今日のデートの服は、先週買ったばかりの おろしたてのブラウス。
裾にレースがついていて、歩くたびにふわふわと揺れるのがとてもかわいい。
私はメイクが上手ではないので、新しい服が汚れないように、着替える前に準備を整えることにした。
案の定、今日もメイクに手間取って部屋着にファンデーションが付いたので、着替える前にメイクをしてよかったと肩をなでおろした。
そんなトラブルもあり、気づいたら家を出る時間を過ぎていたので、私は慌ててブラウスに着替えて家を飛び出した。
何とか電車に間に合い、ほっとしていると、ちらちらとこちらに視線を感じる。
(みんなもこの服かわいいって思ってくれてるみたい!買ってよかった!)
私は心の中で小躍りをしながら喜んだ。
目的の駅に着き、待ち合わせのカフェに向かうと、遠くから彼が何かの本を読んでいる姿が見えた。
私が近づくと、彼は足音に気づいてこちらに顔を向けたが、赤面して下を向いて黙り込んでしまった。
(私のおめかし姿に照れてるかな?)と顔をほころばせながら、
「いつもなら、すぐに話しかけてくるのに、どうしたの?」
と尋ねると、彼は少し口ごもりながら
「ごめん……言いにくいんだけど、ブラウスが裏返しになってるよ」
と小さな声で教えてくれた。
「あー、しんどい……。鳥のように自由になりたい……」
思うように仕事が進まず、やってもやっても終わらない残業に、つい弱音が漏れる。
「『鳥のように』、か。お前、鳥が楽だと思ってるのか?」
それを聞いた上司がすかさず、私のつぶやきにツッコミを入れる。
「そりゃ、今の仕事に比べれば何倍も楽なんじゃないですか。難しいことは考えないでいいし」
私は特に深く考えず、言葉を返した。しばらく沈黙の後、上司が口を開く。
「お前、運動神経悪かっただろ?」
「そうですね、でも、飛ぶくらいなら何とかなるんじゃないですか。パラグライダーに運動神経はあまりいらないって聞きましたし」
「確かに、真っ直ぐ飛ぶだけなら問題ないが。天敵に襲われかけたらどうするんだ?急旋回して逃げられるか?お前の運動神経なら、真っ先に食われて死ぬぞ」
そう言われてハッとして、私は自分が空を飛ぶ姿を想像してみた。確かに何度シミュレーションしてみても、捕食される姿しか想像できず、あえなく現実に引き戻された。
「……今の仕事がんばります」
私は鳥になることは諦め、パソコンのスクリーンに視線を戻して手を動かし始めた。
「分かればよろしい」
上司は笑っていた。
群青色に包まれた空
その青さを目の当たりにして、僕は思わず息を飲んだ。
沈んでいた心が、少し洗われたような気がした。
空って、同じように見えても
二度と同じ空模様を見ることはできない。
まるで天然のキャンバスみたいだ。
また次にブルーモーメントを見て、
それがまるで同じように見えたとしても、
それはきっと違う青だ。
そう考えると、今日のこの青がとても愛しく思えた。
そんなかけがえのない空が、
見上げるだけでいつでも見られるなんて、
幸せだと僕は思う。
歓声が鳴り響いている。
試合は0対0のまま延長戦に突入し、残り時間はあと5分。
これがきっと最後のチャンスだ。
「お前に、このキックを託したい」
突然、キャプテンからボールを手渡される。俺は驚いて、
「ここはキャプテンが蹴るべき場面です」
と固辞する。チームの精神的支柱は、間違いなくキャプテンなのだ。
「俺はもう限界を超えている。今、一番動けるのはお前だ」
その瞬間、キャプテンの足が、ガタガタと揺れていることに気づいた。もはや、気力だけで立っているようだった。
「でも……」
俺は唇をかみしめる。
「上手くいかなくたっていい。きっと、お前がダメなら誰がやっても失敗する。今は、お前に任せたいんだ」
そう言って真っ直ぐに俺を見つめるキャプテンの視線を受けて、俺の闘志に火が付いた。
「俺、やります。見ててください」
俺がやるしかない。もう心に迷いはなかった。俺は、ペナルティーエリアへと足を踏み出したのだった。
「東京2レースは1-3-2です」
指定された口座にお金を支払うと、こんなメッセージが送られてくるらしい。
これは、これから行われるレースの着順である。いわゆる、八百長というやつだ。
この結果を知ることができるのは、一人1回限り。10万円支払うと、3レース分結果を教えてくれる。
教えられた通りに買うだけで、お金を何倍にもすることができるのだ。
この情報を教えて貰ったとき、俺は半信半疑だった。
でも、今さら10万円借金が増えたところで痛くも痒くもない。万一情報が正しかったら、俺はこの借金からおさらばできる。
ーこんなの、買うしかないだろ。
俺は、迷うことなく指定された口座へ10万円を振り込んだ。
お金を支払った翌日、最初のレース情報が送られてきた。
「東京4レースは2-9-8です」
さて、いくら賭けようか。今、手元にあるのは2万円。
ー本当に当たるのか?
