スリル
貴方と私は、
夜の帳が降りる時だけの、
密かに結ばれる、仮初めの恋人。
この恋が、
破滅に向かう階段と知りながら、
それでもいいと、胸が囁く。
抗い難い、愚かな甘さ。
貴方には恋人がいると、
知っているのに。
それでも、貴方を求めずにはいられない。
私の心は、静かな毒に染まってゆく。
夜が明ける頃、
貴方は私の腕を抜け出し、
まるで何事もなかったかのように、
美しく儚く微笑む。
「また、会いに来てください。」
甘く囁かれる、その言葉に、
私は幾度も裏切られ、
そして…同じだけ救われてる。
正しさも未来も、関係ない。
私達に許されているのは、
この危うい絆だけ。
だけど。だから。
ただ、この夜を、
ただ、この瞬間を、
命が尽きるほどに、感じたいんだ。
朝の静けさに身を沈め、
名残を抱いて、
私は独り、貴方の部屋を後にする。
このスリルが、私を生かし、
やがて…私を殺すだろう。
それでも、私は、
貴方を求めずにはいられないんだ。
飛べない翼
俺はもう、二度と、
飛ぶ事は出来ない。
背にある翼は動かず、
ただの飾りに成り果てた。
今の俺は、
地上から、羨望の眼差しで、
輝く空を見上げるだけ。
動かない翼など、
あるだけ無駄だ。
引き裂いてしまいたい衝動が、
激しく胸を抉る。
飛べない。
動かない。
なのに、痛みだけは残る。
飛べない翼。
役立たずの羽根。
大空を自由に翔けていた。
その記憶が突き刺さり、
地上で俯き、唇を噛む。
…今の俺には、
あの輝く大空は、
眩し過ぎるんだ。
ススキ
怖いほど美しい満月が、
夜の静けさを照らします。
せっかくの月見だからと、
お団子とススキを、
供えた、貴方。
お月見には、月餅や西瓜を、
供えるのでは?
私がそう問い掛けると、
貴方は驚いた顔をしました。
月見も花見もないほど、
遠く、文化も違う、
異国に流れ着き、
ほんの少しだけ、
似た出身の貴方と出会って。
少し似ていて、少し違う。
お互いの故郷の文化が、
どこか不思議で、懐かしくて。
月明かりに映る、
ススキの影が、
寂しげに揺れているのを、
静かに見つめていました。
今、私の隣に貴方がいることは、
儚い奇跡だと感じて。
だから私は、
この夜を、心に刻み、
そっと貴方に寄り添うのです。
脳裏
冷たい静寂の中、
暗い部屋に響くのは、
只…自分の呼吸だけ。
影が影を呑み込み、
見えない手が、
俺の心を鷲掴みにする。
思考が薄れ、意識が遠退く度、
過去の残像が、脳裏を過る。
映し出されるのは、
ひび割れた、思い出。
懐かしいアイツの顔が、
歪んで、崩れて、
掌から溢れていく。
声にならない叫びが、
闇を切り裂く。
脳裏に焼き付くのは、
もう戻らない、アイツの面影。
記憶が心を蝕む。
アイツと幸せな思い出さえ、
全て、真っ赤に染まり、
アイツの断末魔と重なる。
アイツを助けられなかった。
その悔恨と無念に、
雁字搦めになって、
俺は闇に堕ちていく。
……。
暗闇の中。
俺は必死に手を伸ばす。
…こんな俺でも、
赦されるのなら。
どうか、この手を取ってくれ。
意味がないこと
貴方は、自分の命を捨て、
私を助けてくれました。
でも、私は。
貴方に生きていて、
欲しかったのです。
貴方のいない世界に、
ただ一人残されて、
生きる事の苦しさに、
何故、貴方は、
気付かなかったのでしょう。
貴方の居ない世界で、
生きていく事なんて、
私にとって、
意味がないこと、なのです。
食べる事も、眠る事も、
息をする事さえ、
今の私には、もう、
意味がないこと、なのです。
だって。
貴方はもう、
この世の何処にも、
居ないのですから。
私は、貴方の元へ行きます。
私はもう一度、
貴方の「愛してる」の言葉が、
聞きたいのです。
もし、再び貴方と出会えたら。
貴方は私を、
抱き締めてくれますか?