君が見た景色
小さな頃から、
ずっと一緒に居た、
俺と君。
握り締めた小さな掌。
俺を見上げる、綺麗な瞳。
ずっと、ずっと、
護りたいと思ってた。
優しい黄色の菜の花と、
桃色の春の風。
入道雲と夏の空の色、
白と蒼のコントラスト。
赤や黄色に染まる、
山や木々の切なさ。
物悲しい枯れ木に咲く、
冷たい白い雪化粧。
君と俺は、
幾つもの季節を繰り返した。
お互い、少しずつ、
大人になっていったのに、
俺はそれを認めたくなかったんだ。
俺が君との想い出の中に、
立ち止まっている間に、
君は、外の世界へと、
飛び出していった。
気が付けば。
君と隣には、
俺の知らない男が居て、
君は幸せそうに笑っていた。
ねぇ。
俺が過去の夢の中にいた間に、
君が見た景色は、
どんな色をしていたの?
それを君に聞くことは、
出来ないのかな?
だって、俺は、
大人になった君の隣には、
立てなかったんだから。
言葉にならないもの
真夏の記憶
夏が来る度に、思い出す。
眩しい程に青い空と、
綿菓子の様な白い雲を、
憎々しく見上げた、
幼い日の記憶。
無遠慮に照り付ける太陽。
止め処なく流れる汗は、
何も持たないオレから、
容赦無く、体力を奪っていく。
華やかな街の裏にある、
吹き溜まりの様な、
街の片隅の荒屋が作る、
僅かな日陰に、身を沈める。
食べ物も、飲み水も、
身を隠す場所さえなく、
涼風の吹く、夜の訪れを、
ひたすら待ち続ける、
真夏の記憶。
太陽の照り付ける夏が、
キラキラした季節だと云うのは、
一部の恵まれた人間だけで、
そんな人間の踏み台になる、
多くの持たざる者は、
夏の暑さに苦しめられるだけ。
真夏の記憶。
乾きと飢えと痛みの、
苦しみの記憶。
そして、今年も、
傍若無人な夏がやってくる。
こぼれたアイスクリーム
夏の昼下がり。
一人きりで過ごす夏の、
寂しさを誤魔化すように、
アイスクリームを愉しむ。
欠けた心を忘れたくて、
アイスクリームの冷たさに、
酔った振りをする。
夏の陽射しに負けて、
溶けていくアイスクリーム。
透明に輝く硝子の器から、
こぼれたアイスクリームを、
指で掬い取る。
甘くて、冷たくて、
でも、少しだけ温くて。
柔らかく指に纏わりつく、
溶けかけのアイスクリーム。
甘い香りが、鼻腔を擽り、
私を誘惑する。
こぼれたアイスクリーム。
今でも忘れられない元恋人。
私の手から溢れ落ちた、
甘くて柔らかな、時間。
戻らない、過去。
そっと、指を舐める。
まるで、甘い想い出に、
口付けるように。
だけど。
ベタベタに甘い筈の、
蕩けたアイスクリームは、
何故か、ほんのり苦くて。
明日も、きっと。
暑い日になるだろう。
窓の外の青い空を見詰め、
まだ疼き続ける、
心の傷の痛みを誤魔化すように、
無理矢理、微笑んでみせる。
やさしさなんて
私は冷たい社会から、
傷付けられ、弾き出され
街の片隅の影の中で、
傷だらけの身体を隠して、
生きていました。
でも、貴方は、
こんな私に、
救いの手を差し伸べてくれました。
私には、いつもやさしくて。
傷だらけの私を、
醜い世の中から、
やさしく護ってくれました。
貴方のやさしさは、
とても温かくて。
居心地が良くて。
私は生まれて初めて、
幸せを感じました。
ですが。
気が付けば、私は、
貴方にとって、
特別な存在になりたいと、
願うように、なっていました。
貴方に恋い焦がれた、
私にとって、
博愛だけの、
やさしさなんて、
却って残酷なだけ。
だって、
私が欲しかったのは、
貴方の心に生まれる、
剥き出しの欲望、
なのですから。
だから、私は、
貴方の胸に、
銀色に輝く刃を、
突き立てました。
貴方から、
止め処なく流れだす、
生命の赤。
私の手も貴方の身体も、
朱に染まります。
貴方は、震える手で、
私をそっと抱き締め、
やさしく微笑んでくれました。
そう。
貴方は最期まで、
私に、やさしさをくれたのです。
崩れ落ちた貴方。
私は血に塗れた手で、
自らの胸に、刃を突き立て、
貴方の隣に斃れます。
私は…。
私が欲しかったのは…。
…貴方だったのに。