『もしも未来が見れるなら』
もしも未来が見れるなら、私は人類の終わりを見にいくだろう。
そして、その最期の人に花を手向けたい。
——だって、誰にも埋葬されないのは悲しいじゃないか。
おわり
『無色の世界』
色のない世界とは、どういう世界だろうか。
白黒の世界? それとも、見えない世界?
違う。
無色の世界とは、この世で一番美しい“水晶の世界”だ。
○○○
透明なクリスタルが太陽の光を受けて、煌めく。
そこに色鮮やかさはない。
ただ、ただ、美しい。
「アレ、また君は針水晶原っぱを眺めているの? 好きだねぇ」
振り返った先には、美しい人が居た。
透明なクリスタルの人形。水晶人。
「だって、こんなに綺麗なんですよ。見ないと勿体無いじゃないですか」
「うーん。普通の原っぱだと思うんだけど、やっぱり異世界人は変わってるねぇ」
異世界人。
そう、異世界から来た人、という意味だ。
数日前、僕はこの世界にいきなりやってきた。
仕事の帰りにマンホールに落ちたと思ったら、急にこの世界に居たのだ。
だが、元の世界に未練はない。
——ここは、本当に美しい世界だからだ。
終わり
『桜散る』
——桜散る、その後に何が遺るか。
答えは桜の木の下に眠っている。
○○○
「僕が何がを言いたいか、わかるか?」
「いいや、全く微塵も理解らないね」
全てを知っているような顔で、アイツは嗤った。
世界を嘲笑うような、皮肉な笑みをケラケラと浮かべていた。
「なんで、こんな事をした」
「——なんで? 本当に、わからないのかい?」
「…………」
僕は気まずそうに眼を反らした。
そんな僕を見て、アイツは鼻を鳴らす。
「ほらな、その沈黙が答えだよ」
「復讐、か」
「復讐? いいや……これが、世界の真理だからさ」
そう言ったアイツの瞳は真剣そのもので、その奥深さに頭が痛くなった。
俯いた先、物言わぬ双眸と目が合う。生首だ。その心臓がどこにあるか、言うまでもない。
僕はそっと、葉桜に変わりつつある桜の……その根本に目をやった。
——桜の木の下には、死体が埋まっている。
とは、どこの怪奇小説に書かれたこと、だっただろうか。
「どうして……どうして、なんだ」
それでも、それでも僕はイヤだった。諦めきれなかった。どうにかしたかった。どうにも出来なかった。だから、ただ問うた。
「……君は、本当に優しいね」
返ってきたのは、優しい笑みだった。
まるで大人が幼児に向けるような、そんな笑み。
いっそ酷いともとれるような、優しい笑みだった。
僕は固く、目を瞑った。
これまでに、コイツがしたことを思い出す。
いや、世界に起こったことを、起こしたことを、思い出す。
——世界は花見に浮かれた、のだ。
そして、桜が散ったとき、世界はともに心中した。
よくある話だ。
根も葉もない噂を流して、金持ちから金を搾り取って——そして、借金をさせて自殺に追い込む。詐欺の手口。
——桜の花見には、不老不死と美容の効果がある。
そんな法螺を吹いたコイツに騙され、桜に投資させられた金持ち達は、今は桜の木の下に埋まっている。
文字通り、身も心も桜の栄養分になったのだ。
過去。
僕とアイツは、兄弟だった。
いや、今も血が繋がっている兄弟だ。
しかし、名字は違う。引き取られた先が、別々だからだ。
昔、両親が詐欺にあった。
裕福な人達だった。善良な人達だった。だが、賢くはない人達だった。
僕は騙されないように、賢くなることを求めた。
しかし、コイツは……騙す側に、回った。それも復讐ではない。それが、世界の真理だと、そんなことを言うまでにのめり込んでいる。いっそ、カルト的な宗教だ。
「お前は、どうしたらこっち側に来てくれるんだ」
「逆に、君がこっち側に来る気はある?」
「ない」
「なら、それが答えなんだよ」
静かな笑みをたたえたアイツの姿に、歯を食いしばる。
