香草

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4/21/2025, 7:10:26 PM

「星明かり」

冬の夜の田舎道は真っ暗だ。
街頭すらなく、まさに一寸先は闇。いや闇じゃないか。
ポチの首輪が虹色に光っているから足元だけカーニバルだ。
チマチマふんふんと騒がしい首輪と同じくらい忙しなく散歩を楽しむポチは俺のことなど全く気にしないでズンズンと進んでいく。
俺はこのポチとの散歩時間が割と好きだ。本当は家族で一番懐いている母親と行きたいんだろうけど、なぜかポチは深夜に散歩に行きたがるので、完全夜型人間である俺の仕事になっている。
俺は俺で星空を堪能できるからポチとはwin-winの関係だ。

星空を見ると必ず星座を探してしまう。
小さい頃星座図鑑を読んでいたからある程度の星座なら判別できる。
特に好きなのはこいぬ座だ。こいつは一般人にはまったく見つけられないし、見つけられたとしてもただの2つの星なので不人気だ。しかしそのマイナーさが俺の優越感に繋がる。
冬の星座だとオリオン座がかなり有名だ。
これはギリシャ神話の英雄の名の通りバカみたいにでかくて、誰でも見つけやすいから面白くない。
ぼんやりと夜空を見ながら歩いているとポチがリードを強く引っ張った。
ポチは俺のことを家族間のカーストで一番下だと思っている節がある。
まあ当たらずとも遠からずなんだけど、犬に舐められるのは流石に俺も黙っていない。

「お前な、そんなんだとこいぬ座になれねえぞ?」
こいぬ座の元となったのは忠犬マイラという犬だ。
その昔、アテネ王に可愛がられていた犬、マイラは王が病で亡くなった後もその遺体のそばを離れなかったためそれを可哀想に思った神が星座にした。
まさに海外版忠犬ハチ公。ハチ公もその忠犬っぷりに銅像を建てられているのだから、人間には逆らわない方がいいんだぞ。
「なあ聞いてんのか?」
ポチを抱っこしようと手を伸ばした。
ポチはめんどくさそうにこちらを見てヴゥと唸った。
お前を星にしてやろうか、という声が聞こえた気がして俺はすんません、と手を引っ込めた。

4/20/2025, 8:51:31 AM

「影絵」

俺は一世一代のミッションに直面している。
目の前には今にも泣き出しそうな3歳のガキんちょ。そして周囲にはへべれけになって全く当てにならない大人たち。テレビを占領している中坊たち。
「教育学部なんでしょ?相手してやってよ。私料理作んないといけないんだから」とクソ姉貴が押し付けてきた甥っ子のご機嫌を取らなければならない。
正月はのんびりと好きなゲームに没頭する予定だったのに、親族が集まるとすぐにこれだ。教育学部に通っているからといっていつも小さな子供の相手をさせられる。
おれは高校の先生を目指してるのであって保育士になりたいわけじゃねえよ!と言ってみるが似たようなもんでしょと大人たちに流される。似てねえよ。
大体自分の感情をコントロールできない小さな子供は苦手だ。何が気に食わなくて大泣きするか分からないからだ。

「えー、何したいですか…」
とりあえずお伺いを立ててみる。ガキんちょは眉間にしわを寄せてふにゃふにゃ言っている。
やばい…泣きそうだ。俺も。
とりあえず泣かせるとクソ姉貴から雷が落ちるので自分の部屋に移動させる。
大人たちのどんちゃん騒ぎから離れて静かになった。
が、これはこれで緊張する。
まるで好きな女の子と初めてデートした時みたいな…
ガキんちょは居心地悪そうに周囲を見回している。
あいにく3歳児が興味を持ちそうなものは何もない。
「すみません。殺風景な部屋で…面白くないですよね」
ガキんちょのそばで正座する。3歳児の遊びってなんぞ?
俺がこの歳の時は忙しい両親に代わって祖母がよく影絵で遊んでくれていた気がする。
「影絵って知ってます?」
俺は部屋の電気を消してベッドサイドのランプの灯りをつけた。
おしゃれのために買った間接照明を影絵に使う羽目になるとは。ガキんちょは暗くなったことに少し不安になったのか俺の膝の上にちょこんと座った。
カイロ並みの温かさとふわふわとした肉感にそぐわない軽さに衝撃を受ける。

