校門を出ると風がぴゅうっと通り過ぎた。
寒すぎて思わず立ち止まってしまう。
本当に冬は外に出るべきじゃない。マフラーを締め直してフードを被り歩き出す。
冬は嫌いだ。寒いし、楽しいイベントもないし、なんか悲しい気分になるし寒いし、寒いし。
早く春になってくれないかなー。
「よっ!」
「いって」
思い切り肩を叩かれてバランスを崩す。
振り返ると先輩だった。生足にスカート。マフラーも巻かずにニヤニヤしている。
「…寒くないんですか。」
「寒いよ。当たり前じゃん。」
じゃあ防寒しろよ。心の中でツッコむ。
部活で仲良くなった彼女とは姉弟のように言い合いをしてしまう。
曇った空から太陽が覗く。
「てか明日雪降るらしいよ!」
「雪?別にそんなに珍しいもんでもないしょ。」
「1年ぶりだよ?超楽しみ!」
「そんなんで興奮するとか犬ですか。」
「はあー!?」
彼女がまた笑いながら肩を叩く。
授業中に先生がこけた話。テストで大やらかしした話、飼っている猫が可愛い話。
ペラペラと彼女が話す。
僕は歩幅を狭めて、彼女の声を聞き取りやすいようにフードを脱いだ。
春になったら彼女は卒業する。
同じ帰り道を歩くことも同じ制服を着ることもない。
心がチクリと痛む。
彼女と居れるならもう少し冬でもいいかもしれない。
雪を待つ彼女のためにも。
「イルミネーション」
光は魔法だ。
一人で生きていくには暗く辛い世界を希望や愛に満ち溢れたものにする。
時には、ただの記憶を輝かしい思い出にも変える。
道路を挟むように立つイルミネーションの並木。
カップルがそれを背景に写真を撮る。
見えるもの全てがキラキラして眩しすぎる。
強い光は時として人間の陰を強調させる。
心の中で唾を吐いて足早に通り過ぎた。
「宝石みたいだねー!」
いつか彼女が言った言葉が聞こえてきて振り返ってしまった。
頬を紅潮させて彼氏の腕に巻き付く女。
見るからに甘いオーラを醸し出している。
全然似てないのに彼女の面影を重ねてしまう。
「宝石みたいだねー!」
都内一番と謳われるイルミネーションで彼女は言った。
「宝石の方が綺麗だよ」
木に巻きつけただけの電飾が、宝石と同じなんてちょっと受け入れ難くて、意地悪を言った。
「そんなことないよ!」
彼女が僕の腕に巻き付く。
「今ね、コンタクトしてないから全部ぼやけてるの。
けど、ぼやけてる方がすごく綺麗。本当にキラキラしてる」
そう言ってニット帽を深く被り直した。
「寒くない?」
「うん」
元気にそう言う彼女は全然余命1年とは思えなかった。
「全然大丈夫。病院戻りたくないなあ」
僕は何も言えなくて彼女の手を握りしめた。
吐く息が白く染まり、自分に体温があることを思い出させる。
光は魔法だが副作用もある。輝かしく変えられた思い出は僕を苦しめた。
涙が込み上げる。
ぼやけたイルミネーションは宝石のように美しかった。
靴を脱いでコンクリートを踊る。
ふわふわして天使になったみたい。
ほら、みんなかわいいって言ってくれるの。
そしたらもっとふわふわしたくて甘いお酒を飲むの。
かわいいでしょ?
今日だけ触っていいよ。髪も首も胸もお尻も脚も、
ほら、幸せでしょ?
