『誰か』
誰か、
誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か……僕を見つけてくれ。
売れないミュージシャンとは、使い古された雑巾のようなものだ。
一時期はチヤホヤされて得た人気も、カラカラに干上がって腫れ物を扱うように、隅に置き去りにされる。
アレだけ『一生ファンで居ます!』と言ってくれてた無数のファンも達の姿も、俺には努力なんて無くてもファンが吐いて捨てる程やってくるほどの才能がある……なんて自信は、既に影も形もなくなっていた。
残ったのは、カラカラに乾いて干上がった汚い雑巾みたいなプライドだけだ。
ゴミのようなそれを捨て切れずに、心を入れ替えられない惨めさとは、そりゃあ周囲から嘲笑されて終わりだろうよ。
突き刺さるスタッフの目に耐えかねて外の空気を吸いに外へ出る。
やけに青々とした雲一つない空が、当てつけのように思えて虫唾が走る。
癖である、昔作ったライブ記念グッズのピアスが付いた耳を弄って、どうにか気持ちを宥めていると、恐る恐るといった感じで声がかかった。
「あ、あの……」
「…………なに?」
僕が鬱々とした気持ちを押し殺して、どうにかぶっきらぼうに言葉を絞り出すと、そこには見たことのない若々しい地味な女性の姿があった。
「そのピアス、あのアーティストのヤツですよね。そのアーティストさん、好きなのかなって」
「…………なんで、そんなこと、聞くの。アンタに関係ないでしょ」
「あ、あの! 私、そのアーティストさんのファンで!……でも、私友達が居ないから、アーティストさんの事話す友達が欲しくて……その、あなたがアーティストさんの事好きなら、友達になってほしいなって思って……」
言っている内に恥ずかしくなったのか徐々に俯く彼女と正反対に、僕の顔あがり、気分がふつふつと沸騰する湯のように熱くなっていくのを感じた。
「見つけた」
「…………え?」
俺の『誰か』は、ここに居た。
おわり
『遠い足音』
遠い足音が響く。
少しずつ小さくなっていく音に安堵のため息を吐いた、そのとき。
ダンッ!!!
遠ざかった筈の死の足音が、己の真後ろから響く。
刹那、己の視界が暗転し、二度と意識が浮上することは、なかった。
『旅は続く』
僕らの旅は、一人になることで終焉を迎える。
誰もが望まない正答が、僕らの旅だった。
真っ白な雪が降り積もる中、二人で倒れ込む。
厚い灰色に覆われた空を、酷く荒れた息をつきながら、片手に握りしめる固い紫水晶を強く握りしめる。
「僕ら、試練に勝ったんだね」
「ああ、俺らがやってやったさ」
どちらともなく手を繋いだ。
酷く熱い。まるで焼かれた鉛を直接握ったかのように。
雪の寒さが体に染み入る中、唯一そこだけに熱を感じる。
まるで、真っ暗な室内に蝋燭の火が灯ったように。
「ここで、おわりだね」
「ああ、そしてはじまりだ」
紫水晶が光始める。
彼の海のような深い青と目が合った。
あぁ、もうこの色が視られなくなることが、こんなにも苦しい。
「お前の真っ白な髪が無くなるのは本当に惜しいな」
「それを言うなら僕だって、君の青い目をずっとみていたかったよ」
二人で微笑む。
つーっと、目尻から涙がこぼれた。
紫水晶から光があふれ出し、光が収まったとき。
――そこには一人の人間しか居なかった。
真っ黒な髪の赤い瞳の少年だけが、そこに居た。
黒髪で青い瞳の少年も、
白髪で赤い瞳の少年も、
どこにも存在しなかった。
『二人が一人になる魔法石』
これが、僕らが考えた“ずっと一緒に居る”方法だ。
ゆっくりと起き上がり、体の具合を確かめる。
事前に相談していたとおり、二人の丁度中間のような体に、満足する。
先を見据えた。
真っ白の雪の中、先は見えないが、じっと目を凝らす。
そして、たしかに、一歩を踏みしめて、歩き出した。
……僕らの旅はここで終わった。
だから、
「――約束通り、“私”の旅を始めよう」
あとには、砕けた破片の紫水晶のみが、真っ白な雪原に遺されていた。
おわり
『モノクロ』
それは彼女からの突飛な一言だった。