引き取られた先で何があったのか、僕に知るすべはない。
しかし、その未来の姿がこれなのかと、今の目の前に居るアイツの姿を見ながら、何も出来ずのうのうと過ごした日々に嫌気がさした。
まるで、空をつかむような、会話。
お互いに、諦められないものがあった、あるのだ。
「終わりにしよう」
先に痺れを切らしたのは、アイツだった。
滑らかな動きで、銃を構える。僕に、向けて。
僕もつられるように、アイツに銃を向けた。アイツよりは、ぎこちない錆びたブリキのような動きで。
一時は、本当に仲が良かった兄弟だった。
花が咲いたような、絵本に出てくるような、頭に花畑でも詰まっているような、そんな兄弟関係だった。
平和で、平凡で、アイツの手を引いて庭をかけたことも、母に習って花畑で花冠を作り、アイツの頭に乗せてやったこともある。
指をしゃぶっていたアイツが、花冠を載せた瞬間、僕に笑顔を向けて拙い言葉付きで「ありあと、にーちゃ」と感謝を述べていたことを思い出し、目尻がどうにも熱くなる。
花は咲いた——そして、既に散ったのだ。
罪のない人々の命も、僕とアイツの関係も。
——桜散る、その後に何が遺るか。
答えは桜の木の下に眠っている。
……引き金を、ひいた。
おわり
『夢見る心』
夢見る心が大事だ、とは誰の言だっただろう。
しかし、俺は言いたい。
——こんな状態で、夢なんて見れるか。と。
○○○
朝露が宝石のように煌めく頃。
俺は眠たい眼を擦りながら、歯を磨き窓の外を眺めていた。
外は階段のすり鉢状に土地が並んでおり、比較的高所にある俺の家からは、街が一望出来る。
すり鉢状の中心。
そこに、この街の名物——ダンジョンがあった。
俺は歯ブラシを歯型が付くほど、固く噛み締めて、ダンジョンを睨みつける。
「お兄ちゃん、おはよう」
はっとして、意図的に笑顔を作る。
「おはよう、リリ。朝ごはんあるから、食べな」
「うん」
口を濯ぎ、振り返ると、そこには最愛の妹が可愛い顔でこっちを見ていた。
どこからどうみても、十人中十人が振り返る美少女だ。可愛い。しかし、着ているものはボロくさい。仕方がない、金が無いのだ。
……俺達に両親は居ない。
死んだのだ、ダンジョンで。呆気なく。
俺達の両親は、冒険者だった。とても強い人たちで、ドラゴンだって倒せるような、そんな強い、強い人。
だが、死んだ——ダンジョンで、呆気なく。
残ったのは、家一つと、ダンジョンに入るための装備だけ。教えて貰ったのは、ダンジョンの知識と、剣の振り方だけだ。
だから、俺はダンジョンに潜って金を稼ぐしか、なかった。
それしか、妹の食い扶持を稼ぐ方法を知らないのだ。
「リリ。今日もダンジョンに潜って稼いでくるよ。明日のパンを買う金を稼いで来なきゃいけないから」
「うん、わかった……ちゃんと無事に帰って来てね」
「……わかってる、リリ。お前を一人にさせないから」
……この街には、ダンジョンを求めて冒険者が集まる。
そいつらは、どいつもこいつも、己の腕試しや、一攫千金を求めてキラキラした目でダンジョンに入る。
俺はそんなヤツらを冷めた目で見ながら、死んだ目でダンジョンに入る。
夢なんて見てられるか。
そんな心、とっくのとうに、死んでしまった。
……本当は、ダンジョンなんて潜りたくない。
命の危険があるし、俺が死んだら妹は本当にひとりぼっちになってしまう。
それが、どれだけ残酷なことか、俺は身を持って知っているのだから。
だが、そうしなければ、俺達はパンの代金すら稼ぐ事が出来なかった。
これより他には、妹が花を売って稼ぐしかない。もちろん、真っ当な花ではない。女を売る、という事だ。
——そんな事は、是が非でも防がなかればならなかった。
妹はまだ、接吻すらした事のない、乙女である。
兄として、そんな事は到底許すわけにはいかない。
「今日もダンジョン攻略、頑張ろー!」