朝は嫌いなの。汚いところが丸見えになるから。
ずっと夜ならいいのに。そしたら誰かしら私のそばにいてくれるでしょ。
あなたもそうだと思っていたの。
みんな朝の光に照らされた私になんて興味ないと思ってた。
優しい言葉なんて夜だけのものだって。
気づいたらあなたのことばかり考えてるの。
少し長い黒髪から見える目がミステリアスで好き。ピアスの開いた唇もエッチで好き。
でもあなたはどれたけお金を出しても優しい言葉をくれるだけで他に何もくれないの。
特別扱いしてくれるのにそばにいてくれないの。
ねえもっともっともっともっともっと愛を注いでよ
30XX年6月30日
天気:くもりのち雨
温度:21°
今日は退院祝いにドーム街に行った。
人が多いところは嫌いだけど、車椅子だとみんな避けてくれるから楽だ。
露店がたくさん出ていたから何かのお祭りがあるのかと母親に聞いたら、ロボット革命記念日の前日だからと教えてくれた。
人間とほとんど同じ機能を持ったロボットのおかげで人間の生活はとても豊かになった。かつて蒸気機関が発明されて産業が活発化したことになぞらえて、ロボット革命と呼ぶらしい。
人間とほとんど同じと言っても人間のために生まれたロボットは人権を持たない。
人間のために生き、人間のために死ぬのか。
そう思うと、ちょっと心臓が痛くなった気がした。
僕の心臓はロボットから移植されたものだ。
人間のドナーになれるようロボットは特殊な心臓を持っている。生まれた頃から病院で暮らしていた僕は人間ドナーではなくロボットドナーを選んだ。
人間の心臓よりもロボットの心臓の方が安いからだ。
車椅子が縁石に乗り上げてしまったとき、1体のロボットが助けてくれた。ぼくと同じくらいの背丈で見た目も小学生くらいに見える。おそらくどこかの夫婦の愛玩ロボットだろう。
お礼を言うと、僕の目をじっとみつめてこう言った。
「人間は楽しい?」
僕に言ったのだろうか、
それとも僕に移植された“心臓”に言ったのだろうか。
まるで大人に憧れる小学生のように純粋な言い方だった。
そもそもこんな言葉、愛玩ロボットが学習しているはずがない。
薄ら寒さを覚えて、心臓がドクンドクンと飛び跳ねる。
「いいなあ」
そういうと彼はどこかへ消えてしまった。
ショーウィンドウに映る自分を見る。
ロボットと人間はほぼ同じ外見をしている。
僕の心臓はロボットの心臓だ。
ロボットにももし心があるなら、果たして僕は人間なのだろうか。
「別に優勝目指してたわけじゃねえし」
重い空気を入れ替えるつもりだった。
青春の最後の日がこんなに湿っぽいのは嫌だと思ったから。
空気は入れ替わるどころか止まってしまった。
「お前、3年間必死に優勝目指してやってきたわけじゃねえのか!?」
「さすがに空気読めよ!」
「俺ら一緒に頑張ってきたのに」
仲間からブーイングの嵐が巻き起こった。
いや、そうじゃなくて…
何を言っても嵐はおさまらない。
「てめえ!二度と顔見せるな!」
3年間の絆はあっけなく途切れてしまった。部室から追い出され、手持ち無沙汰で学校を出る。
思い出が走馬灯のようにぐるぐる頭を駆け巡る。部活は辛かった。やたらと体を痛めつけられて、根性論を叩き込まれた。のんびりと高校生活を過ごすつもりだった俺は早々に入る世界を間違えたことを悟った。
だが3年間も続けてきた理由はあいつらだった。
確かに俺は優勝とかどうでも良かった。たかが部活の大会で優勝したところで何になる。
ただ、あいつらが優勝したがってたから頑張ってただけだ。やっと終わったんだ。
ちょうど校門を出ようとするときに顧問と鉢合わせた。
「反省会は終わったのか?」
「いや…」
空気読めなくて追い出されました、なんて最後の最後に言えるわけない。
「試合終了の時のボール」
顧問の声が柔らかくなる。
「あそこで点を取っていたとしても、どうせ負けてた。お前なら分かってたよな?
いつも冷静に試合の盤面を見てたんだから。
どうして諦めなかった?」
ボールを捕らえた時に聞こえたタイムアップのブザーが甦る。
「1秒でも続けばいいと思って。」
優勝なんか目指してない。部活も早く辞めたかった。
けれどあいつらとの時間を1秒でも長く続けたかった。それだけの思いで体が動いていた。
顧問がいつもの説教の調子で言う。
「なんでもないフリをするな。3年間を無かったことにするな。お前の気持ちを素直に伝えてこい。」
涙がこぼれ落ちる。俺は部室に走った。
ボールに飛びついた時よりも早く体が動いた。
「仲間」「何でもないフリ」