「これが狐です」
まずは定番のものを。おれはランプのそばで狐の形を作った。
「きちゅね!しゅごいねえ〜!!」
ガキんちょは影を指さしながら、興奮したように叫んだ。
え、こんな簡単なので喜んでくれるの。ちょろくね?
俺は調子に乗って、次にイヌを作った。
わんわんだあ、と小さな手でぺちぺちと拍手する。
まあ、悪い気はしない。
「ネコさんは?」
俺はリクエストに答えてネコを作る。
ガキんちょもすっかり喜んで色々とリクエストしてくる。少し動物っぽく動かすとキャイキャイと膝の上で飛び跳ねる。
なんか…可愛いなこいつ。膝痛えけど。
「ペンギン!ペンギンやって!」
「ふくろう!」
「うしゃぎしゃん!」
「ゾウしゃん!」
矢継ぎ早にリクエストが来て俺の手も絡まりそうだ。
てかリクエストされる動物の難易度がだんだん上がっている気がする。
「てぃらのさうるす!どらごん!」
「いや流石に無理」

4/19/2025, 8:50:51 AM

「物語の始まり」

俺は台所で牛乳を飲んだところだった。
寝起きでカーテンも開けずにキッチンへ向かい、牛乳を飲んだ。しかし次に何をすればいいのか分からない。
なぜなら俺を作った小説家がその先を書いてくれないからだ。あ、ほら頭を抱えてる。おそらくこのキッチンから何か事件に繋げたいんだろうが、どうやって繋げたらいいのか分からないのだろう。
俺としては寝起きから牛乳を飲まされたもんだから、腹がぎゅるぎゅる鳴っている。事件より何よりも早くトイレに行くシーンを書いて欲しい。

どうやら俺は34歳の男で普段は広告代理店の営業マンらしい。ただし、それは表向きの顔で本当は裏社会の殺し屋として生きているらしい。これから俺は広告を巡って腹黒い陰謀に巻き込まれるようだが、なんせこの首謀者が頭を抱えてしまってるもんだから、もしかしたらこのまま牛乳を飲んで俺の人生は終わるのかもしれない。
こいつは小説をまともに完結させられたことがない。
いつも書き出し5行くらいで俺たちの人生を終わらせる。これまでもたくさんの犠牲者を出してきた。
車から降りただけのやつ。顔も知らないやつに話しかけられただけのやつ。電車の吊り革に捕まったまま恋に落ちただけのやつ。自分の生まれを説明されただけで何も身動きを取れないやつもいた。記憶も意識もはっきりしてるのに何もできないのはまさに生き地獄だろう。
俺より一つ前に生まれた兄弟なんて死体のまま生まれて、それっきりだ。
本当はそいつは生きていて物語の最後にひょっこり正体を現すという設定だったらしいが、結局生き返ることはなかった。
俺が本当に殺し屋なら真っ先にこいつを殺してる。


こいつの書斎は本棚に囲まれてカーテンも窓も開けていないので埃っぽい。日光に当たっていないのだろう。無精髭に囲まれた青白い顔が天井を向いている。俺が生まれてから2時間はこの様子だ。
時々、「うーん」とか「あー」とか呻いてるが面白い独り言ひとつも呟かない。
俺の腹だけが活発に動いているが、こいつはそれにも気付かない。
あ、ガムを噛み始めた。一応ガムを噛んで脳を活性化させようとしているようだ。クッチャクッチャと静かな書斎に水っぽい音が響いている。
俺が思うに殺し屋のイメージがないから筆が進まないんだろう。殺し屋が起きてから何をしてどうやって日常生活を送っているのか分からないのだ。
まあ確かに殺し屋がYouTubeでモーニングルーティンを公開してない限りは、知る由もないだろう。
でも少なくとも寝起きで牛乳は飲まないはずだぞ。そこは普通の人と同じだと思うぞ。

