久々のデートの帰り道、いつもより口数の少なかったあなたは、「もう少し話したいな、寄ってかない?」と言って、駅の近くの人気のない小さな公園を指さした。私は、そんなあなたの様子に小さく違和感を覚えながらも、頷いて、公園に入った。
入り口近くの自販機で飲み物を買って、ベンチに座った。
「あなたの方からもう少し話したいって言ってくれるなんて、珍しいね」
私は笑って言った。あなたは目を伏せて、小さく「うん」と言った。
「今日、すごく楽しかったよ。ありがとう。あなた、いつも忙しくしてるから、こんなにあなたといられるの、本当に久々で、私、ほんとに――」「あのさ」
あなたが私の声を遮るように切り出した。私は「嬉しくて」と続けようとした言葉を引っ込めて、あなたの顔を見る。その顔は、何かいつもと違っていた。
「僕ら、別れよう」
あなたは言った。私は、信じられなくて、何の冗談かと思った。でも、こちらを見るあなたの目は真剣で、本気なのだとわかった。
「私のこと、嫌いになっちゃったの?」
私が訊くと、あなたは首を横に振った。
「違う。君が好きだよ。だからこそ、もう一緒にいられない。
僕には、夢がある。そのために、君を一番に優先して動くことができない。これまで、君とそのことで、何回も話し合ってきたね。でも、なかなか着地点を見つけられないでここまできた。そのことで、たくさん君を傷つけてきた。これからも、それは変わらないと思う。だから、別れよう」
あなたは淡々と冷静に理由を語った。確かに、あなたは忙しい人で、私を構う時間が少ないと、文句を言ったことはあった。私以外の人と会うことを優先されて、悲しかったこともあった。自分を一番にしてくれないことには、不満を持っていた。最近、そういうことでよく喧嘩していた。でも、その度に少しずつ歩み寄って、いつか理想の形になれると思ってた。今日みたいに、楽しく一緒に過ごせる日だってある。それなのに、別れるなんて。
「私、あなたが好きなの。好き同士だけじゃ、ダメなの?もっと時間をかければ、きっともっといい2人になれるって、思うんだけど」
「……僕はこれ以上君の望む形にはなれないよ。また君を苦しめる。それは、ダメだ」
きっとこの人は、今日別れを告げることを決意して、私の隣に立って、今日一日過ごしたのだ。それがわかった。
視界が揺らいで、涙が溢れた。
「泣かないで」
あなたの手が伸びてきて、私の涙を指先で掬う。その指先からは、未だ尽きぬ愛情が確かに感じられて。私を好きだと言うあなたの言葉に偽りはないことも、それでも別れを選んだあなたの決意は揺らがないことも、わかってしまった。
初恋だった。夢を語るあなたの横顔が好きだった。最初はただ一緒にいられるだけで幸せで、あなたにも共にいて幸せを感じてもらえるような私であろうと、そう思っていた。それなのに、私はそれを忘れて、あなたの一番になりたいと、あなたにたくさん無理をさせて、縛って、苦しめていたのだ。
私は自分の愚かさに、ただ泣くことしかできなかった。
あなたの下げられた眉の下、子どものように泣きじゃくる私を見つめる目は、苦しいほどに優しかった。
12/1/2024, 9:29:12 AM