「贈り物の中身」
気まぐれに天使が自分の羽を下界に落とす。
それを見つけた人間は願いが叶ったり、いい気分になったり、ちょっとした奇跡につながる。
そんな羽を1人コツコツと集めて隠し持っている者がいた。
彼女は美しい鳥で、美しい天使に憧れていた。天界こそが自分の居場所だと信じて疑わなかった
「こんなにも羽が集まるということはやはり天使になるのにふさわしいということね」
不遜な彼女はこれまでに落ちた奇跡を眺めて天界に行くのを待った。
そしていざ天寿を全うし神の審判の場で申した。
「これまでこんなにも天使の羽を集めてまいりました。天界で一番美しい天使になりたいのです!」
神は少し考えてこう告げた。
「お前は羽を集めるだけで天界に来ようとしなかった。夢を叶えるのは少しの奇跡でも掴み取ろうとしている者だけだ」
子供の姿をした天使たちが悪戯っ子のようにクスクスと笑った。
「凍てつく星空」
土星のホッキョクグマは空にかかる大きな橋を見上げた。
他の星々のホッキョクグマは温かな太陽のそばでのびのびと暮らしているというのに、どうして僕だけこんな裏寂しい冷たい大地に生まれてしまったんだろう。
大きなリングのせいで太陽も見えない。
たまに顔を見せてもすぐにリングに隠れてしまう。
なんて不幸でツイてないんだろう。
水星ではのんびりバカンス、金星では陽気に踊っているし、地球は何も考えなくても生きていける。火星はどれだけ走り回っても構わないし木星はふわりふわりと優雅に過ごしているそうだ。
土星のホッキョクグマは悲しげにうずくまった。
彼は氷の美しくきらめく世界を憂鬱そうに眺めた。
「君と紡ぐ物語」
「糸って曲あるじゃん?」
「名曲だよね」
「若い時は名曲すぎて嫌いだったんだよね」
「あー思春期によくある逆張りね」
「でも最近聞いてみたら歌詞が良すぎて普通に感動したんだよな」
「分かる。ふとした時に聞くと沁みるよな」
「そういえばあの曲初めて教えてくれたのお前だったよな」
「そうだっけ?」
「俺ら昔からいつも一緒で、学生の時悪さするのも、仕事帰りに飲むのも、趣味のバンドも」
「そうだな」
「お前という糸に出会えて幸せだったよ」
「俺もだよ」
「安らかに眠ってくれ」
老人と呼ぶにはまだ若い写真の彼が頷いたように見えた。
「失われた響き」
クリスマスが輝きを失ったのはいつからか。ありがとうと言われても心が潤わなくなったのはいつからか。
芸能人の名前が出てこなくなったり、同じ話を何度もしてしまったり、若い頃疎ましいと思っていた年寄りに近づいているようで少し悲しい。
だけど仕方ないことだ。
若い頃に戻りたいとは思うけれど、忘れることはまた新しい感動を再体験できることと同義だ。
悲しく思う必要はない。
ある日のことだ。旦那を風呂へ、子供をベッドに追い立てて今日一日の最後の家事をしていた時だった。
ぼんやりと明日のスケジュールを考えて、冷蔵庫の中身を確認しなきゃなあと思っていると、ふと名前が呼ばれた。旦那が風呂場からタオルを取るように私を呼んだのだ。
一瞬誰のことか分からなかった。いつもは子供と一緒になって「ママ」と呼んでいたから。
けれどその瞬間、私はぎこちなく初めて名前を呼ばれた時のクリスマスデートにタイムスリップしたのだ。
体中の血液がドクリと音を立てた。
「はいはい!」
いつも通り大きな声で返事をする。しかしいつもより少しだけ赤と緑が鮮やかな世界はその日寝るまで続いた。
私の名前が失っていた輝きを取り戻した瞬間であり、ときめきを再体験できた瞬間だった。
誰か
軽い昼下がり。
陽も傾き始めて明日のことをふんわり考え始めるくらいの暖かな土曜日の午後。
平日は朝から晩まで噴水のごとく湧き上がる仕事を片付けているのだから休日はゆっくりと過ごしたいのだ。
そう思って奮発して買ったコーヒーメーカーにふぁさっと粉を落とし、スイッチを入れる。
ブーンと無機質な音の隙間から苦味のある香りが鼻をくすぐる。
やはりコーヒーの香りは好きになれない。どうしても鼻が異臭として認識してしまうようだ。
しかし穏やかな1人時間を楽しむには必要なものなので、鼻を噛んでごまかした。
次に本を取ってくる。
つい先日上司から貰ったものだ。
「君はまだまだこれから伸びる。私も若い頃はこういう本を読んで勉強したものだ。頑張りなさい」
と、言われデスクに置かれてしまった。
仕事のスキルアップのための本らしい。有名なコンサルティング会社に勤務している人が書いていて、仕事の極意!みたいなタイトルだ。
同僚は「読まなくていいだろ、そんなの」なんて一蹴していたけれど、きっと上司は私の将来期待してこの本を託したんだろう。
私としてももっと活躍して良い給料をもらえたら万々歳だ。ヒントみたいなのが載っているかもしれないので読んでみることにした。
それに休日にこんな本を読むのもまさにエリートらしくていいじゃないか。
パラパラとページをめくってみると「上司とのコミュニケーション」やら「優先順位の付け方」とか、確かに日頃仕事をする上で頭を悩ます事柄がズラリと書いてある。
なんだか急激に気分が落ち込んでいく。
さらに日が傾いて窓からの光が蜜色を帯びてきた。
今日はおしゃれな夕食を作ると決めていたのだ。先日イケメン俳優が得意だというカルパッチョを振る舞う番組を見た。普段は料理なんてほとんどしないので、それを見るまでカルパッチョがカッパの種類か何かだと思っていたけれど、なんだかとても美味そうで作ってみたくなったのだ。
スマホで検索してカルパッチョの作り方を調べる。
タイの刺身、トマト、コショウ、レモン汁、オリーブオイル、イタリアンパセリ、チャービル…
後半二つは聞いたこともない。
スーパーで買ってこようか。でもなんだかやる気が起きない。
ふと読んでいた本の文章が浮かんだ。
「準備不足はすべての大敵」
「やる気は気のせい」
今日はおしゃれで充実した休日を過ごしたくて、頑張っていたはずなのに…
頑張る…?
なぜ休日まで頑張らないといけないんだ?
コーヒーも本もカルパッチョも全部誰かの影響で背伸びしてやっただけじゃないか。
今日私のために私が好きなことは何もしていない!
「もしもし?」
「どしたの?」
「今から飲みに行かないか?」
「急だなあ」
相手はハッハッと豪快に笑った。
「いいよ?駅前集合な。暇してたからとことん付き合うぜ」
「やっぱお前と飲むのが一番だわ」
「当たり前だろ」