ミキミヤ

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12/5/2024, 7:18:02 AM

幼稚園年少さんの頃、人生で初めて将来の夢を訊かれたとき、私が答えたのは『お姫様になりたい』だった。
フリフリのレースの付いたドレスを着て、薔薇の咲いた庭園で優雅に紅茶を嗜む。みんなに尊敬されるお姫様。そういうものに憧れていた。
あの頃は本当に自分でもそういう存在になれると信じていた。現実は、ごく一般的な中流家庭の子どもで、フリフリのドレスとも薔薇の庭園とも縁遠かったのに。

それから30年弱経って、今はごく普通に働いている。
白いシンプルなブラウスに黒いスラックスで、家ではだいたい白湯を飲んで生きている。うちの庭には薔薇の一本も無い。誰かに尊敬される人間になれているとも思えない。
現実は、幼い私が思い描いた夢とはかけ離れている。

幼い頃の夢とはかけ離れた今だけれど、この自分も私は結構好きだ。
毎日一生懸命働いて、休日には友人と会ってお茶したり、趣味のイベントに行ったりする。こんな現実も悪くないと思っている。

お姫様にはなれなかったけれど、それでいい。
幼い頃の夢は大切に心の奥の箱に仕舞って、等身大の現実を私は生きていく。

12/4/2024, 9:28:15 AM

眼前には斃れた1人の男。たった今私が、死に追いやった男。

「全て終わりましたね、エレナ」

静かに私の隣に立つ男・グリムは、その手の中で鈍く光るナイフの血を拭い、懐にしまった。
グリムは、黒髪で黒いシャツに黒いネクタイ、黒いスーツを着ていて、全身黒尽くめの男だ。黒尽くめの服装の中で、服に隠されていない白い肌と、人間離れした赤い瞳だけが、色彩を主張している。

「そうね。私の復讐は終わった。私の家族を殺し、私を陥れた奴らはこれで皆殺し。貴方との契約もここで終わりだわ」

私がそう言うと、グリムはその赤を細めて、妖艶に笑った。

「我が契約者エレナ、俺はこれから契約に則り、貴女の魂をいただきます。いいですか。何もやり残したことはありませんね?」

私は、グリムの契約者。復讐に悪魔・グリムの力を借りる代わりに、復讐を完遂した暁には、私の魂をグリムに捧げるという、契約。

「やり残しがあるか訊いてくれるなんて、優しい悪魔ね」
「とんでもない。やり残しのある魂は不味いんですよ」

グリムは、眉間に皺を寄せて、オエーっと言う仕草をする。

「逆に訊くけど、全部終えた私にやり残しなんてあると思うの?」

私が問うと、グリムは顎に手を当てて少し思案した後、何か思いついた顔で人差し指を立てた。

「あの男は?貴女を慕っている男がいたでしょう。あれは良いので?」
「アルフォンスのこと?」
「ああ、そんな名前でしたね。さよならを言うくらいの猶予はあげますよ?」

アルフォンス。復讐に燃える私を何故か慕って、一緒になりたいなんて言っていた人。

「いいの。さよならは言わないで逝くわ。言いに行ってしまったら、それこそやり残しが増えそうだもの」

彼に会って別れを告げるよりも、復讐を終えたこの達成感と虚しさの中、逝きたいと思った。

「そうですか。では、契約を執行しましょう」

私達は向かい合った。グリムが私へ手を伸ばす。グリムの手のひらが、私の胸、心臓の真上あたりに触れた。

「貴方は、私にさよならを言ってはくれないの?」

私が問うと、グリムは可笑しそうに笑って、言った。

「貴方はこれから俺の一部になるんですよ。別れでも何でもないですから、さよならは要りません」

グリムの手のひらから、黒い炎が湧き出て、私の身体に入っていく。
魂と肉体の境界が広がっていく――。

私が私でなくなる直前、最期に見たのは、爛々と怪しげに輝く、赤い双眸だった。

12/3/2024, 7:18:27 AM

僕の心の中には、すごく攻撃的な僕が住んでる。
誰かに嫌なことを言われたとき『ここで殴ってやったらどうなるかな』と暗い妄想をする僕がいる。僕が嫌いなやつが楽しそうにしてるのを見ると、ひどい言葉を吐きかけて、台無しにしてやりたくなる。誰かと会話しているとき、相手が傷つくかもなんて考えず、何でも言いたいことを口にしてみたい衝動に駆られる。
もちろん、ほとんどのとき、僕は攻撃的な僕を抑え込んで、穏やかなふりをして過ごしてる。攻撃的なのはよくないことだと思ってるから。
おとなしく過ごすことが善で、攻撃的に暴れるのは悪。攻撃的な僕は闇の中に押し込めて置かなければならない。僕の中には、そういう価値観がある。
ただ、ごくたまに、攻撃的な僕が顔を出してしまうこともある。例えば、ひどく落ち込んで、疲れたとき。心の奥底にある闇が光を侵食して、表に出てくる。そうすると、闇の住人である攻撃的な僕も、一緒に出てきてしまうんだ。

