遠い日の記憶
柔らかな風が吹いていました。
僅かに若葉の香りがしました。
青空に少しだけ雲が浮かんでいました。
それでも太陽は柔らかく輝いて、
私達を優しく照らしていました。
私が居て。隣に貴方が居て。
とても暖かくて幸せだった、
遠い日の記憶。
目を開ければ。
そこは真っ暗な部屋。
弱々しい蝋燭の明かりだけが、
この部屋を僅かに照らしていました。
私は独りきり。
貴方が私の隣にいてくれたのは、
遠い日の記憶。
どんなにあの頃に戻りたいと希っても、
叶うことはないのです。
貴方の声が聞きたい。
貴方に笑いかけて欲しい。
貴方と手を繋ぎたい。
貴方の温もりを感じたい。
叶わぬ願いが、涙と共に、
私の口から零れて、消えていきます。
あの遠い日の記憶の中の、
貴方と私は。
二人で幸せそうに笑っているのに。
今、ここにいる私は。
独りで孤独にたえているのです。
空を見上げて心に浮かんだこと
青い空が、何処までも高かった。
このまま、吸い込まれてしまいそうな程、
澄み渡っていた。
もしかしたら、この空は、
天国まで繋がっているのかも知れない。
そんな事を思った。
だとしたら。
天国に居る旧友から、
俺の姿が見えているのだろうか。
穢れ切った地上で、
俺は日々の生活に追われた無様な姿で、
醜く生き恥を晒し続けている、
こんな俺を、空から見下ろして、
友は俺に失望しているだろうか。
一層の事、地上にへばり付くのを辞めて、
友の元へ逝ってしまった方が、
幸せなのではないかと、思う。
空を見上げて心に浮かんだこと。
こんな俺の心情を吐露したところで、
お前には、不快なだけだろう。
だけど。
お前には知って欲しかった。
俺は、お前が思っている程、
強くはないんだ、と。
終わりにしよう
ある日、彼と言い争いになった。
彼から怒りの感情そのままに、
酷いことを言われた。
私は冷静な心算だったけど、
多分冷たいことを言ったと思う。
そのまま、彼と会えなくなった。
別れの言葉さえ言えずに。
彼への想いを引き摺ったまま、
時が流れた。
そして、漸く。
彼と話せる機会が巡ってきた。
彼は冷静に私の話を聞いてくれた。
謝ることも出来たし、誤解も解けた。
二人の関係は、これからどうなるのか、
分からないけれど。
友達に戻れたら、
できたら恋人に戻れたら…。
そんな、余りに都合がいいことを、
こっそり考えてた私に、
彼は僅かに微笑み、
そして、言った。
―終わりにしよう。
私は、心を殺して、
とびきりの笑顔で答えた。
―そうだね。
終わりにしよう。
これで、やっと。
私も前を向ける、かな。
手を取り合って
友達は何人かいる。
同僚も知り合いも、何人かいる。
だけど。
大切な人って言える人は…いない。
沢山の人に囲まれて暮らしていて、
独りきりで生きてるって、
訳でもないんだけど。
でも。
ボクは…独りぼっち。
例えボクが明日消えたとしても、
ボクの周りにいる人たちは、
気にも留めないだろう。
誰かと手を取り合って生きていけたら、
幸せなのかも知れない。
だけど。
ボクは独りぼっち。
ボクが幾ら手を伸ばしても、
誰もボクの手を掴んではくれない。
何時かボクにも、
手を取り合って生きていける、
大切な人が出来るのかな?
そんな事を考えたら、涙が零れた。
だって。
ボクなんかにそんな素敵な未来が、
ある訳ないんだから。
優越感、劣等感
貴方が嘗て、
私の恋人と恋仲であった事は、
私も知っています。
二人の関係は終わった。
今は只の友人だ。
幾ら、彼からそう聞かされても、
私より先に、彼から愛されていた貴方に、
私は劣等感を抱いてしまうのです。
だから。私は。
今は、私が彼の恋人なのだと、
態と貴方に見せ付ける様に、
彼の隣に寄り添う様に立って、
幸せそうに微笑んで見せるのです。
そして、私は、
優越感に浸る振りをして、
心の奥底に澱の様に揺蕩う、
劣等感を打ち消そうとして、
必死に藻搔き苦しむのです。
優越感、劣等感。
相反する二つの感覚によって、
私は焦燥感に駆り立てられ、
貴方を傷付けずには居られない程に、
追い詰められていくのです。
赦して下さい…とは、言いません。
私を憎んで下さって構いません。
そう。私の願いは、只一つ。
貴方に彼の心から、立ち去って欲しい。
…それだけです。