『幸せに』
幸せになる、そう言ったのは嘘だった。
結婚式。娘が言った言葉は、父親の私を安心させる為のだけの嘘だと気づくのは、あの子が酷い醜態の肉片に成り果てた後。
あのとき、あの子が流した涙は感動の涙じゃない、悲しみによるお別れの涙だと、どうして父である私が気付なかったのか。
——私は、私が許せない。
○○○
ギリギリ、と首を縄で絞める音がする。
「うっ、あ……!」
お父さん、僕が必ず娘さんを幸せにします。
そう言った好青年風の男の首を絞めた。
あぁ? アンタの娘? もうちょっと働いてくれるかと思ったんだけどなぁ。十数人にマワしただけでプッツンして死ぬとか、しょーじき、肩透かしもいいとこッスわ。
下卑た笑みを浮かべた顔の男は、もうこの世に居ない。
私が、この手で殺したからだ。
お父さん、母さんが死んだ後も男手一つで私を育ててくれてありがとう。私、幸せになるからね。“大丈夫だから、ね”
娘が言った。その言葉、何故、私は気付なかった。
許せない、許せない、許せない……!
あの男の父親は、私の上司だった。
あの男は、娘にこう言っていたそうだ。
“俺と結婚しないと、父親に掛け合って、お前の父親をリストラさせるけど……どうする?”と。
娘は、とても良い子だった。
だからこそ、その優しさを利用した男も、気付なかった私自身も許せない。
娘の血が濃く香る、娘の新居に油を巻いた。
——全てを、終わらせる。
それが唯一私に出来る事だから。
○○○
『臨時ニュースが入りました。家屋が一軒、全焼したとのこと。消防からは、中から二名の男性と思われる遺体が発見され……』
おわり
『何気ないふり』
何気ないふりを続けて、はや三日。
……正直、限界を迎えそうだ。
「おはよう、今日も良い天気ね」
「……おはよう母さん。う、うん。ソウダネ」
なんで母さんを含む身近な人が人外化してんの??
○○○
予兆は何もなかった。
怪しい魔導書を開くとか、隕石が降ってくるとか、高いところから落ちて頭を打つとか、そんな事は一切無かった。
——気づいたら、周囲の人間達が人外になっていた。
「へぇ。それでなんかまいった顔してんの?」
「そりゃあそうでしょ。いきなり人間から魔族みたいな角とか動物みたいな尻尾とか、恐竜みたいな翼とか生えてたら、何事かと思うじゃん」
「それでも何も反応しなかった訳?」
「そりゃあ仕方なくない? だってみんな当たり前ですが何か? みたいな顔してるんだよ? 僕の頭が可笑しくなったのかなって思うじゃん」
「あはは~」
「笑い事じゃないんだってー!」
教室の放課後。
一つの机を挟んだ反対側に椅子に行儀悪く腰掛けた人物。
バンダナで頭と顔を隠している幼馴染がニヤッと笑う。
コイツ、ファンタジーに出てくるシーフみたいなんだよな。
「俺さぁ、一つだけ、心当たりあるんだよねぇ~」
「えっ、なになに!?」
思わぬ進展を期待して身を乗り出す。
幼馴染はそんな僕の顔を押しのけると、バンダナに手を掛けた。
「俺のバンダナの下、見たことある?」
「ない。だって、いつも付けてんじゃん。水泳のときも」
「だよね~」
筋金入りのバンダナマニアなのだ、と思っていたけど……違うの?
