あなたのこと
もう忘れなきゃいけないって
理屈では分かってるの
あそこのコーヒー屋は
深煎りで美味しいって言ってたなあ
とか
この曲は
私が好きだからって
いつもカラオケで歌ってくれてたなあ
とか
街中に
あなたとの
思い出が溢れていて
あなたから
逃れられないよ
ねえ
私のこと
好きじゃなくていいから
私はあなたのこと
好きなままでもいいですか?
「透明」
好きな色を聞かれたら
「透明」と答えるようにしている
「ずるい」とか
言われることもあるけれど
特別な色に染まるのは
好きじゃない
メンバーカラーが赤の
推しのライブに行く日は
上から下まで赤い服を着て
推し色に染まりたいし
片思いしていた
アイツに
彼女ができたと知ったなら
電気を消して
黒い部屋の中でゆっくり過ごしたい
その時の気分で
何色にでも染まれる透明が
やっぱり
自分は一番好きだ
「愛があればなんでもできる?」
「愛があればなんでもできる」なんて嘘だと思う。
私は自慢じゃないが、小さいころからかなりモテる。でもそれは、私の外見が好きなだけだということは痛いほど分かっていた。
だから私は、付き合いたいと言われたときは条件を提示する。
といっても、そんなに大袈裟なものではない。私が提示するのは「私のいうことをなんでも聞いてくれること」ただそれだけだ。大抵の男は、二つ返事で喜んで引き受ける。
それなのに、数ヶ月もしないうちに「おまえみたいなワガママな女はご免だ」とか言って、去っていく。
私に告白してくる男なんて本当にくだらない、と思っていた。
だから、幼馴染みの山田から告白されたときは驚いた。山田はいつも私の話を「うんうん」と聞いてくれる兄の大事な存在で、他の男とは違うと思ってたのに。内心正直がっかりしたが、気持ちを切り替えて山田にこう告げた。
「山田が告白してくるなんて正直驚いたけど、まあ、山田でも私の言うことをなんでも聞いてくれるなら付き合うよ」
「その条件は知ってるけど、俺はそれは約束できない。俺には俺の生活があるからな。急に来いって言われたって、行けないときだってあるし。そんなの約束する方が不誠実だろ」
「じゃあ、無理だよ、そんなの山田なら知ってるのに、なんでわざわざ告白なんてしてきたの」
「本当は、告白なんてするつもりはなかった。俺は、そばにいれるだけで十分に幸せだったし、この関係を崩したくもなかった。でも、正直、そんなくだらない条件を提示して、それを飲むような下らない男をとっかえひっかえしてるのは、見てて辛かった。俺じゃなくていいんだ。本当に、お前を大事にしたいと思っているやつと付き合ってくれることを願ってるから。それだけを伝えたくて、告白しただけだから。じゃあな」
それだけを言い残して、山田は去っていった。
思いもよらない山田からの言葉に、涙がこぼれ落ちた。
「愛があれば何でもできる」なんてやはり嘘っぱちだ。
私が愛だと思っていたのは愛ではなかったのだと悟った瞬間、思わず山田を追いかけて走り出していた。
「後悔」
「人生何が起こるかわからないから、蓄えは必要」
そう信じて、俺は働き出してからずっと、稼ぎの大部分を貯金や投資に回してきた。
とはいえ本来の俺は誘惑に弱く、大学を卒業するまではアルバイトで稼いだお金やお小遣いの類は全て使い切って過ごしてきた。誘われると断れない性質でもあった。
就職するにあたってお金を貯めると決めたとき、一度誘いに乗るとずるずると何度も誘いに乗ってしまうことは目に見えていたので、俺はすべての誘いを断ることにした。
お金を全部使い切っていた時には意識していなかったが、1回の飲み会にかかる費用は意外と高い。面白いようにお金は貯まっていった。
目標にしていた金額を達成したとき、俺の年齢は40をとうに過ぎていた。これからは思う存分遊べるぞと思ったものの、見渡すと周りに誰も友だちはいなくなっていた。当たり前だ。全ての誘いを断っていたのだから。
0が並んだ通帳を見て、俺の欲しかったものはこれじゃないよな、とため息をついた。
「失われた時間」
「ねえ、私とデートしたいのよね?一つお願いを聞いてくれたら、今度デートしても良いけど」
突然キョウコから、そんな話を持ち掛けられた。キョウコは、俺の行きつけのバーに最近来るようになった子だ。初対面で一目惚れをした俺は、勇気を振り絞って声をかけた。何とかライン友達にはなれたものの、デートに誘っても、けんもほろろな対応だったので、諦めかけていたところだった。
「お願いってなんなの?」
俺は恐る恐る問いかける。
「明日、私の祖母から封筒を預かってきてほしいの。あなたのことは話しておくから」
どうやら、その時間にどうしても外せない用事があるらしい。だが、上京したばかりで知り合いがほとんどいないキョウコには、俺しか頼む相手がいないようだった。
ーなんだ、そんなことでいいのか。どんな難題をふっかけられるかと冷や冷やしていた俺は、ほっと胸をなでおろして、二つ返事でキョウコの依頼を引き受けた。
そして次の日、教えてもらった住所を頼りに、キョウコの祖母の家を訪ねた。
キョウコから指定された時間に呼び鈴を鳴らすが、玄関は開かない。
「手を上げろ」
突然の後ろからの声に驚いて振り向くと、拳銃をこちらに向けた警察官が立っていた。
「詐欺の容疑で逮捕する」
そう告げられた瞬間、俺はキョウコに騙されていたことに気が付いた。
キョウコの連絡先は、ラインしか知らない。きっともう、ラインも消されているだろう。
この前見たテレビ番組のコメンテーターのセリフをふと思い出す。
『詐欺は受け子でも実刑ですからね。軽い気持ちで引き受けちゃダメなんですよ』
俺は、僅かな下心で、未来の時間を失ったことを悟って項垂れた。