波音に耳を澄ませて
君が私の元を去って。
季節は何度も巡った。
それでも忘れられない、
君の面影。
二人で海を見たのは、
もう、何年も前の事なのに、
私の心は、
あの日の海の蒼に、
囚われたままなんだ。
波音に耳を澄ませて、
君を思い出す。
君の瞳、君の声、
君の鼓動、君の温もり。
忘れられない君の、
抜け殻になった想い出を、
腕一杯に抱え、
一人、海を眺める。
ふと、小さな波間から、
君の控えめな笑い声が、
聴こえた気がして、
顔を上げ、君を探す。
だけど、見えるのは、
静かに揺れる水平線と、
哀しい程に蒼い海。
遠くから聴こえる、
誰かが燥ぐ楽しげな声。
君が去ったあの日から、
私の心はずっと空っぽ。
ただ、潮風だけが、
私の隣に居るだけ。
波音に耳を澄ませて、
小さな願いを、海に託す。
どうか。もう一度。
君の笑顔が見られますように。
例え、その微笑みが、
私の為…ではなくても。
遠くに行きたい
哀しい程に青い空を見上げ、
俺は今日もそっと呟く。
『遠くに行きたい。』
…と。
遠くに行きたい。
貴方を亡くしてからの、
俺の口癖。
どんなに辛い事が起きても、
夜は訪れ、陽は登る。
世の中は澄まし顔で、
何も変わらず廻り続ける。
だけど、俺の心は、
大切な貴方を亡くした日から、
動けずにいるんだ。
部屋の中には、
貴方との想い出が溢れ、
ふと、背後から、
貴方の声が聞こえそうで、
耳を澄ませてしまう。
もう一度、貴方に会いたい。
もう枯れた筈の涙が溢れ出し、
胸が灼けるように疼いて、
部屋を飛び出し、
街を彷徨う。
だけど、
人混みの中に、
貴方の姿を探してしまう。
街は少しずつ変わるのに、
俺は貴方と過ごした頃から、
何も変わらず、
ただ、貴方の背中を探し、
必死に追い駆けようとする。
貴方の居ない、
この世界に、
どれ程の価値があるのか?
遠くに行きたい。
…貴方の側に行きたい。
クリスタル
俺の心は、
ずっと孤独だった。
醜い社会や残酷な人間から、
必死に身を潜め、
薄っぺらい笑顔を貼り付け、
本心を隠し、生き抜いてきた。
俺の心の中にある、
暗い闇が育てた水晶は、
硝子よりずっと冷たくて。
硝子よりもっと残酷で。
ずっとずっと。
光の射さない、
地面の中に居られれば、
自分がこんなにも透明だなんて、
気が付かなかったのに。
こんな俺に、
笑い掛けてくれた人。
それが、君だった。
君が余りに輝いてたから。
俺は、明るい世界に、
憧れてしまったんだ。
俺は君の側に居たくて。
だけど、
それを言うことは出来なくて。
ただ、君の側で、
友達として、過ごしてきた。
長い時間を掛けて、
心の洞窟の奥で、
密やかに育ってきた、
水晶の様な、恋心。
哀しい程に透明な、
君への叶わぬ想いが、
結晶の様に煌めき、
俺の胸を斬りつけるんだ。
光が虹色に揺れて、
滲んで消える、クリスタル。
粉々に壊してしまえば、
硝子も水晶も氷塊も、
変わりはしない。
そして、直ぐに。
キラリと光る粒となって、
消えて行くだろうから。
夏の匂い
残酷で醜い世の中の、
闇の中で、生きてきて。
私自身の魂は、
闇色に侵食されて。
心の底に刃を忍ばせ、
感情を外套に隠して、
醜悪な人間の隙間で、
藻掻いてきました。
そんな、
永遠とも思える暗闇の中で、
偶然出逢った貴方は、
闇色しか知らない私には、
余りに眩しい星でした。
貴方の無邪気な笑顔は、
まるで向日葵の様に、
明るい世界で、輝いていて。
私に知らない希望を、
教えてくれました。
しかし貴方は。
私の様な酷く醜く穢れた人間が、
触れることは赦されない、
純粋な魂でした。
季節は巡り、
緑は濃く、大きくなり、
空は青く、高くなって、
ふと香る夏の匂いは、
夏の訪れを声高に告げます。
余りに強い光に、
私は目を背けます。
色を濃くした影は、
心の闇を更に黒く染めます。
夏の匂い。
瞼の裏に浮かぶのは、
手の届かない…貴方の笑顔。