白井墓守

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『夢見る心』

夢見る心が大事だ、とは誰の言だっただろう。
しかし、俺は言いたい。

——こんな状態で、夢なんて見れるか。と。

○○○

朝露が宝石のように煌めく頃。
俺は眠たい眼を擦りながら、歯を磨き窓の外を眺めていた。

外は階段のすり鉢状に土地が並んでおり、比較的高所にある俺の家からは、街が一望出来る。

すり鉢状の中心。
そこに、この街の名物——ダンジョンがあった。
俺は歯ブラシを歯型が付くほど、固く噛み締めて、ダンジョンを睨みつける。

「お兄ちゃん、おはよう」

はっとして、意図的に笑顔を作る。

「おはよう、リリ。朝ごはんあるから、食べな」
「うん」

口を濯ぎ、振り返ると、そこには最愛の妹が可愛い顔でこっちを見ていた。
どこからどうみても、十人中十人が振り返る美少女だ。可愛い。しかし、着ているものはボロくさい。仕方がない、金が無いのだ。

……俺達に両親は居ない。
死んだのだ、ダンジョンで。呆気なく。

俺達の両親は、冒険者だった。とても強い人たちで、ドラゴンだって倒せるような、そんな強い、強い人。
だが、死んだ——ダンジョンで、呆気なく。

残ったのは、家一つと、ダンジョンに入るための装備だけ。教えて貰ったのは、ダンジョンの知識と、剣の振り方だけだ。

だから、俺はダンジョンに潜って金を稼ぐしか、なかった。
それしか、妹の食い扶持を稼ぐ方法を知らないのだ。

「リリ。今日もダンジョンに潜って稼いでくるよ。明日のパンを買う金を稼いで来なきゃいけないから」
「うん、わかった……ちゃんと無事に帰って来てね」
「……わかってる、リリ。お前を一人にさせないから」

……この街には、ダンジョンを求めて冒険者が集まる。
そいつらは、どいつもこいつも、己の腕試しや、一攫千金を求めてキラキラした目でダンジョンに入る。

俺はそんなヤツらを冷めた目で見ながら、死んだ目でダンジョンに入る。

夢なんて見てられるか。
そんな心、とっくのとうに、死んでしまった。

……本当は、ダンジョンなんて潜りたくない。
命の危険があるし、俺が死んだら妹は本当にひとりぼっちになってしまう。
それが、どれだけ残酷なことか、俺は身を持って知っているのだから。
だが、そうしなければ、俺達はパンの代金すら稼ぐ事が出来なかった。
これより他には、妹が花を売って稼ぐしかない。もちろん、真っ当な花ではない。女を売る、という事だ。
——そんな事は、是が非でも防がなかればならなかった。
妹はまだ、接吻すらした事のない、乙女である。
兄として、そんな事は到底許すわけにはいかない。

「今日もダンジョン攻略、頑張ろー!」
「目指せ! 一攫千金!!」

はしゃぐ冒険者達を冷めた目をしながら、黙って横を通り過ぎる。
浮ついた言葉の全てが、ざらついて聞こえる。
それは砂のように纏わりついてきて、どうにも煩わしい。

○○○

ダンジョンの中は静かだった。
——落ち着く。
そう思ってしまったことに、苦笑いする。

何体かモンスターを見つけ、無心で剣を振り続ける。
換金する素材を損なわないように、剣の消耗が少くなるように、体力の消耗が少なるなるように、傷を負って傷薬の出費がかさまないで済むように。

そんな事を繰り返していると、悲鳴が聞こえる。女の悲鳴だ。

……俺は迷った。
助けに向かうべきか、聞かなかった事にするべきか。

助けにいれば、お礼として金を恵んで貰えるかもしれない。
しかし、トラブルに巻き込まれれば出費だけでなく、命すらも怪しい。
ダンジョンに入る連中の中には、俺よりも夢のないヤツらが居る。人売りだ。俺はそこまで落ちてないが、俺はヤツらを一概に責めることは到底出来そうにも無かった。
何故なら、彼らの姿は——俺の明日の姿かもしれないのだ。
彼らだって、生きていかなければならない。もしかしたら、俺らみたいな妻子だって居るかもしれない。
金を稼ぐというのは、思った以上に、難解な事なのだ。
それを、俺は、両親が死んでから知った。
俺は幸運なことに、金を稼ぐだけの力があった。大きな怪我をしないだけの運もあった。だから、まだこっち側で要られる。
しかし、ナニカが違えば、そこに俺も居ただろう。妹の生活費を稼ぐために。妹を花街に送らないために。

……少し、顔を出すだけ、なら。
結局、俺は足を向ける事にした。悲鳴の持ち主が、女の……しかも、少し妹の声に似ていたことに気づいてしまったからだ。

○○○

幸いなことに、トラブルでは無かったし、女も生きていた。
もうすぐ死にそうだけど。必死に傷を負いながら、囲っているモンスターに剣を振り下ろしている。

「助けはいるか!!」
「っ! お願いします!!」

言葉を聞きながら、俺はモンスターに剣を振りかぶった。

数分後、俺は息を切らす事なく剣を収める。
目の前には、汗だくになった女が、体力の限界を迎えて崩れ落ち、地面に大の字になって転がっている。

「……大丈夫?」
「だ、だい、じょうぶ、です!」

女はとんでもない美しさがあった。銀髪の美少女だ。俺の妹より、年は上だろう。
どこか、貴族じみたものを感じさせる女だった。
そんな上品そうなヤツが、汗だくになって人目も気にせず転がっている姿に、なにか見てはいけないものを見てしまった気になって、俺は視線を反らしながら、女に自分の水筒を差し出した。

少し、話をした。やはり、そこそこ良い身の上らしい。羨ましい。きっと、ダンジョンなんかに入らなくても、明日のパンが買える身の上なのだろう。

「あの、お願いがあるのです」
「えっ……なに?」
「私を、あなたの弟子にしていただけませんか!?」

「…………は?」

「謝礼は必ず致します!!」

真剣な眼差し、差し出された金貨。
俺の頭はくらくらした。

「と、とりあえず、ダンジョンから出よう。その……一旦、家に来て、それから話し合おう、うん、そうしよう」

俺に言えたのは、それだけだった。
俺は後になって、このときの判断を名判断だったと思っている。


これは、夢見る心を失った俺が、夢見る心を持った女を弟子にして、一緒にダンジョンを攻略することになる話。
——その序章だ。


……続かない! 
おわり!!

追伸・長くなった、ごめん。

4/17/2026, 4:59:07 AM