「パンダが食べたいんだけど、どうすればいいと思う?」
思わず、呆気に取られる僕。
「えーーっと、まずパンダを食べないでほしいんだけど。なんで、食べたいの??」
「パンダだってシロとクロの色でしょ? シロクロってモノクロみたいなものじゃない? だから、パンダを食べたらモノクロの視界になると思って……」
……ふむふむ。
駄目だ、全く意味が分からない。
「えーーっと、なんで、視界をモノクロにしたいのかな??」
「あのね、あのね……私ね、昔は、ずっとずっと世界はモノクロだったんだよ」
「え、そうなんだ、それで??」
「あなたとね、付き合ってから世界が色づき過ぎて、眩しくて目が開けられないから、視界をモノクロにしたいの」
……だって、大好きなあなたの顔が眩しくてよく見えないから。
そう言って彼女の言葉に僕は思わず、熱くなる顔を両手で覆って叫んだ。
「パンダ食いたいのは、僕の方だよーーー!!」
『永遠なんて、ないけれど』
散らない桜は美しいか――。
人々が永遠の命を手にして、もう数百年は過ぎた。
代わり映えのしない人、ずっと続く仕事、人口調整のために制限された滅多に見ない子供、子供の代わりに迎えられるも次々と死んでいくペット達。
最初の百年は良かった。
みんながみんな、喜んだ。
既に老いてしまった者はともかくとして、若い人々は健康でいられる事に、美しくあることに、とても喜んだ。
しかし、永遠の命というものは、数百年で只の呪いになった。
「だから、僕は今……お前の目の前に立っている訳だ」
ボサボサの髪に、カサカサの唇。目の下に濃い隈を作り出すその顔は、到底幸せには見えない。
よれて薄汚れたシャツと違い、真っ白な新品野ような白衣だけが、どうにも不気味に思えた。
僕が睨みつけると、彼は爛々とした目をしながら、ニタリと僕に笑いかける。
「久々に会ったんだ、そんな顔しないでくれよ」
彼は、久々に永遠の命をもたらした天才科学者は、そう言った。
毒でも染み込んだような甘ったるい声だった。
「人々を永遠の命の呪いから――解放しろ。お前にはそれが出来る筈だ」
「いいよ」
呆気無かった。
肩透かしを食らった僕は訝しげに彼を凝視する。
「そんな顔でみないでおくれよ。どうにも君にそんな顔をされるのは、堪える。たった一人の親友なんだから、ね」
そう言って彼は肩をすくめて、僕の方を見る。
ほんの少しだけ、泣きそうなのを堪えるように声が震える事に気づいた。
なんだか、弱いものいじめをしている気になって、僕は彼を睨むのをやめた。
「なんでこんな事を、したんだ」
……人々が不幸なるなんて、君には分かりきっていただろう、と告げると。
「君に会いたかったから」
……こうしたら、きっと正義心の強い君が止めに会いに来てくれると思ってから。
「そのために、世界一つ。犠牲にしたのか?」
「僕にとっては……世界一つより、たった一人の親友の方が大事だったのさ」
馬鹿げている。
「散らない桜は美しいか――」
変わらない関係は、ただの日常の平行線でしかない。そう問うた。
「散った桜にはもう二度と出会えないんだよ、次に桜が咲いてもそれは別の桜だ」
変わることを恐れた男の泣き言だと僕は思った。
「馬鹿め。次に咲く桜がもっと美しいとは思わなかったのか」
今回はたった一人の親友だった。だが、つぎは大親友になれるかもしれない。もっと仲良くなれる可能性が、未来には、変化にはある。
そう言うと、男は目を大きく見開く。
「それは、思いもしなかったな……」
「また、必ずお前に会いに行くよ」
僕は透ける身体で。
もう死んでしまった幽霊の身体で、彼に手を振った。
どんどん色を失って空気に溶けるように消える体に、彼が涙を流しながら、こちらに触れようと伸ばした手が空を切るのを見た。
「永遠なんて、ないけれど。また出会える奇跡を、僕は信じる」
桜の木の下に死体を埋めたら、その人が桜の精となって数百年後に出会えるらしい。
そんな僕の冗談をバカ真面目に真に受けたお前に、会いに来るよ。
言葉と共に、僕は溶けた。
また、会える日を願って。