昔から、本音を言うのが苦手だった、
「あれがしたい」「これがいい」「それは嫌だ」
そんな簡単なことが言えなくて、周りに合わせることは一人前で。
自分を出さない方が大体上手くいくから。
本当の自分を見せなければ傷つくこともないから。
ずっと、そうやって生きてきたのにーー
「あんたはどうしたいんです?」
風変わりな彼が、私の目を見てそう問いかける。
いつも通り、周りに合わせて取り繕っていたのに。
私の意見なんて、伝えたところで大したものじゃないのに。
「わ、私は……」
本音を言おうとすると、声が震えて、言葉が詰まる。
今まで自分を出してこなかった罰だろうか。
「ゆっくりでいいですよ」
それなのにいつも、嫌な顔ひとつせずに私の言葉を、正直な気持ちを聞いてくれる。
「あんたのアイデアのおかげで助かりました。ナイスです」
私の考えをまっすぐに認めてくれる。
そんな彼に伝える、嘘偽りのない、私の正直な気持ち。
「私を見つけてくれてありがとう。あなたがいてくれてよかった」
お題『正直』
私は、雨の日が好きだ。
雨の日特有のあの香り。
ポツポツと部屋の屋根を叩く音。
五月蝿いはずなのにどこか静かに感じられる。
そんな特別で素敵な日。
だけど、そう思ってるのは私だけみたいでーー
「うわぁ、今日も雨じゃん。もう梅雨入りかなぁ」
「マジで髪うねって調子悪いんだけど!せっかく綺麗に巻けたのに萎える」
「今日傘持ってきてないし、マジだるい〜」
みんなは雨が嫌いらしい。
(たしかに髪が崩れるのは嫌だけど、雨も悪くないのにな…)
まぁ、感じ方はそれぞれだから仕方ない。
それはさておき、こういう雨の日にだけやってみることがある。
放課後、人の寄りつかない秘密の空き教室。
その静かな空間で、少しだけ窓を開けて、そっと目を閉じて耳を澄ます。
そうすると雨の音が、香りが、全身で感じられるから好きだ。
ガラガラガラ……
秘密の教室の扉を開けると、珍しく先客がいた。
見たことない男子生徒。おそらく下級生だろう。
「あっ、すみません」
「いえいえ、こちらこそ。この教室、使いますか?」
「いえ、他の教室を使うので大丈夫です。失礼しました……」
「あっ、待ってください。先輩、よくここに来てますよね。雨の日に」
「えっ」
なんでそんなことを知っているのだろう。
この人とは会ったことがないはずなのに。
「僕も、雨の音とか聴いてると落ち着くので、こういう日はよく残って勉強してるんです。毎回空き教室を探したりして」
「……!わ、私もこういう日はよく残ったりしてて、自分以外に雨が好きな人、初めて会いました。珍しいですね」
「先輩こそ」
そうして、少しだけ雨の話をして、雨に浸って、その日は帰った。
また雨の日は会えるかもしれない。
雨がたくさん降るこの季節、またひとつ、秘密が増えた。
お題『梅雨』
「〇〇ちゃんって、本当に純真無垢!って感じだよね〜!」
「なんでそんなに優しいの!」
こういう言葉をよく言われる。
人に優しくすると感謝されて、所作を丁寧にすると清楚に見られる。
悪口を言わないように気をつければ、性格がいいと言われる。
みんながふざけて下品なことを言っている中で、困ったように笑えば純粋だと言われる。
そういう私を演じている。
だって、そうすればみんな私のことを嫌いにならないでしょう?
親切に穏やかに接して損はないから。
「心が綺麗だね」って、私の腹の中を知ってもそんなことが言えるのだろうか。
この世界で本当に無垢な人間は幼い子どもくらいだと思う。
無垢な人なんていない。そう見える人がいるなら、その人は“無垢を演じるのが上手い人”だろう。
「〇〇ちゃん、ありがとう!助かったよ〜!」
「純粋な〇〇ちゃんに変なこと言わないで!!」
今日も私は無垢な良い人を演じる。
真っ赤な嘘で塗り固められた、無垢な私を。
お題『無垢』
その日、私は何も言わずに家を出た。
持ち物は、僅かな財産を詰め込んだ財布と電車に乗るためのICカードだけ。
時刻表も何も見ず、その時ちょうどきた電車に乗り込んだ。
行き先は決めていない。
気が済むまで、行けるところまで行こう。
田舎の電車は空いていて落ち着く。
ガタンゴトン
電車に揺られて、ぼーっと窓の外を眺める。
あぁ、自由ってこんなにも良いものなのか。
なんでもっと早く実行しなかったのだろう。
この小さな逃避行が、ずっと続くなんて思ってないけど。
今はもう少しだけ、この自由で終わりのない旅を楽しもう。
お題『終わりなき旅』
「あの時はごめんね」
ある日、母に告げられた言葉。
私が年長さんになったばかりの頃のこと。
母と父はよく喧嘩をしていたと思う。
泣く母に対して「大丈夫?」と言いながら、なんで泣いているのかも、なぜ毎日喧嘩しているのかもよく分からず、ひたすらそばに寄り添っていた。
いつかは仲直りできる。
幼い心でそう信じていたのに、
……ある日、母は泣きながら家を出て行った。
その時、悲しかったのか腹が立ったのか。
今となっては何も覚えていないけれど、まだ言葉も話せない幼い妹が玄関先で泣き叫ぶ声と、父が無言で立ちすくんでいたことだけはよく覚えている。
あれから15年ほど経って、私は20歳になった。
離婚してからも母とは定期的に面会していたけれど、もう成人したということもあり、私の好きな時に会えるようになった。
そんな時、誕生日を祝いたいからどこかで食事でもしようと母に誘われた。
ずっと気になっていた、華やかケーキが人気の喫茶店。
そんな憧れのケーキを食べていた時、母はぽつぽつとあの頃のことを話し始めた。
自分ルールが強い父と共に暮らすのが窮屈だったこと。
自由が欲しくて、家を飛び出してしまったこと。
幼い私たちよりも自分を優先してしまったことへの後悔。
数年前に、別の男の人と再婚した時、寂しい思いをさせたことへの謝罪。
そんな話を、涙ながらに聞かされた。
「確かにお父さん、そういうところあるもんね。仕方ないことだし、私は全然気にしてないよ!なんだかんだ今が楽しいから平気だよ!」
我ながら、嘘をつくのが上手くなったなと思う。
ニコニコと表情を崩さず、自分の心に蓋をして、相手の欲しがっている言葉をかける。
それが、20年間生きてきて身につけた生きる力。
確かに小さい頃は寂しかったけれど、今となっては最早“どうでもいい”。
(謝罪の気持ちよりも、自分がそれを伝えて楽になりたいから言ってるんだろうな。謝られたって、過去は変わらないのに)
なんて、素直に受け取れず、こんなことを思ってしまう自分が嫌になる。
こんな自分でごめんね。
お題『ごめんね』