幼馴染が、するりとバンダナを解く。
そして僕は、大きく目を見開いた。
大っきな三毛猫柄の猫耳と、猫目石のような瞳。
「……ね、こ?」
「あのさぁ。周りが人外になったんじゃ無くてさぁ、人外だった周りの誤魔化しが“効かなくなった”だけなんじゃねって」
「……え、まって。それ、どういう……?」
「だってここ、魔族の街じゃんね?」
「え」
おわり
『ハッピーエンド』
これが最良のハッピーエンド。
最高では、ない。最良のハッピーエンド。
○○○
日本は災害の多い国だ。
そんな当たり前の事は知っていたが、まさか自分の身に降りかかるとは思いもしなかった。
大きな地震が起きて、地下に閉じ込められた。
パッと計算したところ、生き残るには——一人分だけ、数が足りなかった。
争いが起こる直前、それは起こった。
「やめてよ。ボク、いらないから」
小さな男の子だった。
母親とはぐれたのだろう。
どこか汚れた衣服を纏い、あちこちに傷を作っていた。
そんな状態でもニコニコして、他者を気遣う余裕のある子だった。
……そう、“だった”。
「ボクにやさしくしてくれて、ありがとう」
階段の一番上から、小さな体躯が舞っていた。
刹那、ガン!って米俵のように重いものが落ちる音がする。
……恐る恐る振り返った先、そこに“ソレ”はあった。
男の子の死体だ。
即死だった。頭部から真っ赤な液体が流れ出ていた。
一瞬でみんなの血の気が引き、争いの気が無くなる。
当然だ、もうその必要は無いのだから。
○○○
これは最良のハッピーエンド。
最高では、ない。最良のハッピーエンド。
胸くそ悪い、最良のハッピーエンドだった。
おわり
『見つめられると』
見つめられると駄目だと、なぜ教えてくれなかったのか。
いや、知らなかったのだろう、おそらく。
八尺様に遭遇したとき、ただ見つめるだけで無力化出来るなんて、いったい誰が想像出来ただろう。
今、俺の目の前には赤面する八尺様が顔を隠して蹲っており、俺はただジッと見つめ続けていた。
○○○
「肝試ししねぇ?」
「しない」
「そんな事言わずにさぁ、お前の分も予約取っちゃったんだってぇ!!」
「…………は?」
高校生、最後の夏休み。
チャラい幼馴染に連れられて、俺は何処ぞの田舎で行われる八尺様体験ツアーに参加させられる事になった。
いや、大学受験の勉強しろよ。たとえお互いにA判定でもさ、しろよ。生まれ持った学力の公平さを保つために、頭良いヤツは遊ぶべき、とか意味わからんだろ。
……だから、こんな酷い目に合うんだ。はぁ。
田舎の八尺様体験ツアーで、八尺様は本当に出た。
チャラい幼馴染は目が合った瞬間、気絶した。おい。
とんでもなく、どうしょうもない愚かな幼馴染だとしても、見捨てて逃げるわけにも行かず、俺は幼馴染と八尺様の間に入って確固たる意思を持って睨みつけた。
「…………ぽ////」
「は?」
くにゃり、と八尺様が体をくねらせる。
顔を真っ赤に染めた彼女は、両手で顔を隠すと、波に揺れるワカメのように、くにゃりくねりと長い体躯を揺らした。
俺は、これはなんなのだろうなぁ、と思いつつ見つめ続けた。
しまいには、崩れ落ちて、蹲ってしまう八尺様。
後ろには気絶した幼馴染。仁王立ちする俺。
……これ、何もしてない俺が悪役みたいじゃないか?
「あー、あの。少し、話をしないか?」
そう声をかけた時だった。
ピャ!っとなった、八尺様が、ビックリした猫のようになって、迅速に逃げ出していく。
あっ、という暇も無かった。遅れて伸ばした手だけが宙を掴む。
「な、なんだったんだ、いったい……?」
少なくとも、幼馴染と俺の命は助かったらしい。
気絶しつつ、むにゃむにゃと幸せそうな幼馴染の姿に呆れて、大きなため息を一つ吐いた。
翌朝。
きっと昨日の出来事は夢だったのだろう、と思い込んだそのとき。
枕元に、一通の手紙を見つけた。
ちょっと、横長の手紙は、何故か昨日の八尺様のことを思い起こさせ、俺は自然と手に取り、中身を読む。
……めちゃくちゃ古語っぽくて、読みにくかったが、読めそうな漢字を拾って意味を推測した。
——これ、八尺様からの手紙だ。
『まずは、文通からはじめましょう』
どうやら、俺は八尺様と文通することになったらしい。
いったい何故こうなった……?
おわり
『ないものねだり』
ないものねだりをしている。
そんなことは、わかっている。
それでも、欲しいものがある。
——でっかいFカップの胸だ。
貧乳の私は自分のまな板を見下ろしながら、深いため息をついた。
おわり