「あの日の温もり」
高層ビルの社長室から街を見下ろす。
ドアを叩く音がして秘書が入ってきた。
「社長、本日のご予定です。13時から国際技術展覧会、19時からグローバルスタジオ主催のパーティーになります。」
「グローバルスタジオ?そことは取引をやめたはずだろう。断らなかったのか。」
秘書が慌てて資料をめくる。
「申し訳ございません。契約終了前に招待が来ておりましたので…」
「言い訳は結構。君の仕事は予定を管理することだ。そのくらいできると思ってたんだがな。」
秘書は顔をこわばらせて固まってしまった。
「もういいよ、時間になったら呼びに来なさい。」
秘書を退出させてタバコに火をつけた。
くだらない接待、薄っぺらい褒め言葉に笑顔を振り撒く毎日。
心から信頼できる人間なんて一人もいない。
窓から下界を見下ろした。
蟻のようにたくさんの人間が動いている。
ふとボロボロの家が目についた。
今にも崩れてしまいそうな家だ。
貧しくても真面目さと素直さが大切だと言って育てられた家を思い出す。
高校時代、クラスからはじきものにされていじめられていた奴がいた。
それを見て見ぬふりができず、いじめのリーダーと殴り合いの喧嘩をした。
いじめは終わったが、暴力事件として警察や学校から呼び出され、退学になってしまった。
助けたはず奴からも恐れられ、警察も教師も誰も味方になってくれなかった。
それでも両親は何一つ疑わず私を支えてくれた。
昼にバイトをして夜間学校に通う生活になったが、少しでも良い大学に行けるようにとずっと支えてくれた。
あの純粋な温もりは今はもうない。
両親の支援の甲斐あって海外の大学に進学し、大手企業に入社。優秀な同僚達がいる中で少しでも這いあがろうともがいてきた。
時には他人を蹴落とし、足を引っ張っているうちに、いつのまにか真面目さと素直さなんて忘れてしまった。
今の自分を見たら両親はなんと言うだろうか。
もうここ何年も連絡を取っていないが、この週末実家に帰ろう。
私はそう心に決めて、秘書に謝ろうと社長室を出た。
「君と見た虹」
雨上がり子どもたちが楽しそうにはしゃいでる。
その声が聞こえないようにそっとイヤホンをつけた。
ノイズキャンセリングに感謝しながら帰路に着く。
ふと懐かしい音楽が流れてきて、あの頃の情景が目に浮かんだ。
「早くかえろー」
「ちょっと待って!」
僕はランドセルを背負って彼女に駆け寄った。
3軒隣に住んでいる幼なじみ。
その日は雨が降って水たまりがたくさんできていた。
「ねえねえ!水たまりに虹が出てるよ!」
お昼過ぎまで降っていた雨で興奮した様子の君に手を引かれ、水たまりを覗き込む。
そこには虹に包まれた僕たちが映っていた。
時折風に吹かれて虹が回る。
彼女は不思議そうにつま先をちょんとつけた。
はしゃいだ様子でこちらを見る。
水面に映る君の顔が見えなくなって、ふと横を見ると、その笑顔はあまりに眩しく僕はそっと視線を逸らした。
今では見ることができないその笑顔をもっと見ていれば、と音楽を聴きながら少し後悔した。
思えばあの頃からずっと目を逸らしてきたのかもしれない。
君を好きになっていた僕にずっとあの笑顔を見せてくれる君を意識すればするほど話せなくなった。
成人式で再会した彼女はすっかり大人っぽくなっていた。途中でやめた日記を今更埋めていくように、僕は彼女に話しかけた。
「久しぶりー!」
「久しぶり!元気にしてた?」
「なんとかやってるよ。そっちは?」
「絶好調!仕事も楽しいし彼氏もできたんだよね!」
「そっか!おめでとう!」
つい反射で言ってしまった。
今でもあの頃のように話しかけてくれる君に、僕ははじめて君の笑顔を真似して嘘をつくしかなかった。
その帰り道、あの時と同じ水たまりが目の前にあった。
覗き込んでも彼女は見えなくて、彼女の真似をして作った笑顔は僕の気持ちを映すように笑ってくれない。
正直な水たまりの僕を、嘘つきの僕はただ踏みつけるしかなかった。
「ココロ」
ジャム瓶がひとつ
微かに甘い香りを漂わせてじっと待っている
もういちごなんて食べられないのに
あるときジャム瓶は強く掴まれた
砕けてしまいそうなほど強く掴まれて
見たこともない高さまで振り上げられた
だけどその手は震えながらジャム瓶をそっと置いただけだった
あるときジャム瓶はそっと優しく持ち上げられた
蓋をゆっくり外されると甘い甘いジャムが滑り込んだ
それはいちごじゃなくて、どこか異国の香りがした
久しぶりの甘い気分
ジャム瓶は知っていた
自分が傷だらけで欠けだらけということを
もういつ割れて無くなってもおかしくないことを
いつから存在していたのかどうやって消えるのか自分でも分からない
