしてみたいと思っている私は不幸ではない。
あ!
もし、アイツの不幸を望んでいいなら「彼女と2人で水虫になれ」くらいかな。
鏡がなくても幸せに生きていける
いつまでも捨てられないもの
机の引き出しの奥にずっとある千代紙で巻かれた小さな箱、その中にはどんぐりの実が2つ入っている。
いつからそこにあるのかはっきり覚えてはいない。いつも箱の事を思っているわけではないので、引き出しの中のノートをゴソゴソとしていると指先が箱に当って気づく程度だ。でもなぜか、いつまでも捨てられないものだ。
なぜ捨てられないのだろう。
箱から2つのどんぐりを出して手のひらに乗せ握ってみる。なんだろう。手も心もホァーと暖かくなる感じがする。なぜ。
何か忘れていることがある。なんだろう。
もう少しで思い出せそう。
夕闇が迫りくる公園で私は誰かと会う約束をしていた。誰だろう。
その誰かは大事な人だった。2人で遊ぶことが多く、このどんぐりは隊員である2人の隊員バッチみたいな物だった。
約束の公園には行くことができずに時が流れ、私の手元にはどんぐりだけか捨てられずに残っている。
昨日から私は出張で東京に戻って来ていた。東京は小さい頃に住んでいたこともあり、多少は土地勘があるが、開発が進み以前とは全く別の都会になっていた。
駅の改札を出たところで誰かにぶつかった。
「すみません」
この声聞いたことがある。
その人が落としたカバンから私と同じ千代紙の箱が飛び出していた。思わずその箱を拾い上げて振ってみるとカロコロと私のあの箱と同じ音がした。
驚いて顔を上げれば、そこには、あの日公園で会う約束をしたあの子が成長した姿で微笑んていた。
誇らしさ
今日、100年続く山奥の小学校が卒業式という形で幕を閉じる。最盛期には、50人ちかくの子供たちが学校に通っていたが、今は、本日卒業式を迎える彼女ただ1人となっている。
卒業式が終われば閉校となることか決まっている小学校に彼女は誇らしさを感じていた。
3年生までは上級生がいたが、同級生はずっといない。それでも、担任の先生と二人三脚で勉強に学校行事にと取り組んてきた6年間。中学からは麓の学校となるため人が増え、同級生、友達も増える楽しみがある。けれど、勉強でも運動ても誰とも競ったことがなく自分の実力がどの程度なのか分からない。もしかしたら勉強はみんなについていけず落ちこぼれになってしまうかもしれない。ずっと、ずっと不安だった。
ても卒業式の日、小学校の校長先生から言われた言葉は忘れられない。
「あなたは1人ではありません。ご両親、地域のみなさん、先生がた。みんなさんがいろいろことを教えてくれました。支えてくれました。この学校て学んだ誇らしさを胸に持って羽ばたいて行って下さい。」
あの山奥の小学校を卒業してから6年。
9月からはハーバード大学への進学が決まり、私はアメリカに向かう飛行機の中にいる。
アメリカに行けばより多くの人や人種に出会い、レベルの高い能力が求められる。
それでも、山奥の故郷で学んだ小学校が私の誇りだ。
夜の海
朝日の登ることがない海それが北海。暗く光のない北海に満月の時たけ、月からの光の道ムーンロードが現れる。ムーンロードだけが夜の海を渡るすべだ。
ムーンロードを通り、北海を渡れば王都に向かう列車に乗れる。王都にたどり着き、州都の州長を勤めていた父の代わりに国王陛下に謁見できれば叔父の行いを改めさせることができるはす。
叔父の追っ手に捕まるわけにはいかない。我が州の民を守るためにも、北海をムーンロードを渡らなければならない。
焦る気持ちと黒く暗い北海の荒波が私の心に影を落とすが、悪しき気持ちでは王都への路、ムーンロードに足をかけることはできない。落ち着け。落ち着けと自分に言い聞かせ、その時を待つ。
満月が満ちムーンロードが掛かり始めた。光の道に近づき足を進めるが、道の上に立つことができずに光をすり抜けてしまう。
どうして!
ムーンロードに乗ることができない!
私は王都に行かなけれならない。
国王陛下に会って州の現状を伝えるなければならない。
私はちちのため、州の民のために…
誰のために。
父が、失脚すれば私のせいかつ、は一変する。わたしは、私を守りたいだけ。
社交界にも行けず、おかねが無くなり、仕事をするなんて、私のプライドがゆ、るさない。
だめだ。追っ手が来る。
北海は王都を守る城壁であり、悪しき者を通さず、海に落ちたものは全てが崩れていく。
北海に向かって走り出すが、追っ手はすぐそばまて近づいてきていた。夜の海が目の前に迫り来るが止まるわけにはいかない。
海の中へ。
足が海に浸かり、私の意識を保てず壊れ始めていた。
私を形成する全てのものが壊れ落ちた。
自転車に乗って
今日は花火大会が予定されている。このところ、コロナだったり、台風が直撃したりで中止が続いていたが、今年は天気もよく4年ぶりに開催される。
花火大会の会場は港の中にあるため駅から少し遠い。もちろん近くに駐車場はないので、みんな電車で来て、駅から会場まで歩いていく。思っていたよりも歩く距離があるが、所々に屋台や夜店があり、楽しく歩くことができる。
浴衣を着て、汗をかきながら歩く私たちの横を1台の自転車が通り過ぎていった。2人乗りの自転車に乗っていたのは、私の幼馴染と後ろは弟だ。
あいつらはなぜ自転車なのか!
この暑い中、私は汗ダクダクで歩いているのに自転車って! 何!
駅からは少し下り坂になっているためか自転車に載っている2人は、風を切って涼しそうにしているのが、なんかムカつく。
「おー。お疲れ〜」
通り過ぎざまにかけられた声にイライラがつのる。ムカつく!
「顔怖いよ。自転車いいよね。まあ、帰りは登りだから乗れないよね」
隣にいる友達の声に頭がスパークした。
確かに。
帰りは自転車を押して坂を登らなければ帰れない。きっと年下の弟が自転車を押して上がって行くだろう。
ニヤリ。
私の表情筋の音かした気がする。なにごとも楽ばかりなハズがない。あの2人も汗だくだ〜。せいぜい頑張れ〜。
「まあ、私たちも登りだけどさ。自転車よりはマシかな」
確かに。
帰りを考えると他人事ではなく気分も落ちるが、自転車を押すよりはいいと自分に言い聞かせ、まずは花火大会を楽しもうと会場へ向かう。足取りは軽い。