光輝け、暗闇で
冷たい闇が街を覆う深夜、
お前は、夜陰に紛れ、
私の部屋を訪れる。
ただ。お前の口付けと温もりを、
受け止めるだけ。
嘗てお前を傷付けた私には、
お前を求める資格など、
有りはしないのだから。
お前の温もりに抱かれて、
心の奥の想いが疼き出す。
それを必死に押し隠し、
お前が告げる愛の言葉に、
気付かない振りをする。
まるで、
過去に紡いだ絆など、
忘れたかのように。
溢れそうになる想いを、
懸命に、飲み込む。
そして、
熱を帯びたお前の瞳を、
避けるように顔を背け、
お前に告げる。
『光輝け、暗闇で』
…と。
夢を描けないと言うのなら、
せめて、この暗闇の中で、
私の事など、忘れて、
輝いて欲しい。
このままでは、
お前は、未来に向かって、
歩き出せないだろう。
過去に囚われ、
後悔に藻掻き苦しむのは、
私だけで、充分だ。
なのに、お前は、
何度も私を抱くんだ。
私の言葉には答えず、
熱く湿り気を帯びた口唇で、
私に何度も口付ける。
そんなお前の温もりの中で、
私は未練との狭間で藻掻く。
私には、拒めない。
だが、求められない。
お前と愛し合った過去も。
お前と戯れるだけの今も。
お前と共にいる未来も。
私には…。
お前と共に居る未来なんて、
赦される筈がないのだから。
酸素
私はずっと闇の中にいました。
残酷な人間に、
傷付けられ、捨てられ。
そして、忘れられ。
一人きりで生きてきました。
そんな私を見つけてくれた、
私に手を差し伸べてくれた、
貴方は、私の光。
私の全てとなったのです。
きっと。
貴方は酸素。
いずれ貴方は、
自身を燃やし尽くし、
消えてしまうでしょう。
そして。
私にとって、貴方は酸素。
貴方が居なければ、
苦しんで、苦しんで、
死んでしまうのです。
だから。
貴方を私のものにします。
誰にも奪われないように。
私だけのものにする為に。
そして…。
貴方が、貴方自身を、
燃やし尽くしてしまわないように。
ほら。
貴方から流れ出る命は、
こんなにも鮮やかな赤。
酸素を運搬する赤血球の朱色。
酸素を燃やす燃える炎の紅色。
…貴方の生命の赤色。
それは…。
全て私のもの。
私だけの貴方。
そして。
私は貴方のもの。
だから、
私も貴方の元へ……。
だって。
貴方が傍に居なければ、
私は苦しくて、
死んでしまうのですから。
記憶の海
残酷な人の悪意に晒され、
罵詈雑言の刃に斬り付けられ、
世間から爪弾きにされ。
私の存在さえ赦してはくれず。
そんな社会で、
必死に生きているのは、
貴方にもう一度会いたいから。
懐かしい想い出の風景の中。
微笑む貴方は、
今の貴方より少しだけ幼くて。
そっと手を伸ばせば、
届きそうなのに。
貴方は私の憧れで、
迷い旅の中の道標。
なのに。
記憶の海に揺蕩う貴方は、
触れる事が叶わなくて。
それでも。
悪意と憎悪渦巻く世間から、
逃げ出すように、
心だけ、記憶の海に浮かべば、
愛おしい貴方が傍に居てくれる、
そんな気がして。
私は少しだけ、
救われる気がするのです。
俺はずっと、
闇の中を彷徨っている。
それは、覚める事のない悪夢。
絶望と憎悪が吹き荒ぶ嵐。
そんな中で、
必死に藻掻いているのは、
君にもう一度会いたいから。
懐かしい想い出の風景の中。
泣きじゃくる君は、
まだまだ、幼かった頃の君。
そっと頭を撫でてあげた、
優しくて温かい記憶。
君は俺の宝物で、
暗闇の中の一筋の光。
なのに。
記憶の海に揺蕩う君を、
抱き締める事は出来ない。
それでも。
終わりのない悪夢の中で、
藻掻き、縋るように、
心だけ、記憶の海に浮かべば、
愛おしい君が隣で笑っている、
そんな気がして。
俺はちょっとだけ、
救われる気がしたんだ。
未来への船
子供の頃、
君と作った笹舟。
どこまでも流れていく笹舟は、
未来への船…だって、
君も、俺も、そう信じてた。
小さい頃は、
泣き虫だった君だけど、
今ではすっかり大人になって。
それでも、君の笑顔は、
大人になっても変わらない。
子供の頃は、
いつも俺の背中に隠れてた、
少しだけ人見知りな君も、
今では仲間に囲まれて、
楽しそうに笑ってる。
大人になった君の隣には、
俺の知らない人がいて、
君に優しく微笑みかける。
そして君は、その彼に、
少し照れた顔で、
微笑み返すんだ。
子供の頃のままの関係では、
居られない。
分かってた筈なのに、
君の隣に立てないことが、
こんなに辛いなんて、
想いもしなかった。
だから、俺は
想い出の場所を訪れる。
隣に君はいないけれど、
川も森も空も、
独りぼっちになった俺を
優しく迎えてくれた。
笹の葉を手に取る。
出来上がったのは、
幼い頃にたくさん作った笹舟。
大人になった今でも、
作り方は、手が覚えてた。
そっと笹舟を流す。
君との懐かしい想い出に、
叶わなかった恋の欠片と、
この胸の痛みを乗せて。
きっと、この笹舟も、
未来への船、なんだから。