声をかけたのはなんとなくだった。
大学で久しぶりに会った彼女はとてもつまらなさそうな顔をしていた。
いつものようにくだらない話をしても上の空で、反応も面白くない。
だからなんとなく「世界終わらせに行かない?」と声をかけたのだ。
いろんな国を渡り歩いて、いろんな街をドライブした。
どんな国や街でも車の中ではいつもパーティーだった。音楽を爆音で流してお互い助手席で変なダンスを踊った。今という瞬間を楽しんだ。
以前彼女は言った。
「全部が不安なんだ。自分のことも分からなくなるし将来のことも。3分後ですら何が起きるのか分からなくて怖い。」
彼女は雲のように白い髪の毛をいじりながら言った。
きっと本心を話してくれているのだろう。でも彼女の憂鬱はそれだけじゃないような気がした。
だから下手に励ますこともできなくて、
「とにかく私はあんたがいればいいよ。不安に感じたら電話して。」
彼女からの電話の着信音はベルの音に変えた。
世界の果て。
2人で朝日を見に行った。
立ち入り禁止のフェンスを飛び越え、走った。
彼女を失いたくなくて、手を繋いで走った。
真っ白で強い光は体を包み込み、私たちは世界を終わらせた。
※PEAPLE1 『鈴々』MVより着想
大好きな曲です。ぜひ聴いてみてください。
https://youtu.be/7synqOiMORc?si=CwVjC0nNwTqQZWzs
「追い風」※修正
緊張感、なんて言葉じゃ言い表せないほどの空気。
誰もが叫びたい欲を押し込めているのをピリピリと肌で感じていた。
くるりと巻いた前髪を調整してマイクを持つ。
スパンコールがこれでもかと付けられた衣装は、光の少ない舞台裏でもキラキラと反射し、真っ白なフリル満載のスカートがふわりふわりと揺れる。
もっとも私の衣装は他のメンバーよりもスパンコールが少ないが。
「始めます!」
スタッフの合図でモニターにライブ開始までのカウントダウンが表示されると、すさまじい歓声が聞こえてきた。
のどをすり潰すような悲鳴が愛の重さを感じさせる。
メンバーの名前を呼ぶ声も聞こえる。
爆音で音楽が流れ、早いビートが腹を殴り、無理やり鼓動を早めさせる。
始まった…。
疲弊した心を腹の奥に押し込めて笑顔を作る。
「みんなー!いくよー!!」
元気よく飛び出して、定位置につきダンスを始める。
視線は真っ暗な客席へ、でも意識は定位置がずれないように床へ。
スポットライトの熱ですぐに汗が流れ、衣装が張り付くが、それを感じさせないように涼しい笑顔も貼り付ける。
今日の会場はとても広い。赤や青、緑、黄色などカラフルなペンライトの波が視界の端から端までうねる。
数年前は想像にもしていなかったステージだ。
グループ結成当時メンバーと冗談半分で目指そうと言っていたステージだ。
目覚ましい躍進。人気爆発。嬉しい言葉のはずなのに心はまったく晴れていなかった。
疲れたのだ。ファンという追い風に。
デビューした頃はファンの応援が唯一の救いだった。
たった数人が白色のペンライトを持っていたというだけでステージ上で泣いてしまうほど。
歓声も応援の手紙もドーパミンの材料でもっと頑張らなきゃと奮起していた。
しかし追い風は強すぎると進む足が追いつかない。
日に日に増していくライブ、テレビ出演、雑誌インタビュー、映画出演。
体力の限界だった。ほんの少しだけの疲れをファンは敏感に感じ取り、人気が出て天狗になったやつ、と解釈した。
もちろんゆっくり休んでくれという声もあったが、いつのまにかその声もかき消された。
追い風は時に向かい風になる。
今やペンライトの波の中に白色は見当たらなかった。
「満点の星空」
町中に警報が鳴り響き、人々は家のドアを固く閉めた。
警察が町の出入り口を固め、ねずみ一匹の逃走も許さない。
無線の声と怒鳴り声、そこから少し離れた路地に走り抜ける2つの影。
「おい、どうする?」
肩で息をしながら一人が囁いた。
「全部の門を封鎖された。警察がここまで多いと思ってなかったぜ。迂闊だったな、相棒。」
そう言ってもう一人の肩を叩いた。
「ああ。だが、諦めるにはまだはえーぜ。」
相棒と呼ばれた一人は空を仰いだ。
空は雲が一つもなく、暗い路地からは美しい星が見える。
こいつといる時はいつだって満点の星空だな。声に出して言わないが、これまでの泥棒人生こいつがいなかったら、生き延びることはできなかっただろう。
