蝶よ花よ
小さい頃は蝶よ花よと持て囃され、少女から女性になる頃には伯爵令嬢とチヤホヤされていた。誰もかれもが羨む様な生活を送り、誰からも愛されていた私の人生は、一発の銃声でガラスのように砕け散った。
父が撃たれた。
父である伯爵は国の官僚に属していたが、穏健派で外交にも力をいれていたし、国内にも目を向け貧しい人にも優しかった。
それでも父は殺された。この国の行く末は暗く、貧しいものになっていくはすだ。
私の人生も一変した。館には住めなくなり、夜逃げ当然に館をあとにした。今までは父の庇護のもとに生きていたが、仕事をしなければならなくなった。蝶よ花よと育てられた人生は全く役に立つものではなくなった。
あれから2年。
私は父を撃った国賊組織にスパイとして潜り込んている。迷彩服に身を包み、化粧っ気のない顔で髪もホコリにまみれている。それでも生きている。
幼少期の華やかな生活の中で1つだけ役に立つことがあるどすれば、それは母国語以外に言葉が話せることだ。他国の言葉を話せる事で、国賊組織が他国とする交渉の要となっている。つまりは外交。
それは父と同じ仕事。
父とは仕事の目的が違うかもしれないが、父と同じ外交の仕事をしていることを胸に強く生きていかなければならない。
絶対に生きのびてやる。
最初から決まっていた
最初から決まっていた勝敗。
最初から決まっていた勝敗があるならば、
それはただの八百長だ。
「君も僕たちのチームにくれば絶対に勝てたのに。残念だよ」
絶対なんてあるわけない。
自分が特別だと思ってる奴らほど足元をすくわれる。
相手が格上だから勝てないのか。俺たちの努力が足りなかったから勝てないのか。
それでも八百長してまで勝ちたくないし、
普通に練習して努力して勝つことが今の目標だ。
常勝なんてクソくらえ!
弱い奴らが強者に勝つから面白いしワクワクするんだ。ドラマがあるんだ。
宇宙コロシアムでスペースホッケーが行なわれ、俺たちは人類とスペースノイドの混合で雑草みたいなチームだ。でも、このチームで勝負に負けるなんて思っているやつは誰もいない。
絶対に勝つ!
太陽
太陽に手をかざす。
ギラギラと輝く太陽の光が眩しくて、おもわず手で光を遮り、少しでも影を作ろうとしたが効果はない。
暑い。暑すぎる。
このところの気温は異常で体温を超えてくることはざらだ。太陽の光が恨めしい。
太陽に手をかざす。
ポカポカとした陽ざしにおもわず手をかざして暖を取りたくなってしまった。
このところ何日も雨が降り続き、寒さが身に染み、体が氷のように冷たくなっていた。太陽の光は恵みの光だ。
何百年か前は四季があり、春のつぎが夏、夏のつぎが秋、秋のつぎが冬、そして春。
でも、いつの間にか春と秋は無くなり、夏からすぐに冬になり夏になる。
太陽はただそこで輝いていただけなのに、地球は変わり過ぎてしまった。
鐘の音
おかしい。鐘の音がしない。
今日は朝から学校行事のオリエンテーリングのため、この湿原にきている。このコースはチェックポイントに鐘があり、その鐘を鳴らすことでチェックポイントがクリアーとなる。だから、さっきからチェックポイントを通る人たちが次々に鐘を鳴らしていたのに、今は音が全くしない。私たちがが最後なのだろうか?
「ねえ。鐘の音しないよね」
「そう。うーん。道を間違がったのかな」
そんなはずはない。湿原はそれほど広くないし、至る所に先生がいた。間違える前に誰かが声をかけてきそうだ。
でも、鐘の音がしない。
私たちは本当にあの湿原にいるのだろうか?鐘の音どころか人や鳥の声、気配すらしない。強い風が足元を吹き抜けていき、冷や汗が背中を流れる。
怖い!
怖い!
ここはさっきの湿原ではない。
何処?ここは何処なの。
カーン。カーン。
「鐘の音するよ。道合ってたじゃん」
本当だ。鐘の音がする。このまま進めばチェックポイントのはず。早く、早く鐘のところまで行かなければ捕まる。
え?
捕まる? 何に?
鐘の音は、雨が降ったあとや空気が澄んでいるときはよく聞こえるという。
鐘の音は何か危険を知らせたり、予感や警告であるとも言われる。
じゃあ鐘の音が聞こえない時は…
それは何かが迫ってくるための序章なのかもしれない。
「鐘まてもう少しだよ。頑張ろう」
何かが私の足首を掴んだのはその時だった。
つまらないことでも
子供のころから家業を継ぐことが決められ、俺自身が将来について考え、選択したことは一度もない。
家業は呉服屋だ。
客商売だからつまらないことでも噂を立てられたら、50年以上続いた店は終わる。
店についている客は、高級志向で自分たちが使う物にも品格を求める。もちろん、買った店に対しても厳しく、店の、いや店主のスキンダルなんて考えられない。
なのに、親父が援助交際しているとの噂が立っていた。
親父に確認したが否定はしなかった。
軽率すぎる。馬鹿じゃないのか。
自分の立場が分かっているのか。仕事に不安があっただの、金の工面でストレスを感じていたなんて言い訳が通るわけない。
このままだと本当に店は潰れる。
いっそ、親父に死んでもらって俺が店を継ぐことにすれば、店主が変われば少しは評判も持ち直せるかもしれない。
いや。ダメだ。
親父が死んだくらいで店を立て直せるわけがない。
どうする。どうすればいい。
結局、店はあっけなく潰れた。
俺は今、アメリカにいる。
アメリカで呉服屋を始めることにしたからだ。日本では着物なんて着る人はほとんどいないが、こっちではアメリカに滞在する日本人のマダムたちが、パーティー、式典、コンサートなどのさまさまな場面で着物を着たがる。上客ばかりだ。
俺はアメリカで呉服屋を始めた初代となった。これから50年は続けていけるだろう。
俺は自分の手で成功を掴んだ。
まあ、親父の援助交際の話しを常連客に流したのは、俺だけどな。