『この場所で』
この場所で私は死ぬ。
誰に看取られることもなく。
……きっと、それは幸せなことなのだ。
○○○
一匹の猫が人目につかない場所で死んでいた。
首輪に乗っていた住所に連絡すると、たいそう家族は泣いていた。
何度も何度も名前を呼び、死んで冷たくなった体をさすって温めようとしていた。
猫は死期を悟ると身を隠すと言うが、それは愛する家族を泣かせないためだというなら、この猫はたいそう愛されていたのだろう。
おわり
『スマイル』
スマイル・スマイル・スマーーイル!!
笑顔でみんな死ね。
○○○
笑うとはどういうことだろう。
きっと良い事だ。
だって、笑ってたら、みんな笑う。
笑わないより、笑ってた方がずっといい。
……だから笑わせてあげたの。
「こっ、殺さないで! 殺さないでくれぇ!!」
「スマイル、プリーズ?」
笑わなかった、笑わなかった、笑わなかった。
だから殺した。
死体に按摩を施して、肉体を緩和させ、笑ってるようにする。
ほら、簡単。
生きてても笑わないなら、死んでから笑えばいい。
「そ~思わない?」
「……アンタの頭の異常さには寒気がします」
「スマイル、プリーズ?」
「迅速な仕事の完了ありがとうございます。つきましては、次の依頼を引き受けて下さるともっと笑顔になれるのですが?」
「……おっけー!」
「ありがとうございます」
黒服の男が笑顔でお辞儀をして去っていく。
冬の路地裏には、ピエロ姿の私が独りぼっちだ。
寒い。
殺人鬼・キラーピエロ。
通りではそう言われている。
……私はただ、みんなを笑顔にしているだけなのに。
きっと笑顔が足りないんだ。
もっともっとも~っと、たくさんの人を笑顔にしたら、みんなの評価も変わるよね!
「スマイル、プリーズ?」
わたしはあなたに言っているんだよ?
……ほら、画面越しに見てるでしょ?
おわり
『溢れる気持ち』
洪水のように溢れる気持ちが、止められなかった。
我慢して我慢して我慢してダムのように決壊したソレは、瞬く間に全てを奪っていった。
○○○
世の中には、良い事と悪いことがある。
良い事はしてもいいけど、悪いことはしたらいけない。
悪口を言うのは良くないこと。人を嫌うのは良くないこと。
仲良くするのはいいこと。喧嘩するのは悪いこと。
……だからずっと、我慢してきた。
僕はどうにも凡庸で、やることなすこと在り来りだ。
特に長所もなければ、短所もない。
至って平均点が取れるような、そんな凡庸さ。
隣の幼馴染は、顔が良くて、性格が良くて、勉強も運動も出来て、色んな人から人気だ。
幼馴染であった僕らは、よく比べられた。
そのたびに彼は言う。
「俺ら、友達じゃん。そんなの関係ないよ」
僕が、一番そう思いたかった。
…………思えなかった。
募って募って、限界まできていた僕はやらかした。
幼馴染の結婚式。
僕は親友としてスピーチを任された。
偽るべきだった。根も葉もない嘘八百を並び立てるべきだった。この世に存在しない親友とやらの役を演じ切るべきだった。出来なかった、そんなこと。
全てを吐露した。
人生にたった1度しかない晴れ舞台をぶち壊した。
僕は全てを失った。
友人、知人から縁を切られ、両親からも絶縁された。
「お前がそんなヤツとは思わなかった。言ってくれれば良かったのに、俺ら親友だろ?」
——僕は親友だと思ったことは、一度も無かったんだよ。
全てを失った筈なのに、どこか清々しい気分だった。
なんとなく空を見上げる。
「あぁ、空ってこんなに青かったんだ」
思わず涙が溢れてきて、僕はボロボロと子供のように泣いた。
やっと、生きてるって気がした。
おわり
『Kiss』
柔らかな頬に口付けを落とした。
——瞬間、頬は氷に包まれた。
「ごめんなさい、こんな方法しかとれなくて」
○○○
わたしは雪女だ。
そして、人間の男の恋人が居る。
もうすぐ結婚する予定だったが、おそらく無理だろう。
「おめぇのとこの女、ありゃあ化物に違げぇねぇぜ」
「そんな事、言わないでくれるか? 僕の大事な人なんだ」
「坊ちゃん、悪いことは言わねぇ。止めておきなせぇ」
「彼女は何もしてないじゃないか。子供を救っただけだ」
「熊を一匹、氷漬けにして……でしょう? 恐ろしや」
村の子供が熊に襲われそうになっていた。
だから咄嗟に、吹雪で氷漬けにしてしまった。
そして、わたしはそれを見られてしまったのだ。
もう、無理だ。無理なのだ。
やっぱり、人間と妖の恋は実らない。
「はぁ……駄目だなぁ、こりゃ。……一緒に殺すしかねぇべ」
「だなぁ。村に一人の医者だったが、しゃあねぇべや」
クワを掲げられ、殺されそうになっている彼の前に出る。
熊を氷漬けにしたように、吹雪で二人の村人を凍らす。
「……君は、今のを聞いていたんだね。ごめん」
「いいえ。これは仕方がないことだったのよ」
「なぁ、逃げよう。二人ならきっと」
「いいえ。……ごめんなさいね」
二人で逃げられたらどんなに良いだろう。だが、無理だ。
彼は身体が弱いのだ。逃避行になんて堪えられない。
だから、わたしは彼の柔らかな頬に口付けを落とした。
瞬間、彼が氷漬けになる。
しかし、吹雪と違うのは、彼の氷は溶けること。
溶けたときには、彼は生きているだろう。
——これは足止めの氷だから。
「さよなら」
わたしはその場から去った。
流れ落ちる涙が、氷の粒となり、キラキラと輝いていた。
おわり
『1000年先も』
1000年先もずっと君と居たい。
そう思っていた筈なのに……。
そんな思いは露と消えた。
「ごめんなさいね」
「……なんといえばいいか、わからない」
彼女はとても綺麗な笑顔で言った。
「あなたの子が出来たの。私だけでなく、この子も愛してくださるわよね?」
……僕は君だけで良いと思っていた。
だけど、うん。
1000年先もずっと君たちと居たい。
僕はそう思った。思えた。
——たとえ、彼らが100年しか生きない人間で。
——僕が、あと1000年生きるエルフだったとしても。
おわり