歌い方って案外人が出ると思わないか?
今でもたまに思い出す、彼女に振られた夜にお前が歌ってくれたOne more time one more chance。煽ってんのかって怒ったけど、それから彼女のことが頭をよぎるたびお前の歌が一緒に思い浮かんだよ。
大学卒業して何年か経って、彼女と再会したよ。あの時もお前が歌った歌が頭の中に流れたな。
もう一回ってはっきり思ったわけじゃないけど、彼女とはやり直すことになった。
今度はたぶん続くと思う。というより、続いて欲しいって俺は思ってる。
近々、紹介するよ。面倒くさがらないで、予定を空けてくれよな。
旅人はいつからか街に現れて、やがてそこを去っていった。
親切にしてくれた人も喧嘩ばかりしていた人も、
別れを告げた人も告げられなかった人も、
今はたださようなら。
日常に紛れてしまえば、彼の存在はあまりにもささやかで、
新しい朝が来る頃には、きっとみんな忘れてしまう。
彼が街に残したものは、ほんの小さな友情といっときのお祭り騒ぎ。
いつか懐かしく思うかもしれない記憶は、今はまだ思い出と言うには新しすぎて。
いつか、日常の隙間に思い出すだろう。
君の名前を呼ぶだろう。
そのときもきっと君は旅の途中。
この空の下、道の先。
卒業は別れの時じゃない、と誰かはそう言ったけど。
私はそうは思わない。
だってさよなら。大好きな人。
何も言えなかった恋。
私は、あなたの何の特別でもないから。
きっとここで一生のさよなら。
「仕方ないことだったのよ。私も悪いところがあったから」
そんな、私にとっては軽すぎると思える一言で、あなたはあの人を許してしまった。
いまさら言ってもしょうがないって。もう過ぎてしまったことは戻らないからって。諦めの言葉を残して、戦うのを止めてしまった。
小さく丸まったその肩に、力をなくしたその拳に、私は叫びたくなる。
「嘘つき! 許してなんかないくせに! アイツが悪いと思ってるくせに!」
理不尽に踏みにじられた心を、なんであなたが守ってやらないのか。涙をのんで、無理やり笑って、そのたびズタズタに切り裂かれる心に気が付かないのか。
馬鹿野郎。わかってるよ。
自分の馬鹿さも、無力さも。私も誰かさんみたいに口がうまけりゃな。あの子みたいに器用に立ち回れたらな。最初から生まれる場所が違ってりゃこんなことにはならなかっただろうか。
でも、でもしょうがないじゃないか。私は私に生まれたんじゃないか。しょうもない私だけど、この世でたった一人の私に生まれたんじゃないか。
私は許さない。全身全霊あの人を憎んでやる。私の中の真実を失わせたりはしない。
そうだ私があなたの最後の希望になってやる。
君が手紙を送ってくれた、ともう一週間も前に聞いたのに、手紙はまだ届かない。
誕生日には間に合わないかも。そういった君の言葉通り、めでたい日は昨日過ぎてしまった。
ホテルのフロントは、この一週間毎日手紙は来てないか聞きに来る私に呆れ顔を通り越して、ややうんざりした顔をする。でも、仕方ない。私は今日も確かめる。
エレベーターを下りて、フロントに向かうと私の顔を見て、いつものホテルマンがぱっと顔を明るくした。それだけで分かった。君の手紙が届いたんだ!
君の手紙は厚手の赤い封筒だった。最近はオンラインのメッセージばかりで、あまり見てなかった君の字がローマ字で私の名前を綴っている。
私はドキドキしながら部屋に戻った。何が書いてあるだろう。早く君に届いたと伝えなくちゃ。私は胸に抱いていた手紙を、もう一度しっかりと見た。
ただひとつはっきりしてることは、この手紙を私が一生の宝物にするだろうということだ。