庭の雑草を抜いていたら、玄関までの通り道に一輪、花が咲いていた。薄桃色の花弁の可憐な花だった。何の花だかはわからないけど、すごく可愛い。抜いちゃうのはもったいない。でも、思いっきり通り道に咲いてる。ここで抜かなくてもいつか蹴って折れて枯れてしまうかも。うーん、どうしよう。
しばらく考えて、うちにはこのくらいの花が生けられる一輪挿しがあったことを思い出した。亡くなった母がよくそのへんの綺麗な花や花屋さんで買ってきた鮮やかな花なんかを生けていた記憶がある。
私は一旦家の中に入り、食器棚の奥の奥を探った。その一輪挿しはすぐに見つかった。特に装飾もない地味な一輪挿しだ。
私はもう一度庭に戻って、例の花を思いきって手折った。それを、家の中で一輪挿しに生ける。サイズはピッタリ。リビングのテーブルの上に置けば、花の薄桃色に、部屋の雰囲気が少し柔らかくなったような気がする。特別大きな花でもないし、派手な花でもないのに、花には部屋の雰囲気を変える力があるらしい。
母が花を飾る気持ち、昔はあんまりわかってなかった。どうせなら花束を飾ればいいのにって思ってた。あの頃の私は、一輪の花の持つ力に気づけていなかったのね。
一輪挿しに、花。あの頃より少し、母の気持ちがわかる気がした。
私は小さい頃、魔法使いになりたかった。某魔法学校から入学許可証が届くのを、長い間待っていた。
でも、自分は全然魔法っぽいことはできないままで、入学許可証は一向に届かず、ある日急に『ああ、私って魔法使いじゃないんだなあ』って腑に落ちた。
それからは普通の人間として生きてきたつもりだけど、気づいたらいつの間にか普通のレールから外れてたり、変わったルートに入ってたり。魔法使いどころか、普通の人間になるのもかなり難しかった。
そんな人生の中で、落ち込んでいるとき、誰かの言葉で急に心が軽くなったり、楽しいときに、声を掛け合ったらより楽しくなったりすることに気づいた。魔法じゃないけど、魔法みたいだ。私の周りには、魔法使いみたいな人達がたくさんいて、私はそれに救われてる。
私も誰かにとっての魔法使いみたいな人になりたい。昔憧れた魔法とはだいぶ違うけれど、この魔法ならきっと、私にも使える気がするの。
雨上がり、元気にしっぽを振って見上げてくる君のリクエストにお応えして、一緒に散歩に出かけた。
雨上がりは、いつもの散歩コースでも、雨粒で濡れた木々や草花が陽射しにキラキラと輝いて、いつもより明るい気持ちにさせてくれた。
隣を歩く君も心なしかいつもよりウキウキしているような感じがして可愛い。
散歩コースの途中、広い河川敷におりた。君はいつもここで駆け回るのが大好きなのだ。
今日も草に付いた雨粒が毛を濡らすことなど全く意に介した様子なく、元気にくるくる駆け回っている。
君を穏やかな気持ちで見守っていたら、急に君が立ち止まって、空を見上げて「ワン!」と吠えた。そして、私のところへ駆け寄ってきて、また空を見上げて「ワン!」。しっぽをブンブン振って、私の顔と空を交互に見ている。
空に何かあるんだろうか。そう思って何となく顔を上げた私は、そこにあった景色に息を飲んだ。
まだ少し雲を残す青空に、虹が浮かんでいた。それも2本。なんだか奇跡を見たような気になって、私は興奮した。
「え、すごい!虹!しかも2本!これを私に教えてくれてたの?すごいよ!ありがとう!」
私は興奮して隣の君をぐるぐると撫で回した。君はどこか得意気な顔で撫でられている。
私は君を撫でながらまた虹を見て、その美しさに浸る。
君と見た虹は、奇跡的に綺麗で、特別な景色だった。
僕は星。夜空を彩る無数の星のひとつ。ずーっと昔は地上に生きている人間だったみたいだけれど、地上を離れてからはずーっと星として空から地上を見守ってきた。
ある日、月が僕に言った。
「お前は今夜、流れ星になりなさい。そして、地上で新しい生を得るのです」
僕は、ついに来たか、と思った。僕と同じ頃に星になった仲間は、みんな流星になって、地上で生きてる。僕の番が、ついにやってきたんだ。
それから数時間。僕が流星になるときがやってきた。
僕は周りの星に別れを告げて、地上に向かって駆け出した。
周りの星は「また会おうね」「良い生を!」なんて声をかけてくれる。僕はそれに光で応えた。
地上が近づいてくる。からだが熱い。星としての僕はここで消える。星として見守ってきた地上の景色が頭の中を駆け巡る。
星としての日々は素晴らしかった。地上での次の生も素晴らしければいいな。
僕はひとり夜空を駆ける。駆けて駆けて、そして――消えた。
その日、地上に新しい命がひとつ、誕生した。
たとえば、あなたが好きだと言っていた食べ物、漫画、音楽……。そういうものに触れたとき、私はあなたを思い出す。中学を卒業して、私とは別の高校に行ってしまったあなた。私があなたに抱いていたひそかな想いは、今も日常にあなたの欠片を見つける度、胸の中で存在を主張して疼く。
遠くで見てただけだった。もうこれでお別れ、という瞬間にすら、私は踏み出せなかった。
伝えられることなく秘められたままで終わったこの想いは、どこにも行けぬまま。きっと、いつかは消えてなくなる。私は、消えてなくなるその瞬間まで、この想いを見つめていたい。伝えられなかった苦さも含めて、大事に抱えていたいんだ。