『言葉にできない』
言葉にできない感動が、ここにある。
「うまれてきてくれて、ありがとう」
そっと、我が子を腕に抱いた。
このときの感動を、一生忘れることはないだろう。
この、言葉にできない感動を。
そして、あなたに伝えたい。
あなたは、そういった存在なのだ、と。
○○○
「それ、実の母親に愛されていない相手でも言える?」
クロハネの天使が声をかけてきた。
シロハネは答える。
「言えるさ。だったら、僕ら天使が、母親の分まで愛せば良いのだから」
クロハネの天使は肩をすくめた。
「全くもって、君は守護天使らしい守護天使だね」
○○○
「うまれてきてくれて、ありがとう」
この感動を、言葉にすることはできない。
だから、せめて。
——ありがとうを、君に。
おわり
『春爛漫』
春爛漫である。春爛漫。
……起きたら、部屋の中が桜の花びらで埋まっていることを、春爛漫で済ませて良いものなのだろうか??
○○○
そもそも、である。
春爛漫とはなんだろうか。
頭のくるくる癖っ毛に桜の花びらをくっつけたまま、僕は物知りな偏屈博士のところに転がりこんだ。
「先生、博士先生。春爛漫とは、なんですか」
「お前の頭の中じゃよ、くそガキ」
人間を三人ぐらい纏めて殺したみたいな、殺人鬼も裸足で逃げ出す目付きがヤバい悪人面。喉が地獄から繋がっているのかと思うような低く響く恐ろしいがなり声。
……うん、博士だ。
それにしても、僕の頭の中が、春爛漫とは、いったいどういうことであろうか。
少し、考えてみたが分からなかったので、素直に聞いてみることにした。
「先生、博士先生。春爛漫が僕の頭の中とはどういう意味ですか、考えても僕には分かりません。教えてください」
「チっ!!!! くそガキ、今の状態を見て呑気に何事も無いかのように、そんな質問が出来るから、お前の頭の中は平和でお花が満開に咲き誇るあっぱらぱーだと、言っておるのだ!」
「ふむ、なるほど。ありがとうございます」
僕は素直な性格だ。
だから、今一度、博士先生の様子をじっくりと見てみることにした。
いつもの同じ室内。
特にサイズが変わっている訳では無さそうだ。
いつもと同じ家具の配置。
ベットが二つとか模様替えもして無さそうだ。
いつもと同じ服の博士先生。
この人はいつも同じ服を来ている。ファッションの概念無いんだ。この前、クローゼットに十着同じ服を見たことがある。
「うーん、全く分からない」
「春爛漫野郎がっ!!」
「強いていうなら、室内に溢れんばかりの桜の花びらが溢れて、それを必死に博士先生が掻き出して窓から外に捨てている事ぐらいだけど、うーん。いったい何が違うんだろう」
「答えを自分で言っておいて、なお分からないならお前に付ける薬はこの世に存在しないだろうな!!」
おや、?
