猫とモカチーノ

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6/2/2024, 3:44:03 PM

昔から、本音を言うのが苦手だった、

「あれがしたい」「これがいい」「それは嫌だ」
そんな簡単なことが言えなくて、周りに合わせることは一人前で。

自分を出さない方が大体上手くいくから。
本当の自分を見せなければ傷つくこともないから。

ずっと、そうやって生きてきたのにーー

「あんたはどうしたいんです?」

風変わりな彼が、私の目を見てそう問いかける。

いつも通り、周りに合わせて取り繕っていたのに。
私の意見なんて、伝えたところで大したものじゃないのに。

「わ、私は……」

本音を言おうとすると、声が震えて、言葉が詰まる。
今まで自分を出してこなかった罰だろうか。

「ゆっくりでいいですよ」

それなのにいつも、嫌な顔ひとつせずに私の言葉を、正直な気持ちを聞いてくれる。

「あんたのアイデアのおかげで助かりました。ナイスです」

私の考えをまっすぐに認めてくれる。

そんな彼に伝える、嘘偽りのない、私の正直な気持ち。

「私を見つけてくれてありがとう。あなたがいてくれてよかった」


お題『正直』

6/1/2024, 11:13:55 AM

私は、雨の日が好きだ。

雨の日特有のあの香り。
ポツポツと部屋の屋根を叩く音。
五月蝿いはずなのにどこか静かに感じられる。

そんな特別で素敵な日。

だけど、そう思ってるのは私だけみたいでーー

「うわぁ、今日も雨じゃん。もう梅雨入りかなぁ」
「マジで髪うねって調子悪いんだけど!せっかく綺麗に巻けたのに萎える」
「今日傘持ってきてないし、マジだるい〜」

みんなは雨が嫌いらしい。

(たしかに髪が崩れるのは嫌だけど、雨も悪くないのにな…)

まぁ、感じ方はそれぞれだから仕方ない。


それはさておき、こういう雨の日にだけやってみることがある。

放課後、人の寄りつかない秘密の空き教室。

その静かな空間で、少しだけ窓を開けて、そっと目を閉じて耳を澄ます。

そうすると雨の音が、香りが、全身で感じられるから好きだ。

 ガラガラガラ……

秘密の教室の扉を開けると、珍しく先客がいた。
見たことない男子生徒。おそらく下級生だろう。

「あっ、すみません」
「いえいえ、こちらこそ。この教室、使いますか?」
「いえ、他の教室を使うので大丈夫です。失礼しました……」
「あっ、待ってください。先輩、よくここに来てますよね。雨の日に」
「えっ」

なんでそんなことを知っているのだろう。
この人とは会ったことがないはずなのに。

「僕も、雨の音とか聴いてると落ち着くので、こういう日はよく残って勉強してるんです。毎回空き教室を探したりして」
「……!わ、私もこういう日はよく残ったりしてて、自分以外に雨が好きな人、初めて会いました。珍しいですね」
「先輩こそ」

そうして、少しだけ雨の話をして、雨に浸って、その日は帰った。

また雨の日は会えるかもしれない。
雨がたくさん降るこの季節、またひとつ、秘密が増えた。


お題『梅雨』

5/31/2024, 1:15:18 PM

「〇〇ちゃんって、本当に純真無垢!って感じだよね〜!」
「なんでそんなに優しいの!」

こういう言葉をよく言われる。

人に優しくすると感謝されて、所作を丁寧にすると清楚に見られる。
悪口を言わないように気をつければ、性格がいいと言われる。
みんながふざけて下品なことを言っている中で、困ったように笑えば純粋だと言われる。

そういう私を演じている。

だって、そうすればみんな私のことを嫌いにならないでしょう?

親切に穏やかに接して損はないから。

「心が綺麗だね」って、私の腹の中を知ってもそんなことが言えるのだろうか。

この世界で本当に無垢な人間は幼い子どもくらいだと思う。

無垢な人なんていない。そう見える人がいるなら、その人は“無垢を演じるのが上手い人”だろう。

「〇〇ちゃん、ありがとう!助かったよ〜!」
「純粋な〇〇ちゃんに変なこと言わないで!!」

今日も私は無垢な良い人を演じる。
真っ赤な嘘で塗り固められた、無垢な私を。


お題『無垢』

5/30/2024, 1:34:45 PM

その日、私は何も言わずに家を出た。

持ち物は、僅かな財産を詰め込んだ財布と電車に乗るためのICカードだけ。

時刻表も何も見ず、その時ちょうどきた電車に乗り込んだ。

行き先は決めていない。
気が済むまで、行けるところまで行こう。

田舎の電車は空いていて落ち着く。

ガタンゴトン

電車に揺られて、ぼーっと窓の外を眺める。

あぁ、自由ってこんなにも良いものなのか。
なんでもっと早く実行しなかったのだろう。

この小さな逃避行が、ずっと続くなんて思ってないけど。

今はもう少しだけ、この自由で終わりのない旅を楽しもう。


お題『終わりなき旅』

5/29/2024, 12:50:15 PM

「あの時はごめんね」

ある日、母に告げられた言葉。

私が年長さんになったばかりの頃のこと。

母と父はよく喧嘩をしていたと思う。
泣く母に対して「大丈夫?」と言いながら、なんで泣いているのかも、なぜ毎日喧嘩しているのかもよく分からず、ひたすらそばに寄り添っていた。

いつかは仲直りできる。
幼い心でそう信じていたのに、

……ある日、母は泣きながら家を出て行った。

その時、悲しかったのか腹が立ったのか。

今となっては何も覚えていないけれど、まだ言葉も話せない幼い妹が玄関先で泣き叫ぶ声と、父が無言で立ちすくんでいたことだけはよく覚えている。

あれから15年ほど経って、私は20歳になった。

離婚してからも母とは定期的に面会していたけれど、もう成人したということもあり、私の好きな時に会えるようになった。

そんな時、誕生日を祝いたいからどこかで食事でもしようと母に誘われた。

ずっと気になっていた、華やかケーキが人気の喫茶店。
そんな憧れのケーキを食べていた時、母はぽつぽつとあの頃のことを話し始めた。

自分ルールが強い父と共に暮らすのが窮屈だったこと。
自由が欲しくて、家を飛び出してしまったこと。
幼い私たちよりも自分を優先してしまったことへの後悔。
数年前に、別の男の人と再婚した時、寂しい思いをさせたことへの謝罪。

そんな話を、涙ながらに聞かされた。

「確かにお父さん、そういうところあるもんね。仕方ないことだし、私は全然気にしてないよ!なんだかんだ今が楽しいから平気だよ!」

我ながら、嘘をつくのが上手くなったなと思う。
ニコニコと表情を崩さず、自分の心に蓋をして、相手の欲しがっている言葉をかける。
それが、20年間生きてきて身につけた生きる力。

確かに小さい頃は寂しかったけれど、今となっては最早“どうでもいい”。

(謝罪の気持ちよりも、自分がそれを伝えて楽になりたいから言ってるんだろうな。謝られたって、過去は変わらないのに)

なんて、素直に受け取れず、こんなことを思ってしまう自分が嫌になる。

こんな自分でごめんね。


お題『ごめんね』

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