届かない……
誰だろう。
努力はいつか叶うなんて、
残酷な事を言ったのは。
ずっとずっと、友達の顔して、
ずっとずっと、君を見ていた。
季節が何度巡っても、
君の笑顔は眩しくて。
俺の心は少しずつ、
黒い靄に覆われていったんだ。
近くにいられるだけで、
幸せなんだって、
自分に言い聞かせて。
胸の痛みに耐えて。
憧れが、友情が、
濁っていく。
そんな気がして、
必死に藻掻く。
灰色の悪夢の中で、
手を伸ばす。
輝く君の瞳に向けて。
だけど、
俺の手は、
何も掴めない。
ほら、ね。
届かない……
木漏れ日
貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺します。
暗く醜い世の中で、
誰にも気付かれる事なく、
絶望の汚泥に沈む私に、
貴方は、優しい手を差し伸べ、
光ある場所に導いてくれました。
私にとって、貴方は、
この世の全てでした。
貴方がいなければ、
私は、この世に存在しないのと、
同じことなのです。
…なのに。
初夏の痛い程眩しい太陽。
木陰から溢れるのは、
煌めく木漏れ日。
貴方は目を細め、
何処か淋しげな笑顔で、
木漏れ日を見つめていました。
その眼差しは、
憧れと愛おしさを混ぜたような、
私に向けられた事のない、
切ない色をしていました。
貴方は、私には隠していましたが、
貴方の、その視線の先を、
私は知っています。
それは、
貴方がずっと見つめていた背中。
そして、その背中もまた、
貴方の視線を渇望していることも。
木漏れ日は、
私には眩し過ぎるのに、
貴方は、木漏れ日に包まれ、
その光の欠片を、
悲しげに、でも、愛おしげに見つめて、
私だけを見てはくれないのです。
私は貴方に尋ねました。
『木漏れ日は好きですか』と。
貴方は私に答えました。
『好きだよ』と。
だから、私は。
貴方の胸に、刃を突き立てました。
刃を突き立てた瞬間、
漸く貴方の目が、
私を真っ直ぐに捉えてくれました。
その一瞬だけで、私は、
この世界に生まれてきた意味を、
知ったのです。
静かに横たわる貴方。
真っ赤に染まる地面。
全てが私のものとなった、
夢のように美しい貴方を、
木漏れ日がキラキラと照らします。
貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺しました。
間違っていると、
分かっていました。
ですが、
心が先に貴方を求めて、
私に刃を握らせたのです。
でも、大丈夫です。
もうすぐ私も、
貴方の傍に行きますから。
貴方の心を奪い続けた、
木漏れ日も、あの憎き人影もない、
貴方と私だけの世界で、
永遠に揺蕩いましょう。
ラブソング
表の街を行き交う人々は、
平和に浸りきって、
痛みを忘れてしまったのか。
人と人が触れ合い、求め合う。
そんな、幻を信じている。
しかし、
虚構で彩られた、
弱者の犠牲の上に積み上がった、
華やかな街の裏には、
声無き者の悲鳴が、谺する。
己の正義を振り翳し、
他人を傷付け、咎を重ねる、
この世を占める大勢から、
無き者とされた俺には、
華やかな生き様は、
似合いはしない。
愛も夢も信じられない俺には、
街のラブソングは甘過ぎて、
何も響きはしない。
人の心は、醜く残酷で、
人を愛する事は、
脆い夢に心を賭すに等しい。
…そう思って生きてきた。
だが。
こんな俺に、
手を伸ばしてくれた奴がいた。
太陽のように真っ直ぐな瞳で、
汚泥の中の俺を射抜いたんだ。
こんな俺には、
その手は、掴めない。
なのに、
その手を、拒めない。
世間から忘れられた、
薄汚れた街に、
古いラブソングが流れる。
俺は、初めて。
歌を聞いて、泣いた。
手紙を開くと
すれ違う瞳
君の瞳には、
私の影は映っていない。
ただ、遠い昔の誰かの残響が、
まだ、そこに揺れてる。
そして、
私の瞳には、きっと、
遠い昔の誰かの後ろ姿が、
写ったままなんだろう。
君に触れる度に、
私は私ではなくなる。
君が欲しいのは、私ではなく。
私が欲しいのは、君ではなく。
手にしたくても戻れない、
幻影の名残だから。
夜ごと、掠れた声で、
囁き合う言葉も、
指先を這う、寂しさも、
どれも、本物には届かない。
けれど、
君が差し出す手の温もりに、
私は救われたふりをしてしまう。
本当の名前は呼べないまま、
本当の言葉は飲み込んだまま、
私は、君の恋人のふりをする。
君もまた、そうなんだよね?
私たちは、
すれ違う瞳で、愛を語り、
すれ違う視線で、夜を越える。
お互い、他の人に心を囚われたまま、
お互いの肌の温もりに、溺れる。
それでもいいと、
思ってしまった。
君が触れる度、
私はほんの少しだけ、
生きている気がしたから。
偽りと知りながら、
君の口唇に嘘を重ねる私を、
誰も、赦さなくていい。
『愛してる』
たとえ、その言葉が、
誰にも届かなくても。
だから今夜も、私は笑う。
そして、
すれ違う瞳のままで、君を抱く。
私はもう。
君がいない夜には戻れない。
それでも。君はきっと。
私のいない朝へと向かうんだろう。