最初は生きるために食糧を盗んだことが始まりだった。悪ガキとして町の住人からつまはじきにされ、施設を追い出された。その後、盗むの時のスリルや計画通り盗めた時の興奮が自分たちの唯一の娯楽となり、いつのまにか警察に追われるようになったのだ。
一つ間違えれば死ぬような瞬間を生き抜く中で、悪友や兄弟とかではない、自分の分身としてお互いを信頼しあっていた。
ただ、今回は計算が狂った。
何が原因かは分からない。とにかく答えを間違えた。
この路地は袋小路になっている。2人とも捕まるのも時間の問題だろう。
彼は空を見上げたまま、相棒に伝えた。
「なあ、おれは夜空を見飽きたよ。」
顔を見つめる。
「お前、まさか」
「お前と一緒でよかったよ。」
そう言って彼は思い切り相棒にぶつかり、肩を一瞬抱くと、するりと大通りに走った。
「おい!!!」
手に持っていたはずの宝の袋がない。
そう思った瞬間、銃声がした。
ありえないほどの眩しさで目を覚ました。
カーテンの隙間という隙間から、白い光が漏れ出している。
起き上がらずとも、吸い寄せられるように手を伸ばし、カーテンの裾を捲る。
久しぶりの青空。
最近はずっと曇りだったので少し心が跳ねる。
今度こそ起き上がりカーテンを思い切り開けた。
雲一つないスカイブルー。
窓をゆっくり開ける。
一晩中エアコンをつけて温めていた空気が逃げ出し、代わりに水蒸気をはらんだツンと冷たい空気が前髪を濡らした。
息が白く染まる。
ベランダに出ると地面が光っていた。
雪が積もっている!
遠くの公園から甲高い声が聞こえてきて、心が弾む。
さすがにパジャマで長時間耐えることはできず、早々に部屋の中に退散したが、まるで春が来たかのように弾んだ心は暖かかった。
「幸せ」
こたつと一体になってテレビをボーッと見ていた。
外は風が吹き荒れて雪が窓に打ち付けられている。
猫が足元でぐるぐると喉を鳴らして、時計がコチコチとゆっくり時を進める。
騒がしいのは窓の外とテレビの中だけ。
家という隔絶された空間は安全だ。
心がかき乱されることも起きないし、他人が土足で上がってくることもそうそうない。
これが幸せなんだろうな…
猫がこたつからぬるりと出てきて、体をこすりつけてきた。
ふわふわの感触を頬で感じながら、うとうとと意識を手放す。
夢の中でも同じようにこたつにくるまっていた。
違うのは彼女がいたことだ。
ドラマを見ながら涙を流している。
つい懐かしくて見つめていると、恥ずかしくなったのか「こっち見ないでよ」と鼻声でみかんを投げつけてきた。
僕は笑いながら近くにあったティッシュ箱を彼女に渡して、聞いた。
「家族もの?」
彼女は家族の愛情をテーマにした物語にめっぽう弱かった。
「うんまあ。」
鼻を噛みながら答える。
主人公が夢を叶えるために家出したが、悪いやつに騙されて借金をかかえ途方に暮れていたところで、家族が助けにきたシーンらしい。
「家族っていいねえ。」
彼女がこちらを見る。
僕はつい目を逸らした。
彼女の結婚願望が強いことは十分分かっていた。
年齢の問題もあるだろうし、周りも結婚する人が増えてきて焦っているのも知っている。
ただ、僕は責任を持って家族を作る自信がなかった。
もともと人との付き合いは嫌いで自由に生きたかったし、誰かの人生の責任を持つことが僕には重すぎた。
彼女のことは愛しているが、期待に応えられないのも辛かった。
「晩ごはん何がいい?」
彼女は重くなりかけた空気を取り払うように立ち上がった。
「今日は豚カツの気分かな」
僕もそれに合わせて明るい調子で声を出す。
「そういうと思って仕込んでたんだ!」
彼女はこちらを見ずに冷蔵庫を開けた。
彼女はいい奥さんになるだろう。本当に僕には勿体なさすぎる。
彼女の背中に向かって小さくごめん、と呟いた。
目が覚めると涙が流れた。
いつのまにか外は暗く、静かになっている。
猫はどこかにいってしまって、姿が見えない。
テレビはバラエティだったのがドラマに変わっている。
1時間くらい眠っていたのだろうか。
先ほど見た夢の余韻が続く。
今も十分幸せだ。
自由で不満もなくて、心かき乱されることも起きない。
彼女と結婚していたらまた違う幸せもあったのだろう。
何が正解ということはない。
幸せの形なんて人それぞれだし、その時々で変わる。
彼女とはあの後すぐに別れた。
そういえばもうすぐ結婚するって友達から連絡が来ていたな。
彼女も彼女なりの幸せを手に入れたのだろう。
こたつの上のみかんを手に取る。
自由である幸せを噛み締めながら、ぎゅっと握りしめた。