霜月 朔(創作)

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5/11/2025, 6:18:10 PM

未来への船


子供の頃、
君と作った笹舟。
どこまでも流れていく笹舟は、
未来への船…だって、
君も、俺も、そう信じてた。

小さい頃は、
泣き虫だった君だけど、
今ではすっかり大人になって。
それでも、君の笑顔は、
大人になっても変わらない。

子供の頃は、
いつも俺の背中に隠れてた、
少しだけ人見知りな君も、
今では仲間に囲まれて、
楽しそうに笑ってる。

大人になった君の隣には、
俺の知らない人がいて、
君に優しく微笑みかける。
そして君は、その彼に、
少し照れた顔で、
微笑み返すんだ。

子供の頃のままの関係では、
居られない。
分かってた筈なのに、
君の隣に立てないことが、
こんなに辛いなんて、
想いもしなかった。

だから、俺は
想い出の場所を訪れる。
隣に君はいないけれど、
川も森も空も、
独りぼっちになった俺を
優しく迎えてくれた。

笹の葉を手に取る。
出来上がったのは、
幼い頃にたくさん作った笹舟。
大人になった今でも、
作り方は、手が覚えてた。

そっと笹舟を流す。
君との懐かしい想い出に、
叶わなかった恋の欠片と、
この胸の痛みを乗せて。
きっと、この笹舟も、
未来への船、なんだから。


5/11/2025, 8:33:44 AM

静かなる森へ




人が人を騙し、傷付け奪い合う、
そんな醜い世の中で生きていくには、
君の魂は清らか過ぎた。

醜悪な社会から逃げ出し、
独りきりで生きていた君に、
温もりを知って欲しいと、
人の世界に連れ戻したのは、
私の身勝手だったのかも知れない。

私を見つめる君の瞳は、
余りに澄み渡り、美しくて。
私に微笑みかける君の笑顔は、
余りに儚げで、優しくて。
私はそれを護りたいと思った。

しかし。人間の心は、
余りに暴力的で、残酷で、
何処か異端な君や私を、
排除しようと、
憎しみの刀で斬り付けた。

心無い人間の、誹謗の刃は、
君や私の上に、
雨霰のように降り注いだ。
その、嵐のような激しさに、
君の心に、闇が巣食った。

これ以上。
ここにいたら、
君は壊れてしまう。
君を護れなくて、すまない。と、
私は君の手をとり、
何度も謝罪を繰り返す。

木は、草は、花は。
私達を、責めたり貶めたりしない。
だから、森に行こう。
静かなる森へ。
他の人間には辿り着けない、
二人だけの、森へ。

深い深い、森の中。
私は君にそっと寄り添う。
君は私にそっと口付けてくれた。
二人を見守るのは森の木々だけ。
それで…十分だ。

さあ。二人で眠ろう。
静かなる森に抱かれ、
木々に見守られて。

おやすみ。
…愛しい君。

5/10/2025, 8:05:30 AM

夢を描け



静かな夜。
雨音に足音を隠して、
貴方の部屋を訪ねる。

貴方は私の事を、
求めはしないけれど、
拒みはしないから。
夜の闇に紛れて、
貴方に口付け、抱き締める。

私の温もりに抱かれて、
貴方は少しだけ、
仮面の下を覗かせるけれど、
私が告げる愛の言葉を、
貴方は見ない振りをする。

まるで、
存在しない約束を、
無言で突き返すように。
その溢れる吐息さえ、
飲み込んで。

そして、
熱を帯びた吐息の隙間に、
とても淋しげな瞳で、
私を見つめて、言うんだ。
『過去を捨て、夢を描け』
…と。

夢を描け、だなんて。
貴方だけには、
言われたく無かった。

だって。
どんなに、
貴方のいない、
未来を描こうとしても、
私には描けなかったんだから。

だから、私は、
何度も貴方を抱く。
言葉を飲み込んだまま、
乾いた口唇に、口唇を重ねる。
せめて、温もりだけでも、
私を望んでくれたなら。

貴方は拒まない。
でも、求めない。
私と愛し合った過去も。
私と戯れるだけの今も。
私と共にいる未来も。

私には…。
貴方の居ない夢なんて、
描けないのに。

5/9/2025, 7:43:29 AM

届かない……



誰だろう。
努力はいつか叶うなんて、
残酷な事を言ったのは。

ずっとずっと、友達の顔して、
ずっとずっと、君を見ていた。

季節が何度巡っても、
君の笑顔は眩しくて。
俺の心は少しずつ、
黒い靄に覆われていったんだ。

近くにいられるだけで、
幸せなんだって、
自分に言い聞かせて。
胸の痛みに耐えて。

憧れが、友情が、
濁っていく。
そんな気がして、
必死に藻掻く。

灰色の悪夢の中で、
手を伸ばす。
輝く君の瞳に向けて。
だけど、
俺の手は、
何も掴めない。

ほら、ね。
届かない……

5/8/2025, 7:22:47 AM

木漏れ日



貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺します。


暗く醜い世の中で、
誰にも気付かれる事なく、
絶望の汚泥に沈む私に、
貴方は、優しい手を差し伸べ、
光ある場所に導いてくれました。

私にとって、貴方は、
この世の全てでした。
貴方がいなければ、
私は、この世に存在しないのと、
同じことなのです。
…なのに。

初夏の痛い程眩しい太陽。
木陰から溢れるのは、
煌めく木漏れ日。
貴方は目を細め、
何処か淋しげな笑顔で、
木漏れ日を見つめていました。

その眼差しは、
憧れと愛おしさを混ぜたような、
私に向けられた事のない、
切ない色をしていました。

貴方は、私には隠していましたが、
貴方の、その視線の先を、
私は知っています。
それは、
貴方がずっと見つめていた背中。
そして、その背中もまた、
貴方の視線を渇望していることも。

木漏れ日は、
私には眩し過ぎるのに、
貴方は、木漏れ日に包まれ、
その光の欠片を、
悲しげに、でも、愛おしげに見つめて、
私だけを見てはくれないのです。

私は貴方に尋ねました。
『木漏れ日は好きですか』と。
貴方は私に答えました。
『好きだよ』と。

だから、私は。
貴方の胸に、刃を突き立てました。

刃を突き立てた瞬間、
漸く貴方の目が、
私を真っ直ぐに捉えてくれました。
その一瞬だけで、私は、
この世界に生まれてきた意味を、
知ったのです。

静かに横たわる貴方。
真っ赤に染まる地面。
全てが私のものとなった、
夢のように美しい貴方を、
木漏れ日がキラキラと照らします。


貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺しました。


間違っていると、
分かっていました。
ですが、
心が先に貴方を求めて、
私に刃を握らせたのです。

でも、大丈夫です。
もうすぐ私も、
貴方の傍に行きますから。

貴方の心を奪い続けた、
木漏れ日も、あの憎き人影もない、
貴方と私だけの世界で、
永遠に揺蕩いましょう。


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