またね
貴方は突然、
生命を奪われた。
残酷な世間は、
善良な人間から、
様々な物を奪う。
俺達の身体には、
消えない傷跡が、
幾つも残り、
俺達の心には、
治らない傷が、
血を流し続けていた。
それでも。
傷だらけの俺に、
貴方は笑い掛けてくれた。
だけど。
余りに醜い世の中は、
貴方から生命までも、
奪い取ったんだ。
貴方が言った、
『またね』の言葉。
よくある、何気ない、
いつもの挨拶だったのに。
叶わなかった、約束。
二度と戻らない日常。
『またね』
『また明日』
泡になりたい
ただいま、夏。
残酷な世の中で、
人に裏切られ、傷付けられ、
与えられず、奪い取られ、
逃げるように、
夜の闇の中で生きてきて。
明るい場所は苦手だった。
隠してるボクの傷跡を、
白日の下に晒すから。
作った笑顔で、
傷だらけの心を隠して。
長袖の服で、
傷だらけの身体を隠して。
その他大勢になろうと、
自分の気持ちを押し殺す。
生きるだけで精一杯の、
忙し過ぎる日々の中で。
心も、身体もすり減らし、
休む余裕さえない、
そんな日々。
夏の傍若無人な太陽は、
酷く早起きで、
ボクの大切な夜の時間さえ、
奪い取っていく。
小鳥さえ寝ぼけ眼の時刻から、
青を纏うようになった空に、
悲しい程、真っ白な、
大きな綿菓子のような、
可愛らしい雲が浮かぶ。
早朝。多くの人間は、
まだ夢の中の住人で、
嫌われ者のボクも、
今だけは、
息を潜めずにいられる。
空を仰ぎ、
大きく深呼吸する。
鮮やか過ぎる青と白に向けて、
騒ぎ出した蝉と一緒に、
挨拶をする。
ただいま、夏。
ぬるい炭酸と無口な君
かつて。
私の隣には、
ある人が居た。
私が心を赦した、
大切なひと。愛しい君。
普段は、物静かで、
無口な君だけど、
酒に酔うと、
少しだけ饒舌になる。
君の心の声が聞きたくて、
夜毎勧める盃。
君は遠慮がちに、
ゆっくりと口に運ぶ。
泡立つスパークリングワイン。
部屋の温度につられて、
ぬるくなる炭酸。
止まらない気泡。
そして、
君の口から溢れるのは、
微細な泡の様な、
優しくも秘められた、
心の言葉。
でも、今はもう、
私の前に、君は居ない。
君を想い、
過去を悔やみながら、
重ねるグラス。
ぬるくなる隙さえもない、
スパークリングワインの炭酸が、
私の口内を無遠慮に刺激する。
ぬるい炭酸と無口な君。
戻らない愛おしい時間。
波にさらわれた手紙
未だ、紫を纏う空。
夜の明け切らない浜辺を、
一人歩く。
日が昇れば、
人々の笑い声が響く、
この砂浜も、海も、
今は、波の音が主役だ。
小鳥たちも寝ぼけ眼の、
こんな時刻。
きっと、君は、
未だ夢の中の住人だろう。
誰も居ない海に、
俺はいつも君に隠してる想いを、
そっと投げ込む。
だって。
どんなに君に憧れていても、
恋い焦がれていても、
君にとって俺は、
親友でしかないから。
砂浜に指で書く、
君への想い。
ずっと言えない、
愛してる、の一言。
涙で滲む俺の告白を、
波がそっと消し去っていく。
波にさらわれた手紙は、
君には永遠に届かない。
明るさが増す空に、
俺は小さな溜息を吐く。
今日もきっと、
君と親友でいられる。
遠い水平線に目を向ける。
頬を撫でる潮風が、
いつもより少しだけ、
優しい気がした。