『誰よりも、ずっと』
誰よりも、ずっと君は自由だった。
手も足もない姿で、それでも君は自由だったのだ。
○○○
芋虫という生き物がいる。
手も足もない、惨めに地を這いつくばるだけの存在だ。
たまの楽しみといえば、青葉をむしゃりとやるだけ。
……それでも、その姿のなんと自由なことか。
人間という生き物がいる……我々のことだ。
手も足もある、空を見上げては自由になりたいと呟き、あくせくと社会の歯車になるだけの存在だ。
たまの楽しみといえば、酒か菓子をむしゃりとやるだけ。
……これでは、手も足もあるというのに、得した気がしない。
いったい、この手と足は何のためにあるというのだろうか。
○○○
芋虫は蛹になり、蝶になった。
人間という生き物は言う。
「あぁ、蝶が羨ましい。何処までだって自由に飛んでいけるだろう」
だが、私は見た。
自由に飛んだ蝶が、蜘蛛の巣に引っかかって、むしゃりとやられるのを。
そして、私は知っている。
自由に飛んだ蝶は、昔は手も足もなく惨めに地を這いつくばるだけの芋虫であったことを。
今よりもずっとずっと、自由であったことを。
○○○
……人も同じなのだろうか。
地に這いつくばるだけの、手と足のある存在である現在。
いつか、宇宙に進出する羽根を手に入れるのかもしれない。
だが、それは自由を意味するものではない。
……と、私は思っている。
きっと、蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように、新たな困難が待ち受けているのだろう。
——ならば。
もしかしたら、人間というものは、今こそが自由な時なのかもしれない。
自由とは、失って初めて、それは当たり前ではなかったと気づくものなのかもしれない。
○○○
誰よりも、ずっと君は自由だった。
手も足もない姿で、それでも君は自由だったのだ。
私は、今は亡き芋虫に向かって、そう思った、思ったのだ。
おわり
『これからも、ずっと』
これからも、ずっと側に居られるだなんて。
……どうして、そんなことを考えていられたのだろうか。
今日、僕の愛しい最愛の人は、土に眠った。
○○○
きっかけは些細な口喧嘩だった。
料理の塩加減が薄いとか薄くないとか、そんなこと。
いつもなら帰って妻の手料理を口にするが、なんとなく喧嘩して気まずいから、友人の誘いに乗って飲みに出た。
……帰ったら妻が倒れていて——死んでいた。
心臓発作だった。
もし、僕が飲みになんて行かず、すぐに帰っていれば妻は助かったかもしれない。
○○○
どうして、
…………どうして。
どうして、明日謝ればいい……なんて思えたのだろう。
どうして、明日が当たり前に来ると考えていたのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして。
これからも、ずっと側に居られるだなんて。
……どうして、そんなことを考えていられたのだろうか。
おわり
『沈む夕日』
夕日が沈んだ、世界も沈んだ。
もう、二度と世界に太陽は上がらないだろう。
○○○
蜘蛛の糸、という本を知っているだろうか。
とある文豪が書いた短編で、とある罪人の話である。
カンダタという悪いことをして地獄に落とされた者が、生前の小さな善行を御仏に恩情を貰い、地獄から這い上がるごくか細い蜘蛛の糸を垂らして貰う……そのような話だ。
人類は、多大なる罪を犯した。
戦争、環境破壊、イジメ、動物虐待……。
だが、同時に良い事も成している者がいた。
災害支援、国境なき医師団、環境保護、動物愛護……。
しかし天秤の釣り合いはとれず、世界は終焉にの兆しがみえる。
唯一、希望があると、すれば、それは蜘蛛の糸だった。
……しかし、またもや人類は失敗したのだ。
限られた人数に対して、人は殺し合った。
罪の塗り重ねを行い、我々は蜘蛛の糸さえ失った。
沈む夕日を前に、我々は絶望する。
救われなかったこと、ではない。
我々があまりにも救われない“存在”であることに、絶望したのだ。
もう、太陽は上がらないだろう。
世界は終焉に包まれたのだ。
何故だが分からないが、本当に終わってしまったのだ。
そう決まってからは、驚くほど世界は静かで平和だった。
なんとも皮肉で、私は終焉を前に笑いをこぼしていた。
おわり
『星空の下で』
星空の下で、星を食む。
「まって、これ地球じゃない?」
「地球って星だったんだ……」
○○○
人間は宇宙に進出することを覚えた。
日本、中国、ロシア、アメリカ……過去に存在した国は、別の名前に置き換わっている。
宇宙の只中で、まるで一つの惑星が、海に浮かぶ孤島の群れのような扱いをうけるなか、人々は僅かな人口で細々と生きていた。
そんななか、流行っているブームがある。
——星を金平糖にして、食むことだ。
僕と友人も、その流れに乗って、星を食むことにした。
この宇宙には、多くの星が存在する。
星に対して、人類の数はあまりにも少なすぎた。
まるで田舎の家だけはあるが人は居ない、そんな空き惑星ばかり。
人の手を入れていない惑星は、ボロボロになってしまう。
だから、食べることで、消化するのだ。
「この星はカニミソ味だよ」
「え、本当に? ……うわ、本当だ。あ、こっちはいちごミルク!」
「えー? ! 確かに、いちごミルク!! 懐かしいー!」
「ね! イチゴが訳あって絶滅してから、かれこれ二百年は食べて無かったもんねー!」
そんな風に、僕らは星を食むことを楽しんでいた。
……そして、うっかり地球を金平糖にしてしまったのだ。
「どうしよう、流石に不味いよね」
「まあ、うん。でも、しちゃったものは仕方なくない?」
「確かに。今更元に戻すことも出来ないか……」
「あとで怒られるとして、食べちゃおうよ!」
「えー? いいの??」
「だって、味が気になるじゃん!」
「……確かに!!」
僕らは一緒に、地球を食んだ。
!!