僕は目をぱちくりとさせた。パチパチ。
周囲には僕の起きた部屋のように、桜の花びらが溢れている。
「先生、博士先生。もしかして、この桜の花びらですか?」
「それ以外に、何があると言うんだ、この馬鹿モノ!!」
「いや、しかし。こんなものは異変でも何にもないですよ。僕の部屋にも当たり前の顔をしてありました。ほら、雨が降ったりするじゃないですか。あれと同じですよ」
「お前は雨が、日本中の部屋の中にでも降ると思っているのか!!」
「気分なんじゃないですか、そこは」
「この春爛漫野郎め!!」
博士先生は御年九十を超えるご老人の筈だが、とても元気で快活に、今も僕に怒鳴りながら桜を掻き出すという作業をしている。いったい、この力の源は何なのだろうか、不思議だ。
僕はそう思いながら、頑張っている博士先生にお茶でも淹れてあげようと、勝手知ったる我が家とばかりに台所へと向かった。
今日は春だし、桜のお茶にでもしてあげようかなぁ。
おわり
『誰よりも、ずっと』
誰よりも、ずっと君は自由だった。
手も足もない姿で、それでも君は自由だったのだ。
○○○
芋虫という生き物がいる。
手も足もない、惨めに地を這いつくばるだけの存在だ。
たまの楽しみといえば、青葉をむしゃりとやるだけ。
……それでも、その姿のなんと自由なことか。
人間という生き物がいる……我々のことだ。
手も足もある、空を見上げては自由になりたいと呟き、あくせくと社会の歯車になるだけの存在だ。
たまの楽しみといえば、酒か菓子をむしゃりとやるだけ。
……これでは、手も足もあるというのに、得した気がしない。
いったい、この手と足は何のためにあるというのだろうか。
○○○
芋虫は蛹になり、蝶になった。
人間という生き物は言う。
「あぁ、蝶が羨ましい。何処までだって自由に飛んでいけるだろう」
だが、私は見た。
自由に飛んだ蝶が、蜘蛛の巣に引っかかって、むしゃりとやられるのを。
そして、私は知っている。
自由に飛んだ蝶は、昔は手も足もなく惨めに地を這いつくばるだけの芋虫であったことを。
今よりもずっとずっと、自由であったことを。
○○○
……人も同じなのだろうか。
地に這いつくばるだけの、手と足のある存在である現在。
いつか、宇宙に進出する羽根を手に入れるのかもしれない。
だが、それは自由を意味するものではない。
……と、私は思っている。
きっと、蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように、新たな困難が待ち受けているのだろう。
——ならば。
もしかしたら、人間というものは、今こそが自由な時なのかもしれない。
自由とは、失って初めて、それは当たり前ではなかったと気づくものなのかもしれない。
○○○
誰よりも、ずっと君は自由だった。
手も足もない姿で、それでも君は自由だったのだ。
私は、今は亡き芋虫に向かって、そう思った、思ったのだ。
おわり
『これからも、ずっと』
これからも、ずっと側に居られるだなんて。
……どうして、そんなことを考えていられたのだろうか。
今日、僕の愛しい最愛の人は、土に眠った。
○○○
きっかけは些細な口喧嘩だった。
料理の塩加減が薄いとか薄くないとか、そんなこと。
いつもなら帰って妻の手料理を口にするが、なんとなく喧嘩して気まずいから、友人の誘いに乗って飲みに出た。
……帰ったら妻が倒れていて——死んでいた。
心臓発作だった。
もし、僕が飲みになんて行かず、すぐに帰っていれば妻は助かったかもしれない。
○○○
どうして、
…………どうして。
どうして、明日謝ればいい……なんて思えたのだろう。
どうして、明日が当たり前に来ると考えていたのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして。
これからも、ずっと側に居られるだなんて。
……どうして、そんなことを考えていられたのだろうか。
おわり
『沈む夕日』
夕日が沈んだ、世界も沈んだ。
もう、二度と世界に太陽は上がらないだろう。
○○○
蜘蛛の糸、という本を知っているだろうか。
とある文豪が書いた短編で、とある罪人の話である。
カンダタという悪いことをして地獄に落とされた者が、生前の小さな善行を御仏に恩情を貰い、地獄から這い上がるごくか細い蜘蛛の糸を垂らして貰う……そのような話だ。
人類は、多大なる罪を犯した。
戦争、環境破壊、イジメ、動物虐待……。
だが、同時に良い事も成している者がいた。
災害支援、国境なき医師団、環境保護、動物愛護……。
しかし天秤の釣り合いはとれず、世界は終焉にの兆しがみえる。
唯一、希望があると、すれば、それは蜘蛛の糸だった。
……しかし、またもや人類は失敗したのだ。
限られた人数に対して、人は殺し合った。
罪の塗り重ねを行い、我々は蜘蛛の糸さえ失った。
沈む夕日を前に、我々は絶望する。
救われなかったこと、ではない。
我々があまりにも救われない“存在”であることに、絶望したのだ。
もう、太陽は上がらないだろう。
世界は終焉に包まれたのだ。
何故だが分からないが、本当に終わってしまったのだ。
そう決まってからは、驚くほど世界は静かで平和だった。
なんとも皮肉で、私は終焉を前に笑いをこぼしていた。
おわり