でもいつのまにかいろんなジャムが入ってきてとてもとても甘いジャムで満たされていることだけは知っていた
幸せな気分
不動の星を眺めながらホッキョクグマはため息をついた。
自身がじわじわと凍っていくような北極の世界で、彼は孤独を噛み締めていた。
ホッキョクグマは年々数を減らしている。元々群れることのない種族だが、出会う同族が最近明らかに少ない。
朝起きたら隣人が死んでいるということもザラだ。
厳しい自然界で生きていく運命にある限り、当たり前のことである。
彼は生まれつきの寂しがりだった。
群れで獲物を狩り、仲間とご飯の幸せを共有したかった。
父母揃って家族団欒を過ごしたかった。
彼は喉を枯らしたように鳴いた。
「いつか、友達ができますように。」
天帝は静かに彼を見守っていた。
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最近生活が忙しくペンを執る回数が少なくなりました。お題は確認するのですが、ストーリーを練る時間がなく…
そうしている間に、たくさんの素敵なお題を逃してしまったようです。
このアプリは毎年同じお題を出すという噂があるようですが、同じお題だったとしても、その時々によって違う解釈で書いていきたいので、なんとも惜しい気分です。
そこでインスタにこれまで逃してしまったお題で物語をアップしていこうと思います。
これまで書いた物語をアップすることもありますし、違う物語を書くこともあるかもしれませんし、
一般物書きの私の自己満足アカウントでしかありませんが、ご興味がありましたらぜひフォローしてください。
もしこのアプリで他SNSのフォロー促進がマナー違反でしたらご容赦ください。
ID: 0_.kotonoha._0
冬にマラソンをやるなんて一体誰が考えたのか。
体力をつけるためなのか、風邪をひきにくい体づくりのためなのか、もっと過ごしやすい季節でやればいいのに。
普段できるだけ省エネで生きるようにしている私にとっては地獄のようなイベントでしかない。
500メートルを5周。
みんな死んだような顔をしてスタートラインに並んだ。
陸上部が先頭でわんこのように嬉しそうにジャンプしている。
その中に真面目な顔でウォーミングアップをするあいつ。
あーあ、ダサいとこ見られたくなかったのになあ。
ピー!
先生のホイッスルを合図にみんな足を動かし始めた。
空に厚い雲が覆っている。今からでもいいから雨が降って中止にならないだろうか。
1周目
自分の足が土を踏み締めていくのを見る。
人間の足というのは不思議だ。かかとから着地してつま先で地面を蹴って…つま先といえばバレエだけどあれどうやって立ってんだろ…
どうでもいいような考えがぐるぐると巡る。
2周目
走っていると心が無になる人もいるというが、私の頭の中はむしろ永遠に喋り続ける。
目に入るすべてから想像が広がる。
まだみんな団子になって走っているが陸上部は半周先にいて表情が見えない。
3周目
そろそろキツくなってきた。
足が重くなってリズムが崩れる。張り付いて後ろを走っていたクラスメイトがこれ見よがしに加速して追い越していった。
順位とかこだわってんの?こんなところまでマウント取ろうとしてるの?
自分でも引くくらい性格が悪くなる。
脳みそに酸素が回ってないからだ。そう言い訳した。
4周目
口から入る空気がトゲトゲしている。肺が痛い。
この世の全てに腹が立つ。
もうリタイアしようかな…
その時、後ろからリズム良い息遣いが聞こえてきた。
目の横からあいつが走り抜けていく。
少しだけ目が合う。
早い心臓が大きく飛び跳ねた。
陸上部に1周差をつけられた悔しさよりも隣を走れている嬉しさが勝った。
5周目
あいつの背中はまだ目の前にあるが、どんどん遠ざかっていく。
ただ少しでも近くにいたくて、足を早く動かした。
ねえ、気付いてよ。
心臓が耳の横にあるかのようにドクンドクンと音が鳴る。
いつもそうだ。頑張って追いつこうとするのに背中しか見せてくれない。
加速の負荷で肺が爆発しそうになる。
足が急に軽くなった。
ゴールで足を止めると身体中の血液がエネルギーの行き場を失ったように高速で循環する。
先ほど追い抜いていったクラスメイトが私より遅れてゴールした。
辛い思いをしていたのは同じなのに心の中で罵倒したことに心の中で謝罪する。
「最速タイムじゃない?」
突然頭上から話しかけられた。
顔を上げるとあいつがにやにやしてこちらを見ている。
「そう…かも?」
正直タイムなんてどうでもよくて覚えてない。
それよりこっち見ないでよ。前髪もメイクもボロボロなのに。
タオルで汗を拭くふりをして顔を隠す。
「意外とやるじゃん」
ああもう。
心臓の音で聞こえないよ。