病室
目が覚めたら、病室だった。
どうにも寝心地の悪いベッド。
飾り気の全くない内装。
消毒液が微かに匂う室内。
そして。
花瓶に生けられた、
不釣り合いな程鮮やかな花々。
手を動かしてみる。
邪魔な管が纏わりつく。
管が繋がれた手の甲が、
ズキリと痛むのは、
点滴の所為だろうか。
身体を動かしてみる。
まるで鎧でも着込んだかのように、
全身が馬鹿みたいに重たい。
身体を起こすのさえ、
ままならない。
ベッドの脇に飾られた、
悲しい程に綺麗な花々を眺める。
こんな状況の、こんな病室の、
唯一の、希望だ。
…だが、悪いな。
俺は心の中で謝る。
花瓶の水を変えてやる事さえ、
今の俺には、難しいらしい。
明日、もし晴れたら
今日も良い天気だった。
キラキラした陽の光が、
今の俺には、酷く眩しくて。
空はこんなに晴れてるのに、
俺の心は…ずっと土砂降り。
憧れの先輩に、
恋人がいるって、
知っちゃったから。
先輩は、俺なんかに、
手が届く存在じゃないって、
最初から分かってたけど。
それでも、やっぱり落ち込んじゃって。
溜息ばかり量産してる。
そうだ。
明日、もし晴れたら。
一人で街に出掛けよう。
ずっと気になってた本を買って、
お気に入りのカフェに行って、
テラス席に座って。
大好きなフルーツのタルトと、
カフェラテを頼んで。
それっぽく読書しちゃおう。
きっと。
少しだけ、前向きな気分になれる筈。
だから、一人でいたい。
こんな私にも。
嘗ては、愛した人が居た。
社会に馴染めず、人間関係に悩み、
心身共にボロボロだった、
そんな時。
私を救ってくれた人だった。
彼は私の全てになった。
こんなにも人を愛したのは、
初めての事だった。
彼の居ない人生など、
考えられなくなった。
だが。
彼と決定的な仲違いをした。
お互いに譲れなかった。
そして、彼と縁を切った。
私の心には。
ぽっかりと大きな穴が開いた。
何もする気になれなかった。
生きていても、意味が無いとさえ思った。
あんな想いは、二度としたくない。
誰かを好きになるから、
その相手を失った時に、
激しく傷付くのだ。
だから、一人でいたい。
もう二度と。
私が誰かを愛する事は、
無いだろう。
澄んだ瞳
あの日、初めて会った君は、
とても澄んだ瞳をしていた。
人に裏切られて、騙されて、
社会から弾き出され、
誰かを頼る事も出来ず、
独りで生きてきた君。
人間としての最低限度の生活さえ、
出来ていなかったのだろう。
痩せ細り汚れ切った身体に、ボロボロの衣服。
君は、目を覆いたくなる程に、
見窄らしい姿をしていた。
それでも。
君の瞳の奥は…何処までも澄んでいたんだ。
こんな私が、
君にしてあげられる事は、
僅かかも知れない。
それでも。
こんなにも穢れ切って、
余りに醜い世の中で、
その澄んだ瞳が、汚れない様に。
その澄んだ瞳が、傷付かない様に。
その澄んだ瞳が、涙を零し続けない様に。
…そして、その澄んだ瞳を、
自らの意思で、
永遠に閉じてしまわない様に。
私が、君を護るよ。
嵐が来ようとも
私はずっと独りでした。
家も無く、襤褸を纏い、
泥水を啜って生きている私を、
皆、見て見ぬ振りをしました。
だけど、貴方は違いました。
こんな私を連れ帰り、
食事を与え、服を与えて。
風呂に入れ、部屋を与えて。
教育を施し、仕事をくれました。
そして何より。
貴方は私に、
優しさと愛情を、
与えてくれたのです。
貴方が居てくれれば。
例え嵐が来ようとも、
怖くありません。
私はもう。
嵐の激しい風雨に、
怯えなくていいのです。
だって。
貴方の腕の中は、
何処よりも安全で、暖かくて、
安心できる場所なのですから。