落ちていく、深い沼の中へ。
怖いとは思わない。だってそっちのほうが楽だから。
それでもやっぱり、時々人肌が恋しくなることがある。
その度に大切な人ができて、消えて。
その度に堕ちていく、深い沼の中へ。
おちることは怖くない。でも、忘れることは、凄く怖い。
シーマが忘れれば、もうその人のことを想うことも感じることもできなくなってしまう。
それに、その人が生きていたという事実まで消えてしまいそうで………怖い。
もしかしたら、もう忘れてしまっているのでは?そう考える度に泣きそうになってくる。
だから、シーマは落ちる。
独りぼっちの、深い深い場所まで。
………いつかまた繰り返すと分かっていても。
(ああ、抜け出せないなぁ………)
ーこの沼からは。
ー落ちていくー
シーマ・ガーベレル
最初は凄く混乱した。
死んだはずなのに気がつけば知らない場所に、知らない人。そして知らない自分。
たがすぐに自分が生まれ変わったのだと気付いた。
比喩じゃなくて、物理的に。
神様もずいぶんといたずらっ子なようで、おれは“おれ”ではなくなっていた。これも比喩じゃなく、物理的に。
おれはこの世界の知識を得るために城の中にある図書館に籠もり、歴史などの書物を読み漁った。
しかし、そこで気づいてしまった。
本当に自分が普通ではないことを。そして、普通でなければいけないことを。
おれが普通じゃないことがバレればどうなるか分からない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう………
ーおれは、どうすればいいの?
そう問いかけ、すがりつける相手などいるはずもなく、その問いが口から出ることは無かった。
…………………演じなければ。
“おれ”がバレないように。“私”を演じなければ。
大丈夫、きっとできる。
ろくに人と関わって来なかったけど、唯一一人だけ、女性としての人物像が撮れている人がいる。
彼女のようになれるとは微塵も思わない。それでも、演じよう。
見てくれだけでも繕って、“私”をー
ーロコ・ローズを演じよう。
ーどうすればいいの?ー
ロコ・ローズ
?? ??
一人きりの部屋の中、小さい炎が揺れる。
この前買ったばかりの灯りが灯ったキャンドルからは、仄かにラベンダーの香りがしてくる。
香りに満たされる部屋とは反対に、シーマの心はどうしようもない虚無感に満たされる。
どうせシーマには時間がいくらでもあるのだ。無くならないキャンドルの研究でも始めてみようか。
そんなことを考えながら、ただただ揺れる炎を見ていた。
(何だか人ってキャンドルと似てるな)
不意にそう感じた。
火が灯っている間はとっても綺麗で、まるでずっと輝き続けているように思てくる。
しかし、必ず終わりが来て、二度と戻って来る事は無い。
(あーあ……)
独りって、こんなに寂しいんだ。
ーそれからまた数年後、リースと出合い、意味ない研究なんかよりもワクワクな旅が始まることを、シーマはまだ知らない………………
ーキャンドルー
シーマ・ガーベレル
最近は指先が震えるほど寒くなってきた。
この時期は家の近くで知らない人をたくさん見かけるようになる。
母様によれば、どうやら私たちの国は冬には力が弱まるらしいから、他の国から人を雇うらしい。
魔力がなんとか?とか言ってたけど、ちょっと難しくてよく分かんなかった。
それに、私も外に行ける機会が減るから冬はつまんない。
(あーあ、また冬になっちゃうなー)
私が窓に張り付きながら外を見ていると、母様が後ろから声をかけてきた。
「……もうすぐ冬になるわね」
「うん」
「今年はね、とっても寒くなるから雪が降るらしいの」
「ゆき?あの白くて冷たいやつ?」
「そ。積もったら、一緒に遊びましょう?」
「!本当!?」
その言葉に私は窓から離れて母様の方を見る。
「えぇ、本当よ」
「やったー!」
それを聞いた私はさっきまでとは全く違う気持ちで窓の外を眺めた。
(早く冬にならないかなー)
ー冬になったらー
ライト・オーサム
「にゃぁ~」
「?」
リースと共に街を歩いているとどこかから弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
「この声……どこからだろ」
「……ねえ、どこにいるのー!?」
「ほわっ…と」
どこにいるか探そうとすると、隣りにいたリースがいつもより大きな声を出して動物に呼びかけた。
リースにしては大きい声とあまり聞き慣れないタメ口に驚いてしまった。
「……にゃぁ」
「こっち?」
リースは狭い路地の中へ入って行った。
(……何だかリース、動物の言葉が分かってるみたい)
リースの行動を見ていると、なんとなくそう思った。
シーマも後を追いかけようかと思っていたら、リースが子猫を抱えて出てきた。
「リース、その子って……」
「怪我をして、動けなくなってしまっていたらしくて……もう怪我は治したので、大丈夫ですよ」
「そっか〜、よかった〜」
リースは子猫に一言掛けてから地面に放した
子猫はまた「にゃぁ」と鳴いたあと、何処かへ行ってしまった。
「リースは優しいねー」
「そ、そんなことないですよ……」
「ところで、どうしてねこちゃんがあそこにいるってすぐ分かったの?」
「え?…そ、それは………その」
シーマが聞くとリースは口籠ってしまった。
「あ、無理に聞くつもりはないから!」
そう誤魔化して、シーマはリースの前を歩き始めた
うーむ、中々リースはガードが固い
未だずっと敬語だし……何だかタメ口を使ってもらえた子猫に負けた気分だ(←流石に考えすぎかな?)
(リースには、もう少し心を開いてもらえると嬉しいんだけどなー)
せめて、タメ口を使えるぐらいには♪
ー子猫ー
シーマ・ガーベレル