「目指せ! 一攫千金!!」
はしゃぐ冒険者達を冷めた目をしながら、黙って横を通り過ぎる。
浮ついた言葉の全てが、ざらついて聞こえる。
それは砂のように纏わりついてきて、どうにも煩わしい。
○○○
ダンジョンの中は静かだった。
——落ち着く。
そう思ってしまったことに、苦笑いする。
何体かモンスターを見つけ、無心で剣を振り続ける。
換金する素材を損なわないように、剣の消耗が少くなるように、体力の消耗が少なるなるように、傷を負って傷薬の出費がかさまないで済むように。
そんな事を繰り返していると、悲鳴が聞こえる。女の悲鳴だ。
……俺は迷った。
助けに向かうべきか、聞かなかった事にするべきか。
助けにいれば、お礼として金を恵んで貰えるかもしれない。
しかし、トラブルに巻き込まれれば出費だけでなく、命すらも怪しい。
ダンジョンに入る連中の中には、俺よりも夢のないヤツらが居る。人売りだ。俺はそこまで落ちてないが、俺はヤツらを一概に責めることは到底出来そうにも無かった。
何故なら、彼らの姿は——俺の明日の姿かもしれないのだ。
彼らだって、生きていかなければならない。もしかしたら、俺らみたいな妻子だって居るかもしれない。
金を稼ぐというのは、思った以上に、難解な事なのだ。
それを、俺は、両親が死んでから知った。
俺は幸運なことに、金を稼ぐだけの力があった。大きな怪我をしないだけの運もあった。だから、まだこっち側で要られる。
しかし、ナニカが違えば、そこに俺も居ただろう。妹の生活費を稼ぐために。妹を花街に送らないために。
……少し、顔を出すだけ、なら。
結局、俺は足を向ける事にした。悲鳴の持ち主が、女の……しかも、少し妹の声に似ていたことに気づいてしまったからだ。
○○○
幸いなことに、トラブルでは無かったし、女も生きていた。
もうすぐ死にそうだけど。必死に傷を負いながら、囲っているモンスターに剣を振り下ろしている。
「助けはいるか!!」
「っ! お願いします!!」
言葉を聞きながら、俺はモンスターに剣を振りかぶった。
数分後、俺は息を切らす事なく剣を収める。
目の前には、汗だくになった女が、体力の限界を迎えて崩れ落ち、地面に大の字になって転がっている。
「……大丈夫?」
「だ、だい、じょうぶ、です!」
女はとんでもない美しさがあった。銀髪の美少女だ。俺の妹より、年は上だろう。
どこか、貴族じみたものを感じさせる女だった。
そんな上品そうなヤツが、汗だくになって人目も気にせず転がっている姿に、なにか見てはいけないものを見てしまった気になって、俺は視線を反らしながら、女に自分の水筒を差し出した。
少し、話をした。やはり、そこそこ良い身の上らしい。羨ましい。きっと、ダンジョンなんかに入らなくても、明日のパンが買える身の上なのだろう。
「あの、お願いがあるのです」
「えっ……なに?」
「私を、あなたの弟子にしていただけませんか!?」
「…………は?」
「謝礼は必ず致します!!」
真剣な眼差し、差し出された金貨。
俺の頭はくらくらした。
「と、とりあえず、ダンジョンから出よう。その……一旦、家に来て、それから話し合おう、うん、そうしよう」
俺に言えたのは、それだけだった。
俺は後になって、このときの判断を名判断だったと思っている。
これは、夢見る心を失った俺が、夢見る心を持った女を弟子にして、一緒にダンジョンを攻略することになる話。
——その序章だ。
……続かない!
おわり!!
追伸・長くなった、ごめん。
『届かぬ思い』
懇切丁寧に、一年かけて綴ったラブレター。
しかし、それが君に届くことはなかった。
手元に残ったのは、一枚の紙切れ。
『そんな住所は存在しません』
……気持ちの大きさだけじゃなく、住所の宛先が間違っていないか確認する、そんな一呼吸置く落ち着きも、恋愛には大切なのかもしれない。
おわり