傘の中の秘密
貴方に手を振り払われてから、
私は一人ぼっち。
貴方の隣に戻りたくて、
何度も手を伸ばしたけど、
私の手は空っぽのまま。
貴方は、硝子の瞳に、
哀しみだけを宿して、
傷だらけの心を、抱えて、
闇の中に蹲るだけ。
雨粒の格子に囲まれた、
閉ざされた貴方の心に、
私の声は、届かない。
雨の降る、静かな街の中。
貴方は、当て所なく彷徨う。
貴方を見守る、私の影は、
只の雑踏の風景にしか、
なれないのだろう。
貴方は、きっと。
濡れた頬を、雨粒の所為にして、
傘で顔を隠して、泣くんだね。
傘の中の秘密。
心の傷を、知らない振りをする、
貴方さえ気付いていない、
昔からの、貴方の癖。
でも、いつか、
きっと、雨は止むから。
雨上がりの優しい空の下、
その、傘を閉じて、
ゆっくり、歩き出して欲しい。
…例え、その時。
貴方が、私じゃない人と、
手を取り合っていたとしても。
雨上がり
雨の街を、独り歩く。
傘を叩く雨音が、
私の溜息を消してくれた。
今はもう、
隣にいない彼奴の面影を、
雨の向こうに見た気がして、
慌てて、首を振る。
彼奴が再び差し出した手を、
掴まなかったのは、
私の方なのに。
彼奴の哀しげな瞳が、
あの日から、心に焼き付いて、
離れずにいる。
雨上がり。
雲の隙間から差し込む、
遠慮がちな日差しに、
水溜りに光が滲む。
そんな僅かな煌めきさえ、
こんな、私の心には、
眩し過ぎて、目を逸らす。
ずっと、雨なら良かった。
そんな自分勝手な願いを呟く。
雨粒で涙を隠し、
傘で顔を隠し、
上着で心を隠せるから。
太陽から逃げるように、
家路を急ぐ。
人の目を避け、足早に、
塒に逃げ込む野良猫の様に。
そして、
暗く、光の届かない窖で、
独り、自分の傷を舐め、
痛みに耐える。
私には、二度と、
雨上がりは、訪れない。
いずれ、彼奴は、
雨上がりの街を、誰かと、
歩いて行くとしても、
私は降り止まぬ雨を、独り、
窓越しに眺めることしか、
出来はしない。
勝ち負けなんて
君はいつでも、眩しくて、
そんな君の影で、
俺は、心の闇を隠すように、
笑顔の仮面を被る。
君が俺に言ってくれる、
『友達』という呼び名。
この言葉は、嬉しくも残酷に、
俺の心に突き刺さり、
鋭い痛みを与えるんだ。
君は、眩しい笑顔で笑い、
俺に勝負を挑む振りをする。
まるで、ゲームで競い合う、
少年のように。
でも。俺と君に、
勝ち負けなんて、
ないんだよ。
だって。
ずっと気持ちは一方通行。
勝ちも負けもない、
俺だけの葛藤。
俺は君の背中を見詰めて、
追い掛けて来たけれど。
君は、未来を見詰めて、
前に進んでいるんだから。
―――
お前はいつも、優しくて、
そんなお前の隣で、
俺は、お前に甘えないように、
弱さを隠して、背を伸ばす。
お前が俺に告げる、
『友達』だという呼び名。
この言葉は、嬉しくも牴牾しく、
俺の心に暗い影を落とし、
靄を広げていくんだ。
お前は、照れた様な微笑みを浮かべ、
俺を常に勝者だと告げる。
まるで、ゲームの勝者を讃える、
子供のように。
だが。俺とお前に、
勝ち負けなんて、
ない筈なんだ。
何故か、
ずっと、気持ちは一方通行。
勝ち負けにならない
俺だけの葛藤。
俺はお前と、肩を並べて、
共に歩きたいのに、
お前は、俺の後ろに下がり、
俺に前を譲るのだから。
―――
――勝ち負けなんて、
どうでもいい。
ただ…
君だけを…。
お前だけを…。
〜〜〜〜
まだ続く物語
少しだけ、古びた日記帳。
最後の日付は、
もう、何年も前。
突然止まった、
貴方との日々を綴った日記。
突然、真っ白なページが続く、
突然終わった、二人の物語。
分かってる。
ぽっかりと空いた、
空虚な場所から先に、
文字が踊ることは、
もう、ないってことは。
それでも。
二人の物語の終わりを、
信じられなくて。
信じたくなくて。
一人きりの部屋の中で、
貴方の名前を何度も呟く。
ひび割れた心に、
流し尽くした筈の涙が滲みる。
想い出の中の貴方は、
こんなにも、優しくて。
こんなにも、温かくて。
孤独な夜に震えてる今の私は、
過去の私に、嫉妬してしまう。
止まってしまった、
二人の恋物語。
それでも。
まだ続く物語、なのだと、
信じたくて。
想い出が記された、
最後のページに、
そっと栞を挟む。
…続きが書ける日が来るのを、
信じて。
さらさら
さらさらと、
月の光に輝く銀糸のような、
貴方の髪が、
私の手の中から、
滑り落ちていきます。
壊れてしまいそうなほど、
細い細い有明の月だけが、
そっと見守るこの部屋で、
私と貴方は、二人きり。
先程までの、
怯えたような表情は、
すっかり影を潜め、
人形の様な微笑みさえ浮かべ、
私の元にいるのです。
人の群れから追い出された私に、
優しい手を差し伸べ、
温かな心を教えてくれた貴方。
そんな貴方は、私の全てなのです。
ですから。
私は貴方の全てになりたいのです。
貴方は私の全て。
私は貴方の全て。
それで、良いと思いませんか?
世間に蔓延る、
あんなに醜いものなど、
もう見なくて良いのです。
これからは、貴方の、
冬の湖面の様なその瞳には、
私だけを写してくれれば、
良いのですから。
さらさらと、
砂の落ちる音がします。
それは二度と元には戻らない、
砂時計の中の時の欠片が、
時を刻み、落ちていく音?
それとも、私と貴方を、
世間の冷たい視線から隠す、
砂上の楼閣が崩れていく音?
でも。
もう、良いのです。
私と貴方の魂は、
この醜い世の中から、
遠く離れた場所で、
永遠となるのですから。
これは、二人だけの愛の儀式。
一点の曇りもない銀の刃で、
お互いの胸を貫き、
溢れ出す朱で、
お互いを染め上げ、
永遠を誓うのです。
さらさらと、
全てが崩れていく音が聴こえます。
さぁ、儀式を始めましょう。
――愛しています。
貴方だけを、永遠に…