初恋の日
お前の墓に花を手向けるのが、
いつの間にか、俺の日課になっていた。
お前の墓の前で、
俺は、お前に語り掛ける。
嬉しい事だけじゃない。
辛い事も、悲しい事も、
全てお前に、ぶち撒ける。
お前が居なければ、
俺はきっと、野垂れ死んで居ただろう。
お前が居たから、今の俺があるんだ。
いつもお前に手向ける花は、
決して華やかなものばかりじゃない。
それでも。
お前の誕生日、お前の命日、
そして、俺とお前が出逢った日は、
少しだけ華やかな花を手向ける。
俺がお前と出逢った日。
それは、
俺の…初恋の日、だから。
明日世界が終わるなら
罪悪感に雁字搦めになって、
まるで寝付けない、夜中。
寝床から這い出し、外に出る。
今夜は厚い雲が空を覆い、
月も星も、その姿を隠していた。
だが、月も星も見えない夜に、
私は心の何処かでほっとした。
月の灯りも、星の煌めきも、
こんな私には、余りに眩し過ぎるから。
そんな、星も月も姿を隠す夜の闇が、
私の罪や愚かさや後悔や醜さも、
覆い隠してはくれないだろうか。
そんな自分勝手な事を思う自分に、
呆れ果て、深い溜息を吐く。
明日など、来なければ良いのに。
眠れぬ夜が訪れる度に、そう思う。
もし、明日世界が終わるなら、
今夜だけは、
この、過去からの罪悪感からも、
今日の絶望感からも、明日への焦燥からも、
全ての苦痛から目を背けて、
眠りに就く事が出来るだろうに。
だが。
もし、本当に、
明日世界が終わるなら。
その時は、彼奴に一言だけ伝えたい。
…私と出逢ってくれて、有難う。
と。
君と出逢って
俺は昔から何をやっても、
全然、駄目な人間で。
こんな俺なんか、
何の役にも立たないなって、思ってて。
本を沢山読んで、知識を蓄えても、
失敗するのを恐れて、何も出来なくて、
普段の生活や仕事に、生かせないし。
身体を鍛えて、筋力をつけても、
実際のトラブルに遭遇すると、
怖くて、身動ぎ一つ出来やしない。
ホントに弱い人間なんだ。
だけど、君と出逢って。
俺は、少しだけ強くなった。
仕事が出来て、スポーツ万能で。
コミニュケーション能力もあって、
先輩からも後輩からも一目置かれる。
そんな君に、俺は憧れて。
少しでも君に近付きたい。
少しでも君に相応しい人間になりたい。
…そう思ったら。
少しだけ勇気を出して、
チャレンジ出来る様になったんだ。
だけど、一つだけ。
俺には、君と出逢って、
とても怖くなった事があるんだ。
それは。
…君に嫌われること。
こんな俺って。
やっぱり、駄目な男だよね。
耳を澄ますと
巻貝に耳を近付けて、耳を澄ますと、
波の音が聞こえるんだよ。
幼い私にそう教えてくれたのは、
まだ少年だった貴方でした。
当時の私は、海を見たことが無かったので、
本当の波の音を知りませんでした。
だから、巻貝の中から聞こえてくる音が、
幼い私の中では、本当の波の音でした。
あれから、時が過ぎ、
私は大人になって、本当の海を見ました。
そして、実際の波の音を聞きました。
色々な場所に旅をして、沢山の海に出会い、
様々な波の音を聞きました。
それでも。未だに。
私にとっては、幼い日に、
見たことのない大海原に憧れ、
巻貝にそっと耳を近づけて聞いていた、
あの偽りの波の音が、
『本当の波の音』なのです。
今夜も、静かなこの部屋で、
私は貴方の帰りを待ちながら、
巻貝をそっと耳にあて、耳を澄ませます。
聞こえてくるのは、小さな波の音。
そして。
…幼い私と貴方の声。
二人だけの秘密
私の掌の上には、
傷だらけの指輪が一つ。
鈍く光る指輪の内側には、
懐かしい君のイニシャルが、刻まれてる。
まだ、君と私が恋人だった頃の、
ペアリングの片割れ。
私と君の関係は、世間的には、
決して褒められる事ではなかったから。
お揃いの指輪を買っても、
堂々と指に嵌める事は出来ない。
それでも良いからと、
無理に買ったペアリング。
それは、切なくて甘い、二人だけの秘密。
だけど。ある日、君は私の元を去り、
私と君は、只の同僚に戻った。
あれから、年月が経って。
今は、あの頃と違って、
お互い立場もあるし、守るべきものも出来た。
だから。
私が幾ら、あの頃の関係に戻りたいと願っても、
叶わない事は、嫌という程分かってる。
それでも。私は。
今でも『二人だけの秘密』の片割れを、
棄てられずにいるんだ。