君と見た虹
灰色の空に滲む微かな光。
指先に触れた刹那、
氷のような温度が、
胸を締めつけた。
「虹が出ていますね」
微笑む君の声は、
余りに遠く、酷く儚い。
七色の橋が架かるたび、
私たちは同じ夢を見た。
けれど、君は、
知っていたのだろう?
虹は決して、
触れられないものだと。
君の瞳に映る色彩は、
静かに、静かに、
闇へと溶けていく。
そして君は、横たわる。
糸の切れた、
操り人形のように。
頬を伝う雨粒。
差し伸べた私の手は、
もう何も、掴めなかった。
──君と見た虹。
私の心には、
今もあの日の、
虹が残っているのに。
ならば、
君と見た虹の想い出ごと、
この胸を銀の刃で
壊してしまおう。
独りで生きるには、
この世界は、
あまりに残酷だから。
夜空を駆ける
冷たい月の光が、
そっと、頬を撫でる夜。
お前の影を追いかけて、
心は暗闇を駆ける。
指先に触れることはない、
その輝く瞳。白い肌。
名前を呼んでも、
星のざわめきに消えてゆく。
夜風に揺れる後ろ髪が、
刃のように胸を裂く。
決して振り向きはしない、
お前の後ろ姿を、
ただ、見つめ続けた。
伝えられない想いは、
闇に溶けて、
ひとひらの霧となり、
お前の足元に散っていく。
もしも、翼があれば、
絶望の夜空を裂いて、
飛べただろうか?
お前の隣で、同じ星を、
見上げられただろうか。
だが、空は遠く。
お前は遠く。
希望も遠い。
この手は、
今夜も虚空を掴むだけだ。
夜空を駆ける。
名もなき影として。
俺はただ、
お前を追い続ける。
…永遠に。
ひそかな想い
部屋の灯りが滲む夜に、
そっと目を閉じ、
君の声を思い出す。
名前を呼ばれるたび、
只の幼馴染じゃない事を、
ひそかに願った。
並んで歩く帰り道。
ほんの少し肩が触れて、
それだけで心が震えた。
でもきっと。
この胸の痛みの意味を、
君は、知らないまま。
君を想うたび、
胸が締め付けられる。
こんなにも苦しいのなら、
いっそ、知らないままで、
いたかった。
いつの日か。
笑う顔が、優しさが、
誰かのものになるんだろう。
その未来が分かっているのに。
それでも、
君が微笑むたび、
心はまた奪われて。
君を好きでいることを、
どうしても、やめられない。
届かないと知りながら、
それでも、君を想ってしまう、
この、ひそかな想いを、
そっと、消してしまえれば、
どれだけ楽だろう。
けれど、今夜もまた。
滲んだ灯りの中で、
ひそかに君を、
想ってしまうんだ。
あなたは誰
満月の夜に、
私は見てしまったのです。
貴方が私ではない人と、
愛を囁き合う姿を。
貴方は誰、ですか?
私の知る貴方は、
私だけを愛していて、
他の誰をも愛さない筈。
貴方は誰、ですか?
私の愛した貴方は、
私を愛した貴方は、
何処へ消えてしまったのですか?
漆黒に染まる心が、
全てを壊せ…と、囁きます。
変わってしまった貴方も。
貴方を奪った人も。
見捨てられた私さえも。
気が付けば、
貴方は静かに横たわり、
その身には、
真紅の薔薇が、
咲き乱れていました。
『君を家族の様に愛していた。』
貴方の最期の言葉が、
耳から離れてくれません。
だから、貴方に口付けます。
そっと頬を撫でながら。
もう直ぐ私も、
貴方の傍に行きますから。
寂しくないでしょう。
―あんな男など居なくても。
遠くに横たわる、
憎き人間だったものは、
見ないことにしましょう。
貴方の私への愛が、
友愛であったことは、
知らないことにしましょう。
あんな男は、
初めから居なかったのです。
貴方が愛していたのは、
私…だけなのです。
そう耳打ちながら、
罪の赤に濡れた銀の刃を、
この胸に沈めます。
貴方は永遠に私だけのもの。
私は永遠に貴方だけのもの。
―この愛の誓いとして。
手紙の行方
何度も手紙を書く。
『ごめんね』
『話を聞いて』
『逃げないで』
言葉にすれば、
壊れてしまいそうな願いを、
便箋にそっと綴り、
震える手で封をする。
静かな夜。
私はその手紙を、
焔に焚べる。
揺らめき、瞬く炎が、
私の心を包み、
刹那の輝きとともに、
やがて灰となる。
そう。
君には決して届かない、
私の想い。
それでも。今夜もまた、
行方を知りながら、
私は手紙を書き続ける。
――『君をまだ愛してる』