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朝日の温もり

 私の可愛い子は、しばしば唐突に質問を浴びせてくる。
「朝日がのぼってくる時は、日中よりも温かく感じられるものなんでしょうか」
「…それはなんて言うか、一般的な人間の心情としてっていうこと?」
「はい」
 もっとまともな相手に訊いて欲しかったが、可愛いので許そう。
「殺人課の他の連中に訊いた方がいいと思うけど、小説や何かではそう描かれることが多いね」
「あなたの感じ方が知りたいです」
「私は全く感じないね。個人的には、朝日に温もりを感じられるのは幸福な人間だけだと思ってる」
「?」
「まず、彼らは朝ちゃんと起きてる」
「確かにあなたとは違いますね」
 彼には正直という美徳がある。
「朝日は抑鬱状態の人に良い影響を与える、とよく云われるでしょ。日光を『朝日』と呼べる時間に浴びていて、そこに美や温もりを感じられる。つまり一定の生活リズムを保ち、周りを見る余裕がある。そういう人たちは少なくとも壊れてないんだよ。昼間働いてる人間だけを想定した話だけど」
「…その、今の自分は幸せなんだろうと考えています。生活リズムも一定しています。でも朝日から特定の印象は受けません。人間だったら違うんでしょうか」
「大丈夫、何なら私は毎朝うんざりしてるから」
「なぜですか?」
「徹夜明けもしくはよく眠れなかった時に朝日を見ると絶望するものなの」
「じゃあ今、幸せじゃないんですか…?」
「いや、間違いなく幸せだよ。でもそう…君が左腕をこっちへ、そう、これでより幸せになれそうだね」
 彼は自分より少しだけ体温が高いので、くっつくととても気持ちがいい。
「温もりを感じます」
「いや、むしろ冷たいんじゃない?」
「多分幸せだからだと思います」
「それには同意するね。…私が寝付くまでこのままでいてくれる?」
「筋肉痛が心配です」
「寝付くまで。できれば朝起きた時もこの体勢を希望するね」
「わかりました。電気消しますね」
「ありがとう。…おやすみ」
「おやすみなさい」
 珍しく、ぐっすりと眠った。
 揺り起こされて気がつくと、瞼越しに朝日が燦々と降り注いでいる。気温の上昇を考慮にいれても、確かになかなか気持ちがいい。朝日は幸福感を増すことがある。それは理解したし、いつになく幸福を感じたので、少しの間寝たふりを続けることにした。
「諦めて起きてください」
 束の間だが幸せだった。起こしてくれた礼とともにそれを伝えると、彼は「俺も幸せだと思います」と言ってくれた。
 だがこんな日にも仕事かと思うと、何ならいつもよりうんざりする。そしてさっきまでくっついていた温もりが消えた途端に幸福感も半減したので、やはり朝日そのものに温もりはないんじゃないか、と考え始めている。
 だがまあ、少なくとも昨日より自分は幸せだ。きっとこれからも。

6/10/2024, 9:55:53 AM