光と闇の狭間で、僕の心は、今日も戦っている。

12/2/2024, 7:23:00 AM

同じ教室、机を2個分隔てた先。
あなたの後ろ姿を、私はいつも見てる。
後ろの席の子と話すときとか、プリントを回すときとか、振り返るあなたの顔を見ると、胸がドキドキする。

家はなんと隣同士。
だいたいは、学校へ先を行くあなたの後ろ姿を、距離を開けて後を追っている。
でも、たまに全く同じタイミングで家から出ちゃうときがある。そんなとき、あなたが「おはよう」と声をかけてくれると、それだけで私は舞い上がってしまう。私が少し上ずった声で「おはよう」と返すと、あなたはいつも小さく微笑んでくれる。それでまた、私は、天にも昇れる気になってしまうんだ。
ただ、学校までの道を一緒に歩くのは、恥ずかしすぎてどうにかなりそうでできない。なんとかかんとか理由をつけて、急いでるふりをして、あなたの先を歩く。後ろを歩くあなたとは、距離が開いていく。意気地なしの私は、自分から距離を広げてしまうんだ。


あなたと私の距離。
これ以上近づいたら私の心臓は耐えられなくなりそうだって思う。でも、ほんとは、もっとあなたに近づきたい。
もう少し、あと一歩、踏み出してみたら、あなたはどんな顔をする?
こわいけど、縮めたい、あなたへの距離。

12/1/2024, 9:29:12 AM

久々のデートの帰り道、いつもより口数の少なかったあなたは、「もう少し話したいな、寄ってかない?」と言って、駅の近くの人気のない小さな公園を指さした。私は、そんなあなたの様子に小さく違和感を覚えながらも、頷いて、公園に入った。
入り口近くの自販機で飲み物を買って、ベンチに座った。

「あなたの方からもう少し話したいって言ってくれるなんて、珍しいね」

私は笑って言った。あなたは目を伏せて、小さく「うん」と言った。

「今日、すごく楽しかったよ。ありがとう。あなた、いつも忙しくしてるから、こんなにあなたといられるの、本当に久々で、私、ほんとに――」「あのさ」

あなたが私の声を遮るように切り出した。私は「嬉しくて」と続けようとした言葉を引っ込めて、あなたの顔を見る。その顔は、何かいつもと違っていた。

「僕ら、別れよう」

あなたは言った。私は、信じられなくて、何の冗談かと思った。でも、こちらを見るあなたの目は真剣で、本気なのだとわかった。

「私のこと、嫌いになっちゃったの?」

私が訊くと、あなたは首を横に振った。

「違う。君が好きだよ。だからこそ、もう一緒にいられない。
僕には、夢がある。そのために、君を一番に優先して動くことができない。これまで、君とそのことで、何回も話し合ってきたね。でも、なかなか着地点を見つけられないでここまできた。そのことで、たくさん君を傷つけてきた。これからも、それは変わらないと思う。だから、別れよう」

あなたは淡々と冷静に理由を語った。確かに、あなたは忙しい人で、私を構う時間が少ないと、文句を言ったことはあった。私以外の人と会うことを優先されて、悲しかったこともあった。自分を一番にしてくれないことには、不満を持っていた。最近、そういうことでよく喧嘩していた。でも、その度に少しずつ歩み寄って、いつか理想の形になれると思ってた。今日みたいに、楽しく一緒に過ごせる日だってある。それなのに、別れるなんて。

「私、あなたが好きなの。好き同士だけじゃ、ダメなの?もっと時間をかければ、きっともっといい2人になれるって、思うんだけど」

「……僕はこれ以上君の望む形にはなれないよ。また君を苦しめる。それは、ダメだ」

きっとこの人は、今日別れを告げることを決意して、私の隣に立って、今日一日過ごしたのだ。それがわかった。

視界が揺らいで、涙が溢れた。

「泣かないで」

あなたの手が伸びてきて、私の涙を指先で掬う。その指先からは、未だ尽きぬ愛情が確かに感じられて。私を好きだと言うあなたの言葉に偽りはないことも、それでも別れを選んだあなたの決意は揺らがないことも、わかってしまった。


初恋だった。夢を語るあなたの横顔が好きだった。最初はただ一緒にいられるだけで幸せで、あなたにも共にいて幸せを感じてもらえるような私であろうと、そう思っていた。それなのに、私はそれを忘れて、あなたの一番になりたいと、あなたにたくさん無理をさせて、縛って、苦しめていたのだ。
私は自分の愚かさに、ただ泣くことしかできなかった。

あなたの下げられた眉の下、子どものように泣きじゃくる私を見つめる目は、苦しいほどに優しかった。

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