……なんと地球は、たこ焼き味だった。
なんでやねん。
おわり
『それでいい』
夢とは叶わないものだ。
だが——それでいい、それがいいのである。
もしも叶ってしまえば、そんな残念なことは……この世に一つとして存在しないだろう。
○○○
二人の画家志望の若者が居た。
適当に、名前をミギと、ヒダリと呼称する。
ミギは堅実な男で、毎日毎日、画家になるための練習を重ねた。
ヒダリは自由な男で、気が向いたときしか筆を取らなかった。
二人の性格はたいそう反対だったが、ウマでも合ったのか、なぜか二人は仲が良く、お互いの将来について、よく語り合った。
ミギ「画家になったら、僕は見た人の心を感動させるような絵を描きたい。僕は昔、人生に絶望し自殺しようとしていたが、とある絵を見てやめたんだ。そしてもう一度生きようと思えた。絵ってのはスゴイ。僕もそんな絵を描ける人になりたい」
ヒダリ「俺は画家になったら、大金を稼いで毎日女を侍らせて取っ替え引っ替えしたいぜ。なぁに、今の俺はチンケな場末の絵描き見習いの一人に過ぎないが、今に世界に名を残すビッグスターになってやる。そんで、俺を見下してきたヤツらを見返してやるんだ。だが、今のうちに俺を大事にしてくれたヤツにはちゃんと恩返しする。ミギ、お前の事だ。幸福もんだな、お前は」
ミギとヒダリはお互いに、理想の自分像を語り合った。
ミギはロマンティックな男で、逆にヒダリは俗物的な男だった。
二人は全く反対の思想を持っていたが、それを武器としたお互いを責め立てることは無かった。
そういう考えもあるのか、そう思いながら自分の考えを曲げす、ただお互いの未来について、語りあった。
あるとき、ミギが大成した。
テレビメディアや新聞、SNSのネットニュースで、彼の名前を見ない日はない。
そんな、かなり有名な存在になった。
つまり、もう画家見習いなどではなく【画家】という生き物になってしまった……ならざるおえなかったのだ。
そんなミギを見て、ヒダリは一人、涙を目に浮かべた。
そして、何も言わずに仏花の白い菊の花を手配した。
ヒダリは未だに売れていない“画家見習い”で、自由に出来る金額は少なかったが、自分の人生の唯一の楽しみといっても過言ではない酒代を削ってまで、花を用意した。
あるとき。
憔悴した顔のミギと、ヒダリは会った。ミギがいきなり家に訪ねてきたのだ。ヒダリは死人でも合うような気持ちで迎えた。
ミギは一言「君は【画家】になんてなるな」そう言い、
ヒダリは固く噛み締めた唇を開き言った「そんなことは、ずっと前から分かってる」
そして、家の片隅に供えるようにして枯れた、仏花の白い菊の花だったものを、彼に手渡した。
ミギは、淡く微笑むと、枯れた一輪の白い菊の花を、まるで薔薇の花を受け取った告白された小娘のように頬を染めて宝石のような涙をひと粒零し、何も言わずに去っていた。
ヒダリは、そんなミギの姿を、何も言わずに黙って見送った。その拳は固く、固く、血が出るほど握りしめられていた。
後日。
ミギが自殺したと、風の噂でヒダリは聞いた。
ヒダリはその日も、画家になりたい、いや俺は画家になるんだ。そう口では言いながらも、筆を取らず酒を飲んでいた。
ただ、酒の2杯ほど頼み、今は語り合うことが出来なくなった唯一無二の友に捧げた。
○○○
夢とは叶わないものだ。
だが——それでいい、それがいいのである。
もしも叶ってしまえば、そんな残念なことは……この世に一つとして存在しないだろう。
何故ならば、夢とは違い現実とは、醜いものだからである。
恋とは片思いしているうちが華とはよく言ったもので、両思いになって結ばれたとたんに相手のイヤなところが見えてくる。
夢を追っているうちはキレイな部分だけ想像して満足出来ていたものが、途端にしなければいけない作業になり、やりたくもないことを否応無しに押し付けられる。
何故ならば【画家】というのは、称号ではなく、仕事だからである。
仕事とは、やりたくもないことを、やって金を稼ぐものなのだから、醜くて当然なのだ。
理想が高ければ高いほど、夢を見て入れば見ているほど、現実知ったときのギャップは激しくなる。
——だから、人が死ぬのは当然なのだ。
ヒダリは、酒を1杯、ぐいっと煽るようにして飲んだ。
そうしなければ、やってられなかったからである。
おわり
……長くなってゴメン。