「あ!」
急に小説家が叫ぶと、窓ガラスが割れて目の前のコップが割れた。
誰かが俺を殺そうと銃弾を送り込んできたのだ。俺は思わずため息をつきそうになった。
まずカーテン開けてねえよ。心の中で小説家に突っ込む。閉まった窓からどうやって狙えるんだよ。赤◯秀一でも無理だぞ。
そしてまた俺は身動きが取れなくなった。
また頭を抱えてしまったのだ。
頼む。いい加減トイレに行かせてくれ。





4/18/2025, 9:24:45 AM

「静かな情熱」

「あそこのでかいスタジアムがあるところだけど、昔はでけえ公園と一人の老人が住んでた家があったんだ。
当時は何もないただの原っぱだったんだんだけど、俺たちがサッカーとか野球とか遊んでたら裏の家のじいさんが、窓開けて「ガキども!うるせえぞ!」って言ってお菓子をばら撒くんだよ。これで静かにしてくれって。俺たちはそのお菓子を目当てにわざと騒がしくしたりしてた。
なんだかんだ面倒見が良くて、じいさんの機嫌がいいときは窓のそばで花見とかしてた。あの地域の子供ならあのじいさんのことを知らない奴はいないほどだった。
ただ不思議なことにだれもじいさんが誰で何をしてる人なのか知ってる奴はいなかった。大人たちはあのじいさんに近づこうとはせず、親もできるだけあのじいさんとは関わるなって嫌な顔をした。
だけど子供ってのは誰であろうと自分に構ってくれる大人が好きなもんだ。結局毎日じいさんの窓のそばでみんなお喋りしてたんだ。

それから何年かしてからあのスタジアムが建設されるっていう話になって工事が始まった。俺たちはじいさんがどこに行ってしまったのか、大人たちに聞いたけど誰も分からずじまいだった。
後から聞いた話だけどスタジアム建設の話はずっと昔からあったんだが、あのじいさんがなぜかずっと立ち退きを拒否していたらしい。
それでスタジアム建設に賛成しまくってた大人たちは頑固なじいさんのことを孤立化させようとしてたらしい。
結局じいさんは負けちまってどっかに逃げちまったみたいだけど。
今でも元気にしてるといいけどな」

そう言って従姉妹の兄ちゃんはいくらの寿司を頬張った。
正月の親戚の集まりは、大人たちの酒臭いどんちゃん騒ぎの横で子供だけの集会が行われる。子供だけと言っても兄ちゃんはすでに二十歳を超えてるけど。
兄ちゃんの昔話とか恋愛の話はやたらと面白くて聞き入ってしまう。
「そのお爺さんの名前も知らないの?」
僕は唐揚げを食べながら聞いた。名前を検索したら出てくる可能性があるんじゃないかと思ったからだ。
「知らねえなー。てか今はもう死んでるかも…」
兄ちゃんの目がまんまるく開いた。
そして次の瞬間、「あーーーー!!!」と大声を出してテレビを指さした。

「日本の魅力発掘の旅!」「世界的人気陶芸家」というテロップでにこやかに笑う老人が映し出されていた。
「こちらは先生のアトリエですか?」
レポーターらしき女性が感嘆した様子で辺りを見回す。日本らしい色彩の器や湯呑み。日本らしさを感じるものだけでなく、バラやチューリップなどを生けている洋風の花瓶なども一緒に並べられている。
「はい。本当はもっと大きなアトリエを持っていたのですが、立ち退きを余儀なくされてしまって。その時はよく近くの公園から子供たちの声が聞こえてきてそれをインスピレーションに作品を作っていました。たまにうるさいときもありましたがね」
ハハっ笑う老人。渋い男性の声でナレーションが入る。「子供たちの遊び場を守るために、アトリエを手放さなかったという。その優しさと静かな情熱が今の作品を形作っているのかもしれない。」
僕はチラリと兄ちゃんの顔を見やった。
兄ちゃんは静かに泣いていた。

