『今日だけ許して』
ごめん、何にも思いつかなった。
現在時刻、締め切り五分前。
『誰か』
誰か、
誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か……僕を見つけてくれ。
売れないミュージシャンとは、使い古された雑巾のようなものだ。
一時期はチヤホヤされて得た人気も、カラカラに干上がって腫れ物を扱うように、隅に置き去りにされる。
アレだけ『一生ファンで居ます!』と言ってくれてた無数のファンも達の姿も、俺には努力なんて無くてもファンが吐いて捨てる程やってくるほどの才能がある……なんて自信は、既に影も形もなくなっていた。
残ったのは、カラカラに乾いて干上がった汚い雑巾みたいなプライドだけだ。
ゴミのようなそれを捨て切れずに、心を入れ替えられない惨めさとは、そりゃあ周囲から嘲笑されて終わりだろうよ。
突き刺さるスタッフの目に耐えかねて外の空気を吸いに外へ出る。
やけに青々とした雲一つない空が、当てつけのように思えて虫唾が走る。
癖である、昔作ったライブ記念グッズのピアスが付いた耳を弄って、どうにか気持ちを宥めていると、恐る恐るといった感じで声がかかった。
「あ、あの……」
「…………なに?」
僕が鬱々とした気持ちを押し殺して、どうにかぶっきらぼうに言葉を絞り出すと、そこには見たことのない若々しい地味な女性の姿があった。
「そのピアス、あのアーティストのヤツですよね。そのアーティストさん、好きなのかなって」
「…………なんで、そんなこと、聞くの。アンタに関係ないでしょ」
「あ、あの! 私、そのアーティストさんのファンで!……でも、私友達が居ないから、アーティストさんの事話す友達が欲しくて……その、あなたがアーティストさんの事好きなら、友達になってほしいなって思って……」
言っている内に恥ずかしくなったのか徐々に俯く彼女と正反対に、僕の顔あがり、気分がふつふつと沸騰する湯のように熱くなっていくのを感じた。
「見つけた」
「…………え?」
俺の『誰か』は、ここに居た。
おわり
『遠い足音』
遠い足音が響く。
少しずつ小さくなっていく音に安堵のため息を吐いた、そのとき。
ダンッ!!!
遠ざかった筈の死の足音が、己の真後ろから響く。
刹那、己の視界が暗転し、二度と意識が浮上することは、なかった。
『旅は続く』
僕らの旅は、一人になることで終焉を迎える。
誰もが望まない正答が、僕らの旅だった。
真っ白な雪が降り積もる中、二人で倒れ込む。
厚い灰色に覆われた空を、酷く荒れた息をつきながら、片手に握りしめる固い紫水晶を強く握りしめる。
「僕ら、試練に勝ったんだね」
「ああ、俺らがやってやったさ」
どちらともなく手を繋いだ。
酷く熱い。まるで焼かれた鉛を直接握ったかのように。
雪の寒さが体に染み入る中、唯一そこだけに熱を感じる。
まるで、真っ暗な室内に蝋燭の火が灯ったように。
「ここで、おわりだね」
「ああ、そしてはじまりだ」
紫水晶が光始める。
彼の海のような深い青と目が合った。
あぁ、もうこの色が視られなくなることが、こんなにも苦しい。
「お前の真っ白な髪が無くなるのは本当に惜しいな」
「それを言うなら僕だって、君の青い目をずっとみていたかったよ」
二人で微笑む。
つーっと、目尻から涙がこぼれた。
紫水晶から光があふれ出し、光が収まったとき。
――そこには一人の人間しか居なかった。
真っ黒な髪の赤い瞳の少年だけが、そこに居た。
黒髪で青い瞳の少年も、
白髪で赤い瞳の少年も、
どこにも存在しなかった。
『二人が一人になる魔法石』
これが、僕らが考えた“ずっと一緒に居る”方法だ。
ゆっくりと起き上がり、体の具合を確かめる。
事前に相談していたとおり、二人の丁度中間のような体に、満足する。
先を見据えた。
真っ白の雪の中、先は見えないが、じっと目を凝らす。
そして、たしかに、一歩を踏みしめて、歩き出した。
……僕らの旅はここで終わった。
だから、
「――約束通り、“私”の旅を始めよう」
あとには、砕けた破片の紫水晶のみが、真っ白な雪原に遺されていた。
おわり
『モノクロ』
それは彼女からの突飛な一言だった。
「パンダが食べたいんだけど、どうすればいいと思う?」
思わず、呆気に取られる僕。
「えーーっと、まずパンダを食べないでほしいんだけど。なんで、食べたいの??」
「パンダだってシロとクロの色でしょ? シロクロってモノクロみたいなものじゃない? だから、パンダを食べたらモノクロの視界になると思って……」
……ふむふむ。
駄目だ、全く意味が分からない。
「えーーっと、なんで、視界をモノクロにしたいのかな??」
「あのね、あのね……私ね、昔は、ずっとずっと世界はモノクロだったんだよ」
「え、そうなんだ、それで??」
「あなたとね、付き合ってから世界が色づき過ぎて、眩しくて目が開けられないから、視界をモノクロにしたいの」
……だって、大好きなあなたの顔が眩しくてよく見えないから。
そう言って彼女の言葉に僕は思わず、熱くなる顔を両手で覆って叫んだ。
「パンダ食いたいのは、僕の方だよーーー!!」