やりたいこと
友達に聞いた道をひたすら歩いていく。
そこには「夢を売る店」がある。
客は一定の時間だけ、見たい夢を見ることができる。
気に入らなければ代金は不要。
代金は全財産と、寿命十年分。
「ちょっと考えます」
そう言って、私は地下鉄に乗って帰る。
帰ると家族がいて、夕飯がもうすぐできるらしい。私は父に、自転車置き場の横の花壇に柵をつけてほしい、制服が雨で濡れたと文句を言う。
「じゃあ、週末まで待ってくれるか」と父は言う。明日も雨らしいからちょっと不満だが、まあ我慢しよう。父は約束を必ず守る。
ある夜、私はテレビドラマ『ER』を観ている。白衣を着たジョージ・クルーニーが何か話している。
「ちょっと話があるんだけど」と父が言う。何を言うか薄々分かっているので、私は目を逸らす。
「もしそれが観たかったら後でいいから」
「いや、いいよ」そして私たちは大切な話をする。父は決して嘘を吐かないので、「必ず治る」とは言わない。
私にとってだけ、時間はごく普通に流れていく。生まれて初めて学校が嫌な場所でなくなり、本来は今が人生で一番楽しい時なのだろうと思う。
ある日学校からの帰り道、少し前方に、何やら見覚えのある人が自転車を漕いでいる。その人は私と同じ道を進んで行き、見慣れた手製の柵のついた花壇の横に自転車を停める。
「外泊許可が出たから帰ってきた」と父が言う。夕飯は父の好物が出た。
このまま時間が止まるか、全部なかったことにならないかなと私は思う。それでも時間は過ぎて行く。
そして、また雨の季節がくる。
「お目覚めになりましたか? 内容にご不満は?」
「うん。…やっぱり、いい夢でした」
私はちゃんと代金を払う。
「…行ったまま帰らないようにはできないんですか」
「希望される方は多いですな。まだ技術的に不可能ですが」
「もしできるようになったら教えてください」
私は歩いて帰る。やりたいことができた幸福感は確かにある。
自分が突然、永久に失った日常に戻ること。それが私のやりたいことである。
ロバート・シェクリイの短篇
「夢売ります」を
自分に置き換えてみたものです
朝日の温もり
私の可愛い子は、しばしば唐突に質問を浴びせてくる。
「朝日がのぼってくる時は、日中よりも温かく感じられるものなんでしょうか」
「…それはなんて言うか、一般的な人間の心情としてっていうこと?」
「はい」
もっとまともな相手に訊いて欲しかったが、可愛いので許そう。
「殺人課の他の連中に訊いた方がいいと思うけど、小説や何かではそう描かれることが多いね」
「あなたの感じ方が知りたいです」
「私は全く感じないね。個人的には、朝日に温もりを感じられるのは幸福な人間だけだと思ってる」
「?」
「まず、彼らは朝ちゃんと起きてる」
「確かにあなたとは違いますね」
彼には正直という美徳がある。
「朝日は抑鬱状態の人に良い影響を与える、とよく云われるでしょ。日光を『朝日』と呼べる時間に浴びていて、そこに美や温もりを感じられる。つまり一定の生活リズムを保ち、周りを見る余裕がある。そういう人たちは少なくとも壊れてないんだよ。昼間働いてる人間だけを想定した話だけど」
「…その、今の自分は幸せなんだろうと考えています。生活リズムも一定しています。でも朝日から特定の印象は受けません。人間だったら違うんでしょうか」
「大丈夫、何なら私は毎朝うんざりしてるから」
「なぜですか?」
「徹夜明けもしくはよく眠れなかった時に朝日を見ると絶望するものなの」
「じゃあ今、幸せじゃないんですか…?」
「いや、間違いなく幸せだよ。でもそう…君が左腕をこっちへ、そう、これでより幸せになれそうだね」
彼は自分より少しだけ体温が高いので、くっつくととても気持ちがいい。
「温もりを感じます」
「いや、むしろ冷たいんじゃない?」
「多分幸せだからだと思います」
「それには同意するね。…私が寝付くまでこのままでいてくれる?」
「筋肉痛が心配です」
「寝付くまで。できれば朝起きた時もこの体勢を希望するね」
「わかりました。電気消しますね」
「ありがとう。…おやすみ」
「おやすみなさい」
珍しく、ぐっすりと眠った。
揺り起こされて気がつくと、瞼越しに朝日が燦々と降り注いでいる。気温の上昇を考慮にいれても、確かになかなか気持ちがいい。朝日は幸福感を増すことがある。それは理解したし、いつになく幸福を感じたので、少しの間寝たふりを続けることにした。
「諦めて起きてください」
束の間だが幸せだった。起こしてくれた礼とともにそれを伝えると、彼は「俺も幸せだと思います」と言ってくれた。
だがこんな日にも仕事かと思うと、何ならいつもよりうんざりする。そしてさっきまでくっついていた温もりが消えた途端に幸福感も半減したので、やはり朝日そのものに温もりはないんじゃないか、と考え始めている。
だがまあ、少なくとも昨日より自分は幸せだ。きっとこれからも。
世界の終わりに君と
世界の終わりに君と私、二人が生き残る。
手元にはパンが一つある。一つ食べれば、一人が一日ほど生きのびられる。
君は私よりずっと子供で、腹を空かせている。でも自分で思っているほど悪い子ではないから、駄々をこねたりはしない。
私は「半分こしよう」とパンを割る。君はすぐに食べてしまう。
もう半分を差し出すと、君は首を振る。私はパンをもう半分に割る。
「今お腹空いてないから、食べなさい」
そう言うと、君はやっとそれを受け取って食べる。眠くてたまらない。
「ちょっと疲れたから横になる。その間にお腹が空いたら、それも食べていいから」
君は応えない。目を閉じていても、君が食べたいのを我慢しているのがわかる。そう、君は必死に我慢している。君は自分が思っているほど、駄目な子じゃない。
翌朝、空腹のあまりパンに手を伸ばした君は、私が冷たくなっていることに気づく。
君がなるべく悲しまないことを、あまり苦しまないことを願っている。
こんな風に人に与える人を
昔 亡くしたことがあります
失恋
たぶん恋をしたことがないので
よくわかりませんが
「読まなければいけない本」が
全然面白いと思えない時が
それに 近いのではないかと思っています
裏切られたような気分と
良さが見出せないのは
自分に問題があるのではという気分とで
何だか 背筋が屈みます
こんな時は ちょっとだけ
この仕事が嫌になります
正直
正直に白状します
いただいた❤︎の数を
作品数で割ったことがあります
想像より少しだけ 多かったです
でもなんだか
大事なものをすこし
失くしたような気がするので
もうしません