『愛する、それ故に』
愛とは難しいものだ。
僕は亡骸を前に一つ溜息をついた。
愛している、と言われた。
僕は、愛していないと、言った。
それでも良いと言ったのは彼女だった。
僕は、僕なんて止めた方がいい、そう言った。
愛している、と言われた。
僕は、彼女を愛しかけていた。
――だから、別れようと言った、言ったんだ、僕は。
別れない、と彼女は言った。
愛しているから、と彼女は言った。
だから、僕は……。
「ただ、ずっと一緒に居たかっただけなんです、分かるでしょう? これは愛なんですよ、愛」
目の前の刑事はあからさまに溜息をついた。
「だからって、人間を殺して椅子にして良いわけないでしょ……アンタ、狂ってるよ」
「だとしたら、狂ってるのは世界の方だ」
目の前の刑事は呆れたように無言で首を振った。
……だって愛しているんだ。しまったんだ。心の底から。
だから、愛する、それ故に……。
君の亡骸は、驚いたように目を見開いた顔をしていた。
「……愛してるって、言ったじゃないか。嘘つき」
おわり
『静寂の中心で』
――彼は静寂の中心で何を思ったのだろうか。
秋、というのは、どこか物悲しい。
青々とした葉っぱが、色を失い光を失い、カサカサになってハラリと落ちていく。
全体的に緑から茶に変わり、枯れていく世界は、まるで世界の終わりを連想させてしまう。
だから、だろうか。
彼がたった一人で、森の中に立っていた。
酷く静かなその場所は、虫の鳴き声すらなく、まるで世界という一本の木が本当に枯れ落ちてしまったかのような孤独だった。
思わず手を伸ばしかけ、ふと気づいて手を引いた。
……かける言葉が、見つからなかったからだ。
去年の秋、彼はここで最愛である妹を喪った。
どこにでもある事故だった、どうしようもない事だった。
結局、親友である自分は何も言えず、ただただずっとその場で彼は見続けていた。
おわり
『燃える葉』
ゆらゆらと、炎が笑っている。
辺りには暗闇が立ち込め、ざわざわと森の木々が音を立てて自分を嘲笑していた。
手に持っていたのは湿気たマッチ一箱と、ナイフ一本だけ。
身の着は、追手から逃げる最中に森の木々に擦り、浮浪者のようなボロボロ具合だ。
まさか、叔父だけでなく、父の頃から仕えていた家臣たちも裏切るとは……。
もう、何も信じられない。
辺りをぼんやりと照らす焚き火すら、鬱陶しいと膝を抱え混んで顔を埋めた。
いつまでそうして居ただろうか。
がさり、と音がする。
思わずビクリと体を跳ねさせて、そちらを見る。
追手、か?
だが、そこに居たのは華奢で細身の少女だった。
「お、お前……なんだ?」
ボサボサの髪の毛に、ずいぶん汚れた服。
そんな見た目を恥じる様子もなく、快活に少女は口を開いた。
「おまえこそなんだ! ここは、あたちのじんちだぞっっ!」
思わず目を見開く。
そして気づいて、少女の髪の下に隠された美しい瞳に。
真っ赤なルビーの宝石のような瞳は、映った炎の揺らめきが反射して、それはたいそう美しい芸術品だった。
ぱちり、と。焚き火から木の枝が燃える音がする。
同時に、しなやかな風が吹いたのか、火の粉が舞った。
一枚の燃える葉が風にゆらりと乗せられて旅立っていく。
ああ、自分もその旅に連れて行って欲しい。
ごくりと、息をのむと、自分は目の前の少女に向けて口を開いた。
「私は……」
これが、のちに英雄と呼ばれる少女と、英雄の相棒と呼ばれた自分とこ出会いだった。
おわり
『moonlight』
月光が降り注ぐ中、たった一人、僕は立っていた。
静かな闇の夜空が僕を見守る。
僕は逃げてきた。
色んな事から逃げて逃げて逃げて、ようやく立ち止まった場所で僕は気がついた。
この世界は、不条理で構成されているのだと。
――夜空に浮かぶ三日月が、ニタリと笑っていた。
おわり
『今日だけ許して』
ごめん、何にも思いつかなった。
現在時刻、締め切り五分前。