風が運ぶもの
早春の風が吹き抜ける。
春霞の淡い幻に包むように、
俺の頬を、そっと撫でてゆく風は、
微かな、お前の気配を纏っていた。
風が運ぶものは、
お前の幸せそうな笑い声。
淡く揺れるその残響。
そして、
俺の喉の奥に沈む、
名前も付けられない…痛み。
伸ばした指が、
触れられそうで、
触れられない。
その距離に、
俺の心は音を立てて、軋む。
長い間、ずっと。
俺は、遠くから、
お前を見ていた。
俺が立っている場所は、
「親友」という名の、
賭けて失うには、
余りに惜しい境界線。
風は気まぐれに流れてゆき、
俺の足元に枯葉を転がす。
まるで、忘れてしまえと、
静かに囁くように。
けれど、
風が運ぶものを、
誰しも、拒めないように、
この想いを手放すことは、
きっと出来ないだろう。
例え、それが、
進むことも戻ることも、
許されなくなる、
呪いだったとしても。
question
貴方は、
気付いていないのですか?
私の瞳が、
いつも、貴方だけを、
映していることを。
私を汚泥の中から救い出し、
生きる喜びを教えてくれた、
貴方という存在が、
ただ一つの光として、
私の心を照らしていることを。
そして、私の指先は、
そっと空気をなぞりながら、
触れられないもどかしさに、
焦がれているのです。
貴方は私の全てです。
もし、貴方が、
私の愛を拒むのなら。
いっそ、貴方の全てを、
壊してしまいましょう。
そして、私と二人きり、
最期の吐息を交わしましょう。
そうすれば、
貴方にも分かる筈です。
私がどれほど、
貴方を愛しているのかを。
――では、最後に。
貴方に質問です。
…私を、愛していますか?
約束
冷たい夜の風が、
静かに頬を撫でる。
独り影を踏みながら、
空を仰ぎ、星を数えた。
お前は覚えているだろうか。
あの日交わした約束を。
変わらぬものなど、
ないと知りながら、
それでも、信じた誓いを。
あの日、瓦礫のように、
崩れ落ちた日常。
拾い集める事も出来ず、
ただ、砕ける音だけが響いた。
もう二度と、
温もりに希望を探しはしない。
もう二度と、
お前の名を呼ぶこともない。
それでも、まだ。
私の胸の奥には、
鈍い灯が残っている。
もし、これを、
約束と呼べるのなら。
せめて、最後まで、
燃やし尽くそう。
そして。
お前の幸せを祈ろう。
二度と交わらぬ道の先から。
ひらり
ひらり、ひらり。
私の手のひらで舞うのは、
風に遊ぶ粉雪でしょうか。
早春を彩る花びらでしょうか。
それとも――
貴方の生命の欠片でしょうか。
貴方は、私の全て。
幾度となく心が囁きます。
貴方の優しさに救われた日から、
私の生命も、心も、
貴方を求めて、止まないのです。
貴方の魂は、
余りにも美しく、
余りにも儚くて。
この醜悪な世界に傷付けられ、
ひび割れ、砕け散り、
苦しみに沈んでゆくのです。
愛しい貴方の絶望が、
私の指先に触れるたび、
切り裂かれるような、
甘美な痛みが胸を満たすのです。
そして、静かな破滅が、
そっと爪を立てるように、
ゆっくりと染み込んで、
骨の髄まで浸食していきました。
抗えぬ運命ならば――
いっそ、全てを壊しましょう。
貴方を苦しみから救うために。
二人きりの世界へ旅立つために。
すべては……愛の名のもとに。
ひらり、ひらり。
私の手のひらで散るものは、
溶けゆく雪兎でしょうか。
散らされた紅の花でしょうか。
それとも――
貴方の最期の鼓動でしょうか。
誰かしら?
オレは、オレを罰する。
亡き母に向かい、
何度も何度も、
謝罪を繰り返す。
「要らない子」だと、
分かっていた。
それでも――
ただ、見て欲しかった。
だから、オレは必死に、
母の言いつけを守った。
いい子でいようとした。
それなのに。
母の口から零れた言葉は――
「誰かしら?」
その一言が、
オレの存在を切り裂いた。
ずっと、ずっと、
母の声が欲しかったのに。
でも。
欲しかったのは、
こんな言葉じゃない。
だから、オレは今夜も、
オレを罰する。
愛されなかった、
出来損ないの人形に、
鞭を振るい、痛みを刻む。
顔に、腕に、背に、
鮮血が滲み、
オレの身体を、
朱に染めていく。
今は亡き母へ――
赤い花の代わりに、
この痛みを捧げるから。
だけど、オレの謝罪は、
天に届きはしないだろう。
ただ、冷たい床に、
落ちて、砕け散るだけ。