白井墓守

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『それでいい』

夢とは叶わないものだ。
だが——それでいい、それがいいのである。

もしも叶ってしまえば、そんな残念なことは……この世に一つとして存在しないだろう。

○○○

二人の画家志望の若者が居た。
適当に、名前をミギと、ヒダリと呼称する。

ミギは堅実な男で、毎日毎日、画家になるための練習を重ねた。
ヒダリは自由な男で、気が向いたときしか筆を取らなかった。

二人の性格はたいそう反対だったが、ウマでも合ったのか、なぜか二人は仲が良く、お互いの将来について、よく語り合った。

ミギ「画家になったら、僕は見た人の心を感動させるような絵を描きたい。僕は昔、人生に絶望し自殺しようとしていたが、とある絵を見てやめたんだ。そしてもう一度生きようと思えた。絵ってのはスゴイ。僕もそんな絵を描ける人になりたい」
ヒダリ「俺は画家になったら、大金を稼いで毎日女を侍らせて取っ替え引っ替えしたいぜ。なぁに、今の俺はチンケな場末の絵描き見習いの一人に過ぎないが、今に世界に名を残すビッグスターになってやる。そんで、俺を見下してきたヤツらを見返してやるんだ。だが、今のうちに俺を大事にしてくれたヤツにはちゃんと恩返しする。ミギ、お前の事だ。幸福もんだな、お前は」

ミギとヒダリはお互いに、理想の自分像を語り合った。
ミギはロマンティックな男で、逆にヒダリは俗物的な男だった。

二人は全く反対の思想を持っていたが、それを武器としたお互いを責め立てることは無かった。
そういう考えもあるのか、そう思いながら自分の考えを曲げす、ただお互いの未来について、語りあった。


あるとき、ミギが大成した。
テレビメディアや新聞、SNSのネットニュースで、彼の名前を見ない日はない。
そんな、かなり有名な存在になった。
つまり、もう画家見習いなどではなく【画家】という生き物になってしまった……ならざるおえなかったのだ。

そんなミギを見て、ヒダリは一人、涙を目に浮かべた。
そして、何も言わずに仏花の白い菊の花を手配した。
ヒダリは未だに売れていない“画家見習い”で、自由に出来る金額は少なかったが、自分の人生の唯一の楽しみといっても過言ではない酒代を削ってまで、花を用意した。


あるとき。
憔悴した顔のミギと、ヒダリは会った。ミギがいきなり家に訪ねてきたのだ。ヒダリは死人でも合うような気持ちで迎えた。
ミギは一言「君は【画家】になんてなるな」そう言い、
ヒダリは固く噛み締めた唇を開き言った「そんなことは、ずっと前から分かってる」
そして、家の片隅に供えるようにして枯れた、仏花の白い菊の花だったものを、彼に手渡した。
ミギは、淡く微笑むと、枯れた一輪の白い菊の花を、まるで薔薇の花を受け取った告白された小娘のように頬を染めて宝石のような涙をひと粒零し、何も言わずに去っていた。
ヒダリは、そんなミギの姿を、何も言わずに黙って見送った。その拳は固く、固く、血が出るほど握りしめられていた。


後日。
ミギが自殺したと、風の噂でヒダリは聞いた。
ヒダリはその日も、画家になりたい、いや俺は画家になるんだ。そう口では言いながらも、筆を取らず酒を飲んでいた。
ただ、酒の2杯ほど頼み、今は語り合うことが出来なくなった唯一無二の友に捧げた。

○○○

夢とは叶わないものだ。
だが——それでいい、それがいいのである。

もしも叶ってしまえば、そんな残念なことは……この世に一つとして存在しないだろう。

何故ならば、夢とは違い現実とは、醜いものだからである。
恋とは片思いしているうちが華とはよく言ったもので、両思いになって結ばれたとたんに相手のイヤなところが見えてくる。
夢を追っているうちはキレイな部分だけ想像して満足出来ていたものが、途端にしなければいけない作業になり、やりたくもないことを否応無しに押し付けられる。
何故ならば【画家】というのは、称号ではなく、仕事だからである。
仕事とは、やりたくもないことを、やって金を稼ぐものなのだから、醜くて当然なのだ。
理想が高ければ高いほど、夢を見て入れば見ているほど、現実知ったときのギャップは激しくなる。
——だから、人が死ぬのは当然なのだ。

ヒダリは、酒を1杯、ぐいっと煽るようにして飲んだ。
そうしなければ、やってられなかったからである。


おわり

……長くなってゴメン。

4/5/2026, 3:41:00 AM