お金は払ったものの、にわかには信じがたい。万一当たらなくても、もう1レース勝負できるよう1万円だけ突っ込んでみることにした。
レースが終わり、予想通りの結果に目を丸くした。
ーマジか!これは本物なのかもしれない!
俺は少しずつ胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
そして来たる2レース目。
「東京8レースは7-3-4です」
オッズを見ると、前のレースよりもだいぶ高い。
ーこれ、当たった配当を全部突っ込んだら、借金返せるんじゃねえのか?
アプリを開いて、恐る恐る数字を叩いてみる。
ーギリギリ足りる・・・・。
俺は恐る恐る、全額を投入することにした。震える手を握りしめて、レースの行く末を見守る。
教えて貰った予想通りにゴールした瞬間、アドレナリンが体中を駆け巡った気がした。
ーまさか、本当に当たったのか!借金を返済できるなんてマジかよ!
まるで見えない鎖から解放されたように、晴れやかな気分だった。
その時ふとメッセージが届いた。
「東京12レースは5-10-2です」
もう1レース残っていることをすっかり忘れていた俺は、送られてきた予想を見て閃いてしまった。
ーさっきの配当金をこのレースに全てつぎ込めば、一生働かなくても済むじゃないか・・・!
送られてくるレース結果の信ぴょう性には、もはや疑いはない。しかも、次が最後のチャンスだ。これを逃すと、俺の収入では一生自由の身にはなれそうもない。
ーこんなチャンス、利用しない手はないだろ!これで本当に明日からは自由の身だ!!
俺は、有り金全てを最後のレースにつぎ込んで、興奮と期待で胸が高鳴るのを感じながら、レースの発走を待っていた。
ーまずは屋久島にでも登ろうか。でも富士山も捨てがたいな~
なんて考えているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。そして、ふと、あたりがざわついていることに気がつき、俺は我に返った。
いつの間にかレースは始まっていて、俺の買った馬たちは先頭を走っているが、どうも馬の様子がおかしい。
ーこれ、大丈夫か?
自分の血の気がみるみる引いていき、寒気を感じる。
ー嘘だろ。嘘だと言ってくれ。
俺の嫌な予感は的中し、残り200mを切ったところで、後続の馬に捕らえられてしまった。
もう力を使い果たしてしまった馬たちは、あっという間にずるずると馬群に沈んでいく。
俺は見ていられず、思わず目をそらして、手で目頭を押さえた。
もはや、俺の買った馬券は、何の価値もない紙屑でしかなかった。
後日、そのレースで、別の馬に1点勝負をして大勝ちした人がいたことを知った。
それを聞いた瞬間、俺が踊らされていたことに気が付いた。
俺がこの勝負に乗った時から、俺が負けることは最初から決まっていたのだ。
レースの払戻金は、投票した金額により変動する。
その馬が人気がなければ、より多くの配当金を手にすることができる。
つまり、意図的に別の馬に大金を賭けさせれば、自分の買った馬券の払戻金額は高くなる。
それを狙って、最初の2レースには正しい情報を与えたに違いない。この情報は正しいと信じ込ませ、儲けたお金を最後のレースに全額賭けさせるために。
ギャンブラーなら、2レース目で賭けた資金を3レース目につぎ込みたくなる。それが確実性があるならなおさらだ。
俺は、目の前の人参につられて、犯人の狙い通りにまんまと3レース目に全額をベットしてしまった。
それが、嘘の予想だと気づかずに。
恐らく、他にも予想を与えられていた者が何人もいたに違いない。
今ごろ犯人は、高額の払戻金と振り込まれた情報料に、高笑いがとまらないだろう。
普通に考えたら、10万円ぽっちで、勝ち馬を教えるわけがないのだ。自分で賭ければいいのだから。
俺は自分の滑稽さに呆れて、笑いたくもないのに失笑が止まらなかった。