子供のままで
季節は何度も巡り、
気が付けば、大人になり。
背負う物も、守るものも増え。
肉体は確かに大人になったけれど。
心の中には、まだまだ幼い所もあって。
でも。
毎日を必死に生きているうちに、
残酷にも、時間だけは流れてしまい。
大人になった『私』という、
器の中に居るのは、
大人のふりをする幼いままの『僕』。
だけど。私は。
必死に演じるのです。
…大人である、私を。
静かな夜。
緩やかな時が過ぎる、一日の終わり。
貴方と私のだけの時間。
私は、そっと貴方に語り掛けます。
お願いします。
せめて、貴方の前では、
子供のままで、居させて下さい。
…と。
愛を叫ぶ。
もう、終わりにしましょう。
心配しなくても、大丈夫。
私が全てを、壊してあげます。
ああ、有難う。
最期まで、君に迷惑をかけて、
本当に申し訳ない。
貴方への御恩返しになるのならば、
貴方が救った、この私の手で、
貴方の全てを終わらせましょう。
私から流れ出る血は、
私の罪の証。苦しみの記録。
そして、君への謝罪の証、だ。
私も直ぐに、貴方の後を追いますから。
…では、最期に。
何か言いたい事は、ありますか?
ならば、断末魔の叫びの代わりに、
…愛を叫ぶ。
と、するかな。
モンシロチョウ
俺の故郷の近くの街には、
亡くなった人の魂は、
蝶になって帰ってくる…って伝説がある。
春、最初に見た蝶が、白い蝶だと、
その人の家族に不幸があるとか。
蝶は死と再生のシンボルだとか。
麗らかな春に、咲き乱れる花々の間を、
ひらひらと舞う蝶の長閑さとは、
どうにも結びつかない、
暗い話や伝説を多く持つ蝶だが。
それでも、人を惹き付けずにはいられない、
不思議な存在でもある。
それでも。
少しだけ、穏やかな春の日に、
ひらひらと舞うモンシロチョウに目を留め、
僅かに微笑むお前を見て。
俺も道半ばで、戦場で斃れたら、
蝶になって戻ってくるから。
そん時は、邪険にしてくれるなよ、と。
真面目なお前にしては珍しく、
モンシロチョウの存在に、
仕事の手を休めるお前の背中を見て、
俺は、そっと呟いた。
忘れられない、いつまでも。
折角のいい天気の休日なのに、
何だか、外に出掛ける気にはなれなくて。
最近嵌っている、紅茶でも淹れて、
偶には、ゆっくり読書でもしようかな。
そんな事を思って、何気なく手にとった本。
お気に入りの本だったけど、
もう長い間、開いてなかったな。
そう思って、パラパラとページを捲る。
本のページとページの間に、
一枚のメモが、挟まってた。
メモには、懐かしい彼の書いた文字。
それを見た途端、
私の胸はズキッと痛んだ。
私のお気に入りの本。
彼にも、貸した事があったな。
それは。
まだ、彼と私が恋人だった頃…。
彼はいつも私の隣で、
優しく微笑んでくれていた。
そんな、優しく、あたたかい記憶。
私が、どんなに戻りたいと願っても、
もう…戻れない、懐かしい日々。
彼は、二度と。
私を見てはくれないだろうけど。
だけど、彼への想いは、
忘れられない、いつまでも。
一年後
来年もこの桜が見れたらいいな、とか、
来年のクリスマスは、
プレゼントに何が欲しい、とか、
お前は、何の何気なく、平然と言う。
だが、俺には。
『来年』なんて、気軽に言えはしない。
来年どころか、数日後には。
戦場で斃れ、物言わぬ骸となり、
地面に転がっているかもしれない。
絶望の余り精神を病んで、
地下牢に閉じ込められているかもしれない。
誰かに襲われ、大きな怪我を負って、
死の淵を彷徨っているかもしれない。
生きる為だからと、自己正当化し、
犯罪に手を染めているかもしれない。
未来に希望なんか、持てやしない。
一年後を想像すると、
何時でも、最悪の事態ばかり、
頭の中を埋め尽くす。
だが。
俺が、一番怖いのは。
一年後。
お前の隣に別の男が立っている事、だとは。
…心底情けない。