「追い風」※修正
緊張感、なんて言葉じゃ言い表せないほどの空気。
誰もが叫びたい欲を押し込めているのをピリピリと肌で感じていた。
くるりと巻いた前髪を調整してマイクを持つ。
スパンコールがこれでもかと付けられた衣装は、光の少ない舞台裏でもキラキラと反射し、真っ白なフリル満載のスカートがふわりふわりと揺れる。
もっとも私の衣装は他のメンバーよりもスパンコールが少ないが。
「始めます!」
スタッフの合図でモニターにライブ開始までのカウントダウンが表示されると、すさまじい歓声が聞こえてきた。
のどをすり潰すような悲鳴が愛の重さを感じさせる。
メンバーの名前を呼ぶ声も聞こえる。
爆音で音楽が流れ、早いビートが腹を殴り、無理やり鼓動を早めさせる。
始まった…。
疲弊した心を腹の奥に押し込めて笑顔を作る。
「みんなー!いくよー!!」
元気よく飛び出して、定位置につきダンスを始める。
視線は真っ暗な客席へ、でも意識は定位置がずれないように床へ。
スポットライトの熱ですぐに汗が流れ、衣装が張り付くが、それを感じさせないように涼しい笑顔も貼り付ける。
今日の会場はとても広い。赤や青、緑、黄色などカラフルなペンライトの波が視界の端から端までうねる。
数年前は想像にもしていなかったステージだ。
グループ結成当時メンバーと冗談半分で目指そうと言っていたステージだ。
目覚ましい躍進。人気爆発。嬉しい言葉のはずなのに心はまったく晴れていなかった。
疲れたのだ。ファンという追い風に。
デビューした頃はファンの応援が唯一の救いだった。
たった数人が白色のペンライトを持っていたというだけでステージ上で泣いてしまうほど。
歓声も応援の手紙もドーパミンの材料でもっと頑張らなきゃと奮起していた。
しかし追い風は強すぎると進む足が追いつかない。
日に日に増していくライブ、テレビ出演、雑誌インタビュー、映画出演。
体力の限界だった。ほんの少しだけの疲れをファンは敏感に感じ取り、人気が出て天狗になったやつ、と解釈した。
もちろんゆっくり休んでくれという声もあったが、いつのまにかその声もかき消された。
追い風は時に向かい風になる。
今やペンライトの波の中に白色は見当たらなかった。
1/8/2025, 11:05:59 AM