4/17/2025, 12:39:33 PM

「遠くの声」

仲間の最後の一人が膝をついた瞬間、おれは絶望した。寄った町や村でで一番の腕っぷしと言われる奴らを勧誘してこのダンジョンまで辿り着いた。
どんなに強い敵でも協力してなんなく倒してきた。魔王を倒すのは俺らのパーティーだ、と自信を持って立ち向かった。故郷に帰ったときの凱旋の様子まで想像していた。しかし決して慢心していたわけではない。日々鍛錬は怠らなかったし、魔王を倒すために綿密な計画まで立てていた。冒険を続ける中でパーティの絆も深まり連携も取れていた。
しかし魔王の部屋に入った瞬間に仲間がバタバタと倒れていった。あっという間の出来事だった。まるで赤子の手を捻るように魔王は攻撃を躱し、目にも止まらない速さで反撃を繰り出す。
防御する暇もなくモロにダメージをくらう。
こんなの勝てるわけない…。
魔王は仲間がいなくなった俺を静かにじっと見つめている。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。
足が逃げ出したいと言わんばかりに震える。

「久しぶりだね」
腹の奥に響くような声がした。目の前の魔王から発された声ということは理解するが、真後ろや真横から聞こえてくるような感覚だ。
そしてその声には聞き覚えがあった。
「え…」
幼い頃、村の道場で一緒に練習していた幼馴染の一人。実力は互角で将来村のエースとなるのは俺かそいつかと噂されていたほどのライバル。確かにそいつの声だった。
いつか勇者として一緒にパーティを組んで魔王を討伐する、道場からの帰り道、高らかに約束し合った時のあの声。
しかしそいつの家は火事になって一家全員死んだのだ。骨も残らないほど酷い火事で、俺は親友を亡くした喪失感で道場をやめたのだ。
「お前死んだんじゃ…」
「死んでないよ。助けてもらったんだよ。当時の魔王にね。あの日、誰かが俺の家に火をつけて両親が死んだ。俺の両親はあの国ではなかなか有名な医者だったから財産目当ての強盗だったんだろう。俺はちょうど遠くの井戸に水を汲みにいっていたから火事は免れた。だけど家は炎に包まれていて帰るべき場所を失った。俺は絶望したよ。どうしたらいいか分からなかった。だけど、その時魔王に助けてもらった。ちょうど俺のように腕が立つ人間を探していたらしい。俺は魔王の下で鍛錬を積み、いつか両親を殺したやつに復讐できる日を待っていた。そんな俺に魔王が力をくれたんだ。全ての人間を殺せばいつか両親を殺した奴にも復讐ができると。」

魔王がフードを外した。記憶の中の笑顔とは程遠い血走った目が俺を見つめている。
「お前も俺を助けてくれよ。俺と村のエースの座を競い合ったお前なら百人力だよ」
声色が優しくなり、目を細める魔王。
妖しさが一層増し、恐怖で崩れ落ちてしまいそうなほど膝が震えている。
「なあ、あの時おれら約束したの覚えてないのか…?」
意図せず声が震える。
「約束?」
「ああ。いつか俺たちパーティを組んで魔王を倒そうって」
腹に力を入れて叫ぶと多少震えはおさまった。
魔王はああ、と思い出したかのように笑った。
「そんな約束忘れてたよ」
シンと手足が冷えるような感覚がした。
俺は剣を抜き魔王に向かって走り出した。
しかし魔王が纏わせている青白い光にガチッと跳ね返される。
記憶の中の遠くの声が消えていく。

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