大空
哀しい程高い大空に、
吹き抜ける冷たい風が、
容赦無く、頬を刺す。
遠くから聞こえる虎落笛の音が、
胸の奥で冷たく響く。
抜ける様な冬の空。
雲一つない、その蒼さは、
余りにも清らかで純粋過ぎて、
迷い、嫉妬、後悔、未練――
俺の醜い心をすべて照らし出す。
思わず大空から、
顔を背けてしまう自分が、
酷く惨めに思えた。
大空から見れば、
泥に塗れ、光を求める俺は、
酷くちっぽけで滑稽なものだろう。
それでも、大空に手を伸ばす。
ただ寒風が、その手から、
僅かな温もりさえ奪っていく。
もし、この酷く冷たい手を
お前に向けて差し出したら、
お前は、
この手を取ってくれるだろうか?
お前には、
俺と共に地上に縛られるより、
明るい大空に羽撃く方が、
よく似合っている。
だから、俺はただ、
冷たい風の中で、
お前の背の羽撃く光を、
見守るしか出来ないんだ。
ベルの音
静かな冬の夜、
雪の街に響くのは、
冷たい鐘の音。
貴方が眠る部屋の、
暗い窓を見上げれば、
薄暗く揺れる灯りが、
消え入りそうに震えています。
魂が穢れた私には、
貴方の笑顔は、眩し過ぎて。
凍えた手を、伸ばしたとしても、
その希望は、粉雪の様に、
指先で、溶けて消えてしまいます。
貴方の名前を呼んでも、
声は木枯らしにかき消され、
届かない想いだけが、
心の痛みとして、残ります。
遠く響く、哀しみの音が、
胸を締め付け、
心を裂いていきます。
それは救いではなく、
終焉を知らせる、ベルの音。
貴方の微笑みと温もりを、
手に出来たなら、と、
叶わぬ夢を見るだけの夜。
雪が降り続く中。
私は独り、
冬の冷たさに凍えながら、
終焉の響きを、
ただ、待ち続けるのです。
寂しさ
私はずっと一人で、
この世に存在していた。
例え、寒さに震える冬でも。
寂しさを感じた事など、
一度も無かった。
孤独は、ただ背中に、
冬の冷たさを纏わせるだけ。
それが私にとって、
当たり前のことだったから。
でも、貴方と出会った。
隣に誰かが居るという事、
肩を寄せ合う喜びを知り、
冷たい手を包む温もりを覚えた。
しかし、貴方は去っていった。
その時、心にぽっかりと穴が空いた。
それは、木枯らしが吹き抜ける様な、
酷く冷たい、空虚な感覚。
それが、私が初めて知った、
「寂しさ」だった。
貴方の居ない冬は、冷たくて。
薪を焚べても、毛布に包まっても、
他の人に温もりを求めても、
私の心は、凍り付いたまま動かない。
まるで、氷の彫像の様に。
もしかしたら、この寂しさは、
正論ばかり振り翳して、
言葉の刃で、貴方を傷つけた事の、
罰なのかも、知れない。
それでも、私は私を抱き締める。
嘗て、貴方が私にくれた、
温もりを思い出しながら。
そっと、胸の中の想い出に、
暖かな明かりを灯すんだ。
今はただ、静かな冬の夜に一人。
この凍て付く寂しさを、
私はそっと包み込む。
冬は一緒に
凍える空気が肌を裂く。
吐息さえも、
白く凍りそうな夜、
影を引きずる足音が、
闇の中へ消えていく。
私の隣には、
静かに火が爆ぜる暖炉の前で、
無邪気な笑顏で微笑む、
愛しい彼が居る。
君との辛い離別を経験し、
その想い出は見ない振りをして、
漸く手に入れた、
穏やかな温もり。
だが、私の心には、
君と過ごした冬が、
胸の奥に刺さったまま、
溶ける事も無く、痛み続ける。
言葉の刃が交わった、
あの絶望の日から。
暖炉の炎さえも、
すっかり凍て付いた、
私の心も、君の心も、
溶かす事は出来なかった。
「冬は一緒に居ようね。」
と、囁いた君の声は、
今や、空虚な残響でしかない。
手の中で溶けた約束は、
戻ることは無く、
指の隙間から零れ落ちた。
冬は一緒に。
その言葉を信じた、あの頃とは、
私に温もりをくれる相手は、
君から彼に、
変わってしまったが、
それでも、冬はやって来る。
白い雪が全てを覆うように、
君を忘れられるなら。
そして、彼との想い出を、
この上に、重ねる事が出来るなら。
苦手な冬も、悪くない。
とりとめのない話
冬の夜、月の青い光が、
凍えるオレの心を、
更に冷たく蒼に染める。
隣に寝転ぶアナタは、
夢の世界へと、
半ば足を踏み入れながら、
オレのとりとめもない話に、
適当な相槌を返す。
オレは溜息交じりに、
大きく寝返りを打つ。
その気配に気づいたアナタは、
重たそうな瞼を、ほんの少し開けて、
少し乱暴だけど、何処か優しく、
オレの髪を撫でた。
その手の温もりが届く。
けれど、心の深い部分には、
触れてはくれない。
だけど、心の氷河は解けず、
静かに孤独が漂う。
それでも、この温もりは、
オレの身体を僅かに暖める。
オレは、ぽつぽつと語りかける。
語る言葉の端々に、
アナタへの想いと、切なさが混じる。
ずっと言えずにいた、
アナタへの憧れ、そして…恋慕。
きっと、言葉が届く事は無く、
届かせる心算もない。
だって、これは、
只の独り言だから。
次第にアナタの呼吸が深くなる。
寝息がリズムを刻み、
オレの声を覆い隠していく。
それでも、オレは、
とりとめのない話を、語り続ける。
無意味な言葉を、並べ立てる事で、
凍える心を、少しでも埋めたくて。
ふと、アナタの腕が動き、
ただ黙って、オレを抱き締めた。
何処か不器用なアナタが、
オレの心の奥に沈む孤独に、
そっと、触れようとしてくれる。
そんな気がした。
オレは静かに目を閉じた。
この冬の夜が、
永遠に続けばいいのに、と、
そんな、叶わない願いを、
胸に押し殺して。