香草

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1/19/2026, 3:05:12 AM

「閉ざされた日記」

実家が引っ越しするとのことで学生ぶりに帰ってきた。10年ぶりだろうか。特に両親と仲が悪かったわけでない。田舎ではあるが地元が嫌いなわけではない。
ただ地元にいると自分の若気の至りというか、数々の黒歴史を思い出して息苦しくなるのだ。
喧嘩とかではなくわざと殴って開けた壁の穴、学習机にデカデカと彫った"LOCK'N ROLL"の文字、バレンタインでもらった義理チョコの包装紙。
懐かしいが直視もできないものたちをできるだけ思い出したくなかったのだ。
この際全て捨ててしまおうか。懐かしい想いに浸りながら押し入れを整理していく。
ふと卒業アルバムの隙間にノートが挟まっているのを見つけた。
忘れたことはなかった。
けれどこれもずっと直視できなかったものだ。
そっとページをめくる。懐かしい筆跡と自分の変わらない筆跡が並んでいる。
ああ、このあだ名はあいつしか呼んでなかったな。
バカみたいな話題ばっかりだ。唇に力を入れる。
最後のページは自分の筆跡で終わっていた。
よれて乾いたページにまた涙が落ちる。
ずっと覚えていても思い出したくないこともある。
忘れられなくても直視できないものがある。
黒歴史とはそういうものだ。

1/16/2026, 5:14:08 PM

「美しい」

周りを見る余裕なんてあるはずない日々でなぜか忘れられない景色がある。
夜中に起こったトラブルのせいで早朝から会社に呼び出されたときのことだ。
喉を掻きむしりたくなるような焦りとぶつけようがない怒りで早足でいつものコンビニを通り過ぎるころ、ちょうど朝日がコンビニの上から顔を出して目背けた。その視線の先に色が抜け切った髪に寝癖をつけて、首に白いタオルを巻いて汚れた作業服を着たおじさんがいたのだ。
ちょうどタバコを吸い終わったのか立ち上がって灰皿に押し付ける。車に戻ろうとしたところで私と同じように朝日に照らされた。
スポットライトが当たった舞台上の俳優のように眩しく照らされているのに、目も背けない。むしろ太陽な挑むかのような目つきで背筋を伸ばした。
その様子がとても忘れられない。
私が怒れるほどの朝から覚悟を決めて一日に挑む。
これが日常、だがやってやんよとでもいうような余裕。
その姿はこれまでに見たどんな景色よりも美しかった。

1/15/2026, 3:48:27 PM

「この世界は」

あくびをしているときにチャイムが鳴った。
急いで髪を撫で付けてドアを開ける。
少し微笑んだお兄さんの首には汗が滲んでいた。
荷物を受け取ると海外に住む友人からだった。
スパイスなのか香水なのか独特な香りがする。
狭い6畳間に世界が広がる。
ドアの向こうでは宅配のトラックが発車する音がする。このドアの向こうに世界が広がる。
この世界は今も動いている。

1/14/2026, 10:44:05 AM

「どうして」

コンビニの看板が光り出す時。
道路の蛍光灯がチカチカし出す時。
信号が少し眩しくなるとき。
友達と別れて一人になる時。
いつもより体温を感じない電車に乗った時。
自分の体の輪郭がはっきり見えたとき。
車のヘッドライトがまだ気まずそうな時。
なぜだか一日の中で一番心細くなるのだ。

1/9/2026, 9:38:16 AM

「色とりどり」

ネオンに彩られた店内はまるでクラブのようで酔えるもんも酔えない。映える居酒屋に行こうと誘われてついてきたはいいが1秒ごとに色が変わるネオンに疲れてしまった。
会計しとくから、と自撮りしまくっている友達を外に追い出した。
ふと財布を出す手が止まる。
それは店員の彼女の服と頭がありえないほど奇抜だったからではない。
「小学校…一緒だった…?」
おそるおそる声をかけると驚きで目が大きく開かれた。
私は鳥肌が立った。
クラスに一人はいるおしゃれな女の子だった。
ゆるくウェーブした髪にスパンコールで「SMILE」と書かれたスウェットを着て小学生ながらスキニージーンズを着こなしていた。
新しいものや可愛いものをたくさん持っていて人気者だった。そこまで仲がいいわけではなかったけれど、何人かでお揃いのものを持ってたりした。

「久しぶりじゃーん」
じゃらじゃらと指輪を鳴らして親しげに手を振る。
なんていうスタイルなんだろう?ストリート?ロリータ?ダメージ加工されたTシャツにふわふわのパニエとビビッドピンクのスカートを合わせている。
まさにちくはぐだけれど、ネオン映えを売りにしている独特な居酒屋だから浮いていない。
しかし彼女から目が離せないのはその服装のせいではなかった。
まるで万華鏡のような瞳だった。人形の目に使われるビー玉のような。
白目がほとんど見えない大きな瞳でネオンに照らされているのかくるくると色とりどりの虹彩が回る。
おそらくカラーコンタクトレンズなんだろうけど、じっと見てると催眠術をかけられそうだ。
まるで人ならざるもののような感じがして私は早々に店を後にした。
後日親に彼女のことを話した。母親はありえない、というように眉をひそめた。
「あの子亡くなってるわよ。モデル撮影のスタジオで火事があって。遺体も残らなかったって事務所から連絡があったそうよ」

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