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2/3/2024, 4:31:13 PM

百年先も愛を誓った歌があったが、実際千年も生きてみれば人の命は儚いもので、瞬きをする間もなく死ぬのだ。築き上げた記憶は砂のように崩れ去り、「昔話」として語り継がれることなく己の中の片隅に仕舞われていく。果たして自身の隣でいつもニコニコと笑っていたものは何だったか。顔も、声も、匂いも、仕草も、忘れてしまった。
瞬きをしている合間に流行が変わり、欠伸をしている合間に世代が変わる。長く生きることは退屈であると思っていたが、目まぐるしく変わる景色は見ていて楽しい。しかし同じ景色を見て、笑いあえると信じた相手は一晩経たぬうちに老いて死んだ。
儚いものだ。
しみじみと思う。愛を誓ったならば同じぐらい生きてほしいものだが、無理難題、諸行無常、人という生き物は短命で、脆くて、それでいてただでさえ短い一生を死に急ぐのだからなかなかどうして面白い。

2/2/2024, 3:25:57 PM

「この花が好き」
そう云ったのは誰だっただろうか。母親だったか、それとも隣に住んでいた幼馴染だっただろうか、はたまたクラスが一緒だった影の薄い同級生だったか。小さな花弁が北風に吹かれて、今にも散ってしまいそうなか弱い見た目をしているが、以外にも図太いらしく花弁一つ土の上には落ちていない。耐寒性に優れた花ではあるが、花期は春頃だったように記憶している。
めずらしい。
しげしげと眺めて、はて、どうしてそんなことを知っているのかと不思議に思う。園芸に興味はないし、花に関心があるわけでもない。なのに、なぜ。
「花言葉って知ってる?」
ああ、そうだ。誰かがこの花を育てていたのだ。しかし、それが誰だったのか思い出せない。致命的だ。姿も、声も、覚えていない。だというのにこの花に感する記憶だけは一丁前に覚えている。

勿忘草、花言葉

調べてみるとすぐに検索結果が出てきた。あっ、

2/1/2024, 1:55:21 PM

キコキコ キコキコ
ぶらり ぶらり
夕暮れに一人 影を見下ろす
黄昏れた 草臥れた男の
「働きたくない」
という戯言を 嘲るようにカラスが鳴いた
ついた足で後退する
地面を蹴って 鎖を揺らす
ぐらり ぐらり
振り子のごとく
最高点にたどり着いたら
飛んでみようか
そんな勇気もないくせに
思考ばかりは一丁前の
くだらない人生を 嘲るようにカラスが鳴いた

1/31/2024, 2:12:50 AM

これを、と手渡された小さな箱に首を傾げた。小綺麗に包装されたそれは日常的に貰うには気張りすぎているし、記念日の贈り物としては控えめに見える。何より軽い。
「開けてみて」
促されて、リボンを引っ張る。するすると解けていったリボンを楽しげに見つめて、彼女はうふうふと笑う。包装紙を剥がし、姿を表したのは白い無表情な箱だった。さあさあ、と先を急かされるままに蓋を開ける。
「何も入ってないじゃん」
「そう、まだ何も入ってない」
「まだ?」
彼女は目を細めたまま、細い、しかして柔らかな腕を首に絡めてきて、まつげが触れ合いそうなほど顔を近づけてきた。
「これから一緒に入れていくの。嬉しいことも、楽しいことも、嫌なことも。たくさんの思い出を貴女と入れていくの」
彼女はそう云ってピンクに彩った唇を少しだけ突き出した。強請られている。可愛らしいおねだりに応えてあげたいが、それよりもまず彼女の意図を正しく組み取れているかどうかを確かめなければならない。
「ねえ」と自身の上着のポケットからベルベットに包まれた箱を取り出した。「もしかしてわかってた?」
「あら、私の気持ち、ちゃんと届いていたの?」
「もちろん」

1/11/2024, 4:10:36 PM

また待ちぼうけだ。いくら待っても約束通りの時間に来やしない。駅前の時計塔の下で体を震わせること、かれこれニ時間ばかし経とうとしていた。「久しぶりに遊ぼうよ」と連絡をもらい、浮足立って今日を迎えたというのに何だこの虚しさは。寒さが身に沁みて